卓話


安倍政権展望−安倍政権3つのリスク

2014年3月26日(水)

ジャーナリスト 田勢康弘氏


 安倍政権は順調に見えます。就任1年後の総理大臣としては支持率も高く、経済も、まずまずです。一見すると「健康状態」ですが、近寄って見れば、かなりのリスクを抱えています。外交のリスク、内政のリスク、アベノミクスのリスクの3つです。

 まず、外交のリスクからお話しします。G8が崩壊しました。1984年にマーガレット・サッチャーがゴルバチョフを西側に引き込み、それが冷戦構造の崩壊につながり、やがてロシアも入れたG8の体制ができました。G8体制そのものが存在感をなくしてきたように思いますが、今回のクリミア編入問題をきっかけにロシアを排除することになりました。

 安倍首相は、外交で四面楚歌にある状況を脱するために、北方領土問題解決の目鼻を今年中につけたいと考えていました。就任以来、プーチン大統領と5回も会談し、この3月のオランダ・ハーグの核サミットでも6回目の日ロ首脳会談が行われる予定でした。しかし、ロシアの不参加でそれができなくなりました。ロシアに対する制裁も、日本は一瞬ためらいを見せながらも欧米に同調し、一方でウクライナに1500億円の資金供与を決めました。これにより日ロ関係は、つい半月ほど前とは全く違ったものになりました。秋に予定されていたプーチン大統領の来日も、おそらく近いうちに中止が発表されると思います。

 ロシアで安倍首相は思いを果たせない。そこで、一生懸命北朝鮮との関係を良くして拉致問題に風穴を開けようとしています。しかし、ハーグで日米韓の3カ国首脳会談をするタイミングで北朝鮮はミサイルを撃ちました。G8破綻からの中国の態度などを見ていると、国際関係は極めて微妙に動いており、しかも相当根深いものがあると思います。  こうした中で安倍政権はうまく外交を切り盛りしていけるでしょうか。これまでの日本の外交は、基本的に外に向かって何かをするよりも、国内で国民に向かって「我々は正しいことをしている」というアリバイを証明するだけだったのですが、これから先は、そうはいかなくなるでしょう。

 何よりも深刻なのは、日米関係が非常に悪くなっていることです。オバマ政権があまり安倍政権を信用していないことが散見されます。米国政府高官たちに聞いても、それを否定しないような雰囲気が出てきています。

 これはとりもなおさず、安倍首相が昨年暮れに靖国神社を参拝したことによるものです。沖縄の普天間基地返還に伴う辺野古埋め立ての許可を仲井眞沖縄県知事から出せば、米国は評価するだろう、靖国参拝を少なくとも批判するようなことはないだろうと読んだと思います。念のために衛藤総理大臣補佐官を米国に派遣し、米政府高官に安倍総理の靖国参拝について聞きました。この会談には外務省が同席しており、彼らが驚くほど米国側の反応は激しかったそうです。「もしそれをやれば日米関係が大変なことになる」と言われたそうですが、衛藤補佐官は、それは立場上言っているのだろうというくらいにしか受け止めませんでした。安倍首相は、参拝前に参拝を反対する石破幹事長に電話し、米国への根回しは済み、靖国参拝は大丈夫だと話しました。安倍首相は大きな読み違えをしたのです。

 プーチン大統領は既定の路線を変更することはしないでしょう。ソチ五輪で高揚したロシアのナショナリズムは、このクリミア編入問題でさらに高くなり、プーチン大統領の支持率は7割から8割と非常に高くなっています。国内の政権安定のためにナショナリズムを煽るという手法を、中国をはじめ、これからいろいろな国が取っていくことになるでしょう。そうした中で日本外交が生き抜いていくのは難しいことだと思います。

 一方で、ロシアとの関係は日本経済にも非常に大きな影響を与えます。特にクリミア問題は国境線変更という領土問題ですから、いまの状況で北方領土問題解決はまったく望めなくなりました。2018年の大統領再選へ向けて、プーチン大統領はこの姿勢を続けるでしょう。我が国はロシアに石油、天然ガスともに全輸入量の1割を依存しており、欧米諸国の制裁がこのエネルギー面に及ぶことになれば、日本としても相当厳しい決断をせざるを得ないと思います。

