卓話


インドの伝統・文化、そして新しい経済発展 

2007年11月28日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

元駐日インド大使
慶應義塾大学 国際連携顧問委員会委員長
兼 グローバルセキュリティ研究所
Professor Aftab Seth

近年,中国とインドはライバルの関係にあると言う人がいますが,両国が競合関係にあるというのは誤解だと思います。

 中国とインドの間の5千年にわたる長い歴史のなかで,紛争があったことは一度もありません。1962年10月に,小さな国境紛争がありましたが,それが唯一の例外です。

インドと中国は,安全保障の問題も話し合っています。中国との貿易額は現在300億ドルです。中国の多くの会社が来ています。インドからは,IT関連,製薬関係の会社がたくさん中国に進出しています。ですから,中国とインドはライバルではないのです。

 さて,本題のインド文明は,中国文明やギリシア文明と同じように,古くから存在しました。そして,近隣国のみならず,さらに広い世界に影響を与えました。

中国文明の影響は,韓国,日本,モンゴル,チベットなどの近隣に留まりましたが,インド文明の影響は地球規模といってよいでしょう。2500年前に始まった釈迦の教えは,アジアの西はトルコ,現在のイラン,アフガニスタン,バーミヤン,タリバンなどから,中部の中国,モンゴル,東部の韓国,日本にまでも影響を与えました。

 お釈迦さまが伝えたメッセージは,慈愛の精神,知識の尊重,個人の尊厳,人間と自然との融和などの,仏教の思想でした。

そして,数学,医学,薬学,文学,宗教,哲学,舞踏,音楽など,あらゆるものがインドから日本に伝わったのです。

一方,インドは,自分たちの文明を各地に伝えただけではなく,他国の文明をも吸収しました。中国,エジプト,ギリシアなどの文明を吸収しました。

アレキサンダー大王は,2300年前に,メソポタミア,イラク,エジプトなどと古くから
貿易をしていました。インド洋という海はインドにとっては湖のような存在だったのです。15世紀〜16世紀にはインドの船が世界の貿易を担っておりました。

ジンギシカンはインドの信奉者でした。彼は,非常に大きな船で,マラッカ海峡を通ってインド洋を渡り,アフリカ大陸の東側まで物を運んでいました。

当時のインドは,文明のクロスロード,中間点だったのです。ですから,インドのメンタリティーは,文明の衝突を嫌います。

インド人は,寛容,抱合性,協調性をもったアプローチを好みます。他人と接するときには,紛争ではなく協調をもって臨みます。

インドでは,17の異なった言語が使われています。さらに,それぞれの地方には方言があります。のみならず,宗教においても大小の宗派が共存しています。

エルサレムの最初の寺院はインドに造られました。8世紀にはペルシア人が来ましたし,アラブの侵入も受けました。インドには,現在もアラブのムスリム(イスラム教徒)やパキスタンからの人たちも来ています。

ヒンズーというインド独特の宗教のあとに,仏教が生まれ,さらにシーク教が生まれました。インドは,イスラムとヒンドゥーの混合の国といえるかもしれません。インドのカラム前大統領はイスラム教徒です。人口10億のインドでは,2500万人のイスラム教徒といえどもマイノリティーです。そして,シン首相もまた少数派のシーク教徒です。

インドで最も強い力をもっている人がもう一人います。それはソニア・ガンディーです。彼女はイタリア・ミラノのカトリック教徒の家庭の出身です。彼女はソニア・マリノという名前でしたが,ラジブ・ガンディー氏と結婚してソニア・ガンディーとなりました。彼女は今,最大与党の国民会議派の総裁です。彼女はイタリア出身でありますが,すでにインドの国籍を取得しています。

インドが,いかにサラダボールであるかを証明している事実だと思います。アメリカのように人種の坩堝ではなく,個性のサラダボールです。

アメリカの大統領はWASP(プロテスタントのアングロサクソン系の白人)ばかりでした。ケネディーだけがカトリックです。オーストラリアは,WASPの文化に同化しようとしています。

