卓話


渋滞学について

2010年3月17日(水)

東京大学尖端科学技術研究センター
教授 西成 活裕氏

私は,昔からの諺である「急がば回れ」について科学的に研究しています。

連休中の高速道路というと,大渋滞を連想します。車だけが渋滞するのではなく,人も渋滞しています。お店のレジには長い行列ができます。駅の通路も思うように歩けない程の混雑が生じます。

高速道路と一般道路では,渋滞が起こる経緯が違います。

一般道路での渋滞発生の原因は二つあります。一つは交差点,つまり信号の制御で,もう一つは違法駐車です。

高速道路には,信号機も違法駐車もありません。ということで渋滞原因が違うわけです。

私は毎朝,満員電車での通勤で苦労しています。これも,広い意味では渋滞といってもいいでしょう。それ程混んでいなくても人がいろんな方向に向かって歩いていると,やっぱり,お互いに歩きづらいと思います。

車や人だけではありません。イワシなどの10万匹の群れが,一瞬にして方向転換をする映像をご覧になったことがあると思いますが,私には,あんなに密集している群れが,急に方向転換ができるのが不思議でした。

鳥もV字形の群れをなして飛ぶことがありますが,よく見ると,先頭の鳥は時々入れ替わります。そうすると,一羽では飛べない距離でも,群れになると飛ぶことができます。

人間の体の中にもいろんな渋滞が起こっています。病気はすべて渋滞だと思っています。

私が今,研究しているのは,神経細胞の渋滞です。神経細胞は脳から伸びています。先端に必要な物質は脳がつくりますが,運ぶ途中に渋滞します。トラックのように動いている蛋白質が渋滞するのです。そうすると様々な神経疾患をひきおこします。忘れっぽいというのは,実はこの蛋白質の渋滞といえるのです。

世の中を渋滞という視点で見てみようと考え,最近,NPO法人「ムダどり学会」というのを創設しました。企業は今大変です。原価を下げる努力をしていますが,在庫というのは,よくみると渋滞なのです。

製造の途中で起こる渋滞もあります。流れの中で,たまに遅い工程があります。例えば「塗装・乾燥」などの工程です。(遅い工程をボトルネック工程と呼んでいます。)

ある企業が,この工程の手前に最新鋭の機械を導入しました。するとそこの効率が上がりましたが,ボトルネック工程はそのままなので,全体がバランスよく流れません。ボトルネックでの未完成品がより増えてしまったので倉庫を借りる。その諸経費が増えるという,無駄の連鎖が始まってしまいました。どこが流れの急所かを押さえて,それに全体を合わせることが大事です。

私は,このように広く渋滞現象を考える学問を「渋滞学」と名づけました。

渋滞にはいろいろな場面があります。大きな会場で遭遇する火災や地震に対する避難安全の研究や,物流の効率化なども「渋滞学」の対象です。

日本道路公団から得たデータを元に,縦軸に交通量(ある地点で5分以内に通る車の数),横軸に密度(同じ地点の1km以内に何台の車がいるかの数)を取ってグラフを作ってみました。

当然ながら,密度が少ない場合は渋滞しません。その場合,密度が増えるに従って交通量も増えてきます。あるところから交通量が急に落ちます。それが,渋滞です。

それらを分析すると,「1kmあたり大体25台〜30台,車間距離は40m」です。このとき,大体時速70kmの感覚です。

このように渋滞の予兆は分かりますから,それを感じたら車間距離をそれ以上詰めないことで渋滞を避けることができます。

ちなみに人間についても調べてみますと,1m四方に1.8人の密度がちょうどいい数です。それ以上だと動きが悪くなります。

私の学生が3カ月の間,インドで調べてきた「アリ」の話をします。

アリの行動をグラフ化すると,密度が増えていっても交通量が落ちないことが分かりました。そこで,「アリは渋滞しない」という論文を書きました。この事実は我々の発見として世界中に報道されました。

アリは,ある程度混んでくると,それ以上は詰めないのです。そのため,交通量は落ちません。ということは,アリは人間より賢いのです。詰めれば流れが悪くなるのに,人間はどんどん詰めます。その結果,渋滞してしまいます。