 2番目は、国内政治のリスクです。

 これまで与党自民党内で、安倍総理の手法、思想、路線を公の場で批判する人はほとんどいませんでした。党内には伝統的に、例えば宏池会、経世会といわれた今の額賀派など、リベラルな考え方を持っている人たちがいますが、これまであまり発言しないできました。しかし、集団的自衛権の行使を憲法の解釈を変更することによって今国会中に可能にしたいという安倍首相に、平和主義を党是としてきた公明党はなかなか同調できません。その公明党を後押しするような形で自民党のリベラル派議員も発言をし始めています。その根底をよく見てみると、政権基盤を揺るがしかねないところにきています。特に公明党は、自民党が結論を急ぎすぎると言い、与党離脱の可能性もないわけではありません。

 一方で、自民党内にはなかなか成仏しきれない大物政治家がたくさんいます。そうした人たちをどうするのか。6月中旬の通常国会閉会後には、党役員内閣改造が予想されていますが、この人事は本当に難しいところです。内閣の柱、すなわち麻生副総理、菅官房長官、甘利TPP担当大臣の3人は変えられないでしょう。またその見合いで石破幹事長も残す。となると、閣僚ポストは18しかありません。入閣したい人はたくさんいます。自民党内には、野党時代の3年間も含めて合計4年半も入閣を待たされたという待機組がたくさんいます。女性の起用、参議院への配慮、場合によっては公明党への配慮もあり、ポストは足りません。

 人事は喜ぶ人の何十倍もの人を怒らせるやっかいなものです。内閣改造後、この政権は大丈夫だろうかというぐらい国内政府は揺らぐでしょう。その時期と経済の先行きがどうなるかというタイミングが見事に重なっていくというのが安倍政権の2つめのリスクだと思っています。

 3番目は、アベノミクスのリスクです。

 4月1日からの消費税率引き上げで4月〜6月のGDPが落ち込むのは当たり前です。問題は7月〜9月の数字です。約5兆5000億円の大型補正予算が効果をもたらすのではないかと政府は見ていますが、そう簡単ではありません。

 7月〜9月の数字が判明するのが11月初めで、その数字を見て安倍首相は来年10月から消費税率を10%にするかどうか判断する、と表明しています。長期政権を目論む安倍首相は現時点ではどうするか決めていないでしょうが、本音は見送りたいと考えているのではないかと思います。来年4月の統一地方選、10月の総裁選を控え、マイナスになることは避けたいというのが本音でしょう。上げる、上げない、いずれにしろ相当恐ろしいことが待ち受けているように思います。閣内でも、法人税引き上げ派の麻生副総理、菅官房長官との間のさやあてのようなことがありますが、その2幕目が始まるでしょう。そう考えると、アベノミクスのリスクと国内政治のリスクが見事に重なってくる気がします。

 内閣支持率は概ね株価と連動しています。安倍内閣の支持率が50%前後と、1年を過ぎた政権としては異例なほど高い背景は、やはり株価です。就任時の日経平均株価が8000円前後から6000円強高くなったと見るか、昨年暮れに日経平均が1万6000円に届きそうなとこまで行ったのにそこから2000円強下げた、と見るかです。

 問題は為替です。為替は就任時から20円の円安になりましたが、輸出は期待通りには伸びていません。円安効果を享受している割合と、それが新たな負担となっている割合、すなわち生産拠点を海外へ移した3割以上の企業にはマイナスに働いているということです。石油などの原材料に円安の逆効果が出ているのもあります。

 あるいは、日銀が抱えている200兆円近い国債に世界のマーケットがどう反応するか。それによって何が起こるのかわかりませんが、大きなリスクです。

 金融緩和は明らかに株高を誘導して資産を増やしていきます。資産が拡大することによって、持てるものと持たざるものの格差が拡大しています。

 官邸主導ともいうべき春闘では、一部の大企業でベースアップが実現しましたが、肝心の自民党の職員の給与は野党時代に下がったままで元に戻っていません。勤労者の7割を占める中小零細企業に勤める人々にとっては、株高もベアも縁がありません。自社の株価が上がったと思えている人もほんの一部です。それよりも物価が上がって大変だと思っている人のほうが多いのではないでしょうか。若干ですが、貧富の格差が広がり続けているような気がします。

 この3つのリスクを踏まえて、安倍首相がどのようにこれを乗り越えていくのか。大変な問題だろうと思います。


     ※2014年3月26日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。