卓話


「世代毎の発想の違い」が産業競争力を決める

2015年3月18日(水)

特定非営利活動法人 産業連携推進機構
理事長 妹尾堅一郎氏


 今日はいくつか皆さんに質問しながら話をしていきます。
 まず、「現在の小学生が将来就業する頃に、どのくらい職業が入れ替わっているでしょうか?」。100%ならば今ある職業はなくなり、0%ならば今の職業がそのままあるということになります。キャシー・デビッドソンという研究者が先進国で行った調査結果によれば65%、3分の2の職業は変わるとあります。現在、一番旬、花形と言われている職業は、サイバーセキュリティの専門家、モバイル機器のアプリ開発者、ソーシャルメディアの管理者、幹細胞研究者、ロボティクスの研究者等々ですが、15年前にこうした人達が花形職業になることを予測できた人はいません。

 幕末・明治維新の頃、日本の職業人口の95%はお百姓さん、農林水産事業者でしたが、現在は10%を切っています。日清・日露戦争、第一次・第二次世界大戦を経て、職業は次々に変わり、今また激動期に来ています。東京大学のシンポジウムで、我々はそうした時代に対応できる人材を育てるべきではないかという議論をしました。これは我々のアンチテーゼです。小さいうちから「何になりたいか」と職業を言わせ、そのためのキャリア教育を行うのが流行っていますが、その子達が大きくなった時にはその職業はなくなっているかもしれない。だとすれば、どんな時代でも対応できる、知力、体力、気力、胆力のある人材を育てるべきではないか。そして、そうした時代を創れる人材を育てなくてはいけない。「我々はスティーブ・ジョブスを育てているか」という議論になりました。

 背景にあるのは、産業生態系が加速度的に変容していることです。ITが一番先端的に動いていますが、いまや昔通りに動いているのは低分子創薬の分野ぐらいでしょう。では、そのなかで産業はどうすればいいのか。

そこで、2つ目の質問です。「日本の経済や産業や事業は『成長』すべきでしょうか、それとも『発展』すべきでしょうか?」

 「成長」は英語でgrowth、「発展」はdevelopmentです。「成長」は、子供が大人になる、杉の苗が大木になることです。人間の子供は成長しても人間のままで、杉の木も松や竹にはなりません。「成長」とは既存モデルの量的拡大で、経済の成長とは、今の産業構造のまま量的拡大するという意味です。「発展」とは、例えばオタマジャクシがカエルになる、サナギがチョウチョに変わるということです。日本の産業や事業・企業は、成長論よりも発展論をすべきということを私は随分前から述べていますが、ほとんど反応していただけません。ただし、今言った「成長」と「発展」はスパイラルです。成長してから発展し、発展して成長する、即ち、カエルになってからも大きくなるわけで、それが中途半端ではだめなのです。複数の事業を持つ経営者は、片方は成長、片方が発展というように判断するのが極めて重要な役目だと思います。

 では、発展はどうするべきか。これがイノベーションの話です。「イノベーションって何でしょうか」、これが3つ目の質問です。

 すべての産業は「Iの三段活用」です。「イミテーションimitation(模倣)」、「インプルーブメントimprovement(改善)」、「イノベーションinnovation(革新)」です。明治維新の時、日本は模倣で始まりました。西洋列強の指導を仰ぎ成長し、第二次大戦後の復興の時の繊維、鉄鋼、電機、コンピュータ、自動車業界も同様でした。日本はきちんとライセンス契約をし、技術導入をして模倣します。それを改良、改善し、1970年代、80年代の日本の栄光を作りました。バブル崩壊後、我々が思考停止に陥った時、欧米の勝ち組がしたのはイノベーション、既存モデルの改善・改良による錬磨ではなく、新規モデルの創出だったのです。

 イノベーションについて、日本では二つの間違いがあると思います。一つはインプルーブメントと一緒に語ってしまうことです。経済学者は、「インクレメンタルなイノベーション」と「ラディカルなイノベーション」があるとよく言いますが、そうは思いません。インプルーブメント、少しずつ改善・改良を積み重ねる意味で言えば、日本の企業ではほとんどイノベーションを毎日やっていることになってしまいます。