インドでは,ムスリムの人たちは自分たちの文化を維持していくことができるわけです。ムスリムの人たちがクリスチャンと結婚するのも自由です。

 インドは、各宗教の法(Personal Law)を認め、尊重してきました。それゆえに,個々のアイデンティティーを保った人たちの集まり,つまり,人種のサラダボールであると言いたいのです。

インド人はクリスチャンの言うことも受容します。仏教は,対話や討議が大切なこと,寛容,協調の精神が大事であることを伝えました。これがまさにインドの文化なのです。それが現代のインドをつくりあげています。

ところで,インドの経済と軍事力が膨大なものになったと懸念する人たちがいます。ある学者の話では,2025年までに,中国のGDPは28%,インドのGDPは22%になる。これは世界のGDPの50%にあたるというのです。

 かつて,中国とインドは列強の植民地主義の犠牲になっていました。中国とインドが何故に植民地になったかというと,私たちが貧しかったからではなく,その土地が豊かで魅力的だったからだと思います。中国とインドは一旦は衰えました。しかし,いま盛り返しているわけです。

20世紀に独立し,幾多の困難を乗り越えて成長し,21世紀にすばらしい富を生み出す国になったのです。これが今日のインドです。

インドには,まだ3億人の非常に貧しい人たちがいます。一方,1991年には,2億8千万の人たちが貧困層から中産階級にあがってきました。新しい購買層が経済発展を支えています。庶民のサラリーはこの5年間で3倍になりました。収入がミドルクラスになる人が毎年14%ずつ増えています。そしてGDPは年々8%増加しています。

新しい投資も増えています。例えば不動産です。現在は300億ドルですが,2025年には
900億ドルの価値になると見込んでいます。

ニューリッチになった人たちの平均年齢は33歳くらいです…かつてローンを組む人の平均年齢は50歳くらいでした…。その多くはIT関連企業の人です。デリー,コルカタ,ムンバイ,バンガロールは急成長しました。

小売業も成長しました。家族経営の小売業の資産は3千5百億ドル,この分野の従業員は5千万人です。そして,2050年には6千億ドルに成長するだろうといわれています。

自動車産業では,日本のトヨタとスズキが知られています。スズキはインドの自動車産業の48%を占めていますが,トヨタも新しい工場を建てて急成長しています。

インドは,台湾やインドネシアに車のパーツを輸出しています。タイとは自由貿易協定を結んでいますので,お互いに関税なしの輸出入ができます。ホンダのオートバイ製造工場がデリーの近郊にあります。この工場は、世界一大きいものです。

「リキシャ」と呼ばれる三輪オードバイも,ホンダとバジャージで製造されています。

通信機器では,携帯電話が,毎月800万個売れています。年間にして9600万個です。インドは固定電話から移動電話に,一気にジャンプしました。電話料金は1分間1セントという安さです。この携帯電話工場はチェンナイにあり,毎年3千万台を生産しています。

2千5百年前は,インドは「知識」によって世界の注目を集めました。そして今,経営大学や工科大学を卒業した若い人たちがその知識によって世界の注目を集めています。

シリコンバレーでも若いインド人が活躍しています。先日、日本において、日印パートナーシップフォーラムの協力によって開催された、「IITコンファレンス・ジャパン」でも,多くのビジネスマンがインドの知識を得ようと集まっていました。

インドは日本に対して,その尊厳を損なうようなことは一度もありません。インドと日本の関係は,トラブルや紛争はなく,常に協調あるのみです。2000年に私が駐日大使として日本に来た時も,安全保障に関する協議を進めました。日本の自衛隊とも対話を進め,共同の訓練も行いました。今年は,沖縄でアメリカ軍とも共同の演習を行ったわけです。

インド洋において,アメリカ,日本,オーストラリア,そして,シンガポールの海軍とインド海軍が,対海賊,対テロリスト作戦の共同演習を行いました。

 インド,中国,韓国では,マラッカ海峡の安全を確保することが必要です。この海域での海賊対策ができなければ安全な貿易は期待できません。そのためには,抑止力としての軍事力が果たす役目は大切だと思います。