アリの場合は,これ以上詰めても無駄だから,仲良くやろうよという感じです。

私は不思議な気持ちがしました。人間は地球に誕生してから,たかだか4百万年。アリなどの昆虫は約4億年です。進化の歴史の中には,いろいろなアリがいたと思います。今残っているアリは,譲り合ったり助け合ったりするアリなのでしょう。人間の未来を見せる姿勢ではないでしょうか。

最近私が注目しているのは,トップダウンとボトムアップの方法です。組織論と同じです。毎日,首都高を走る百万台以上の車をどう制御するか。

トップダウンでは,1台1台の動きを他からコントロールします。あるいは,通行料金の極端な値上げなどで渋滞はなくなります。現実には難しいやり方です。

一方,ボトムアップは,上からの指示ではなく,一人一人が自分の意志で行動することで,全体を変えてしまうという考え方です。

アリの集団や魚の群れが行うボトムアップ行動に着目し,誰も命令していないのに,きれいに集団行動するようなことができないかという課題に挑戦しました。

たった1台の車で渋滞を解消できないかという実験です。

12台の車にサーキットのコースの上を連なって走ってもらいました。先頭の車は「渋滞にまきこまれた」として5秒間停止して,また走行を継続する。このとき,後ろの11台の車は前が停まったために,すべて車間距離が詰まって一度停止してしまいました。

次に同じ実験で,条件を変えました。車間距離をわざと少し空けてゆっくり走る車を6台目に入れたところ,その車間距離のおかげで止まらずに走ることができ,7台目以降は一度も停止しませんでした。この6台目の車を,渋滞を吸収する車という意味で,実験では吸収車と呼びました。

この吸収車の走りこそが,渋滞を起こさない走法としてよいということが示され,燃費,走行時間などのすべてが,効率的であることが示されました。

これこそが「急がば回れ」です。

短期的な視野で,空いているから詰めろ,とやっていると全員が損をします。たった1台の車が車間距離を空けて走ってくれると,その時の人々は全員得をします。

私は実際にやってみようと考えて,実はいろんな所で,この渋滞吸収走行をしています。

例えば小仏トンネルという日本一の渋滞個所があります。名古屋から東京に向かう途中の坂道で,いつも渋滞が起こります。とにかく週末になるとミニ渋滞が起こるし,ゴールデンウィークでは10〜20km,50kmだって珍しくありません。これをどうやって防ぐかは簡単です。

小仏トンネルの登坂で渋滞が起きます。その手前(相模湖ICからの下り坂)が問題の箇所です。ここで,ついスピードを出してしまいます。つまり,さっきの実験と同様に,どんどん前に詰めてしまう結果になります。相模湖ICから,ゆっくりと(例えば時速70km程度で)走ってください。それで渋滞を解消させたことがあります。

人の渋滞はどうやって解消するかという実験で,ちょっと面白いことを発見しました。

出口付近に障害物を置いた場合の実験では,何も置いていない出口より,障害物を置いた出口の方が速いという結果が出ました。

理由がお分かりですか。障害物がないと皆が殺到します。そしてぶつかり合います。障害物を置いた方が人と人のぶつかりが減ります。結局,その方が速く出られるのです。

譲り合ったり,人のことを考えたりするのが如何に大事かということが,科学的にも分かります。

日本には,昔からそういう文化があったのではないかと思います。そしてそれが最近失われつつあるとも思います。

例えば「江戸しぐさ(狭い江戸で生活するための仕草)」という言葉や,具体的な表現として「傘かしげ」とか「肩ひき」などがあります。

狭い道を通過する時に,傘を「ハ」の字にかしげて通ると,お互いにスムーズに通り抜けられます。こういうことをちょっとやるだけで,都会の渋滞は減少します。「肩ひき」も同じです。

最後に「人は1秒,車は2秒」という言葉を覚えてほしいと思います。混雑時には,前の人の足跡を自分が1秒後に踏むような感じで歩くのが,一番良い距離感なのです。

車も同じです。2秒後に行くような感じで運転すると,交通量が最大になるということが理論的に分かります。結局,「ちょっと他人のことを考えると,自分の得になる」ということが渋滞学から分かったことです。