 もう一つは、イノベーションとインベンション(発明)がごっちゃになってくることです。いまだに新聞は「イノベーション(技術革新)」と書きます。これは日本独特です。インベンションがイノベーションに通じたのは1980年代までです。それ以降はいくら技術を積み重ねても、それだけではイノベーションには至らない、即ち事業的価値を生まない例が多い。垂直統合、アナログ時代、スタンドアローン、オールインワン、フルセットという前提条件が揃った時に日本は勝ちましたが、モデル自身が変えられてしまうと全くだめになります。

 イノベーションとは、新しい価値を提供し、従来価値と置き換えることだと捉えた方が良いでしょう。イノベーションは産業生態系の崩壊と再構築のことです。昨年、経団連の夏季セミナーで私がイノベーションのセッションを担当しました。この時、私は、「経団連がイノベーションを推進するのは本気ですか」と暴言を吐きました。イノベーションは既存産業をつぶすことであり、経団連がイノベーションを推進するということは、セミナーで隣に座っている人の事業をつぶすかもしれないからです。また、この時、イノベーションとは技術だけではなく、ビジネスモデルとの組み合わせだということを私は強調しました。

 ジョセフ・シュンペーターは、技術の革新を基点として社会の価値が形成される、新しくなるとは言っていますが、インベンション、つまり技術がイノベーションだとは一言も言っていません。1970年代、80年代までは、技術が革新できれば産業競争力がつくという産業生態系のモデルだったため、それが通用しました。

 で、次の質問です。ジョセフ・シュンペーターがイノベーションというアイデアをフォードの生産性システムから得たのは有名な話ですが、「フォードシステムが自動車を大量生産した時、アメリカの市場調査で、人々がほしいと答えたのは自動車だったのでしょうか?」。

 市場調査で人々がほしいと言ったのは、実は「強い馬」でした。それは、人はイノベーションを想像できないということを意味します。人々は知っていることの中でしかニーズを見ないのです。経営者で市場ニーズを調査してイノベーションを起こすと言う方がいらっしゃいます。しかし、イノベーションとは産業をつぶすことですから、どの産業をつぶすという答えのないイノベーションはあり得ないとともに、「社会調査・市場調査で本当にニーズがくみ取れますか」と私は言いたくなります。ニーズ(needs)を何と訳すか、私は多くのビジネス界の方に調査しました。答えの95%は3つ、「需要、要望、欲求」です。我々はそうは訳さず、「不足、欠乏」と訳します。needsはnecessaryです。市場調査ではインプルーブメント・ニーズしか出てきません。ソニーの盛田さんがウォークマンをやりたいと言った時に、市場調査は全部ノー、役員会で反対されたのも有名な話です。さらに、スマートフォンやグーグルがほしいとは誰も言っていませんでした。

 もう一つ、「自動車ではなくて強い馬がほしい」という答えから何が学べるでしょうか。馬を徹底的に改良改善しても自動車になりません。つまり、既存モデルをいくら改善しても新規モデルにならないということです。例えば、レコードを徹底的に改善改良したらCDになるか、CDを徹底的に改善・改良したらクラウド・サービスになるか、真空管を徹底的に改善・改良したら半導体になるか、郵便小包を徹底的に改善・改良したら宅急便になるか、街の雑貨屋を徹底的に改善・改良したらコンビニになるか…、なりません。すべて新規モデルは外からやってくる。これに負けたくなければ自ら変身するしかないのです。

 世界に冠たるレコード針のメーカー、ナガオカは月産100万個を輸出していたそうです。しかし、CDが出てきたら5年もたず、潔く解散しました。今は復活して精密研磨などの事業をしています。もちろん細々ですがマニア向けのレコード針も作っています。もう一つ、ストロベリーコーポレーションはご存じでしょうか。1998年創業の新潟発ベンチャーで、いわゆる「ガラケー(従来の携帯電話)」用の蝶番開発に成功し、わずか5年で上場、2000年代半ばには世界で6割以上のシェアを誇りました。が、3年後に破綻。理由はスマートフォンの台頭です。

 ここから言えるのは、上位でイノベーションを起こされたら下位は全滅するという鉄則があるということです。次世代の産業生態系を見通していかないといけないのです。しかし、日本の企業は、極めて競争心旺盛なために同業の隣と競争することばかりを考え、上下前後左右といった全体の中でどこを押さえれば良いのかをなかなか考えない。これが大問題なのです。


         ※2015年3月18日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。