卓話


TOKYO2020と通訳者

2021年12月8日(水

(株)サイマル・インターナショナル
顧問/会議通訳者 長井鞠子氏


 1964年の東京オリンピック当時、東京に英語を話せる人がほとんどおらず、困った組織委員会は都内の大学に選手村や競技団体の通訳などを割り振りました。私がいた国際基督教大学(ICU)は馬術と水泳を割り当てられ、私は水泳の女子選手の紹介と結果のアナウンスを英語でする仕事をしました。自分がオリンピックに参加しているような意識を持つことができたので、通訳の仕事は素敵でお給料も結構いいと思いました。

 仕事を始めてみると、勉強や努力を必要とすることがわかりましたが、通訳をする面白さにのめり込み、何十年も通訳の仕事を続けています。

 長野オリンピックの時は招致活動と大会で仕事をしました。2016年のリオデジャネイロに負けたときと成功した2020年の招致活動とそれぞれで通訳をしましたが、長野との大きな違いはコンサルタントの存在です。例えば、メディア対策、輸送、選手村の運営のあり方までコンサルし、それを過去の大会で経験した人たちが招致をする都市に雇われて働くのです。

 2016年と2020年では、経験の差が大きな違いになったと思います。招致活動で通訳は言ってはいけないことがたくさんあります。オリンピックに特化したメディアがいて招致やあらゆることを取り上げて報道し、オリンピック関係者は皆それを見ますから、否定的な表現は避けます。

 招致活動の時に、メディア担当のコンサルタントから、「あなたは通訳かもしれないが、聞いたことを全部正確に訳しては駄目だ。とにかく招致に役立たないことは自分の中で編集するように。通訳ではなく、招致委員会の一員だと思うように。」と言われ、私は正確に通訳するなとキャリアの中で初めて言われ驚きました。

 2020年の時は、福島の原発の汚染水問題が話題になりました。招致が決まるかどうかという記者会見で、「汚染水はどうだ」と聞かれた国会議員は何度も「もちろん大丈夫です」と言いました。だから私は「contaminated water」を何回も使ったのですが、後でコンサルタントに「あの水の問題」、「原子力発電所から出た排水の問題」、「問題と言われているかもしれない水」などに言い換えるように指示されました。

 それから、「招致という目的のためだけに答えることを頭の中に入れておくように」と言いました。例えば東京の大会のキーワードがイノベーションとテクノロジーとセレブレーションの3つならば、記者会見では嫌な質問が来ても、「とても難しい質問ですね。ところで東京の大会はセレブレーションとテクノロジー……。そのように、たとえ繋がりがなくても自分が言いたいポイントにジャンプせよ」と。

 組織委員会に招致を勝ち取るためのプレゼンテーションをするチームがいて、コンサルタントは演出をします。原作者、脚本家、振付師、音楽担当、役者、そうした人たちの全ての努力や協力があって、一つのプレゼンテーションができます。

 ブエノスアイレスでの東京のプレゼンテーションは、私はスポーツの言葉でいう「ピークが来た」ということだと思いました。何度も練習したのです。まるでスパイ映画のように、ある大学を貸し切りIOCの総会と同じような設えをし、そこでプレゼンをする人が立ってスピーチの練習をし、ビデオに撮って再生してアドバイスし、それを見るIOCの委員の人たちにとって心地よい快適な演出をしました。

 コンサルタントの人はスピーチも教えました。その中には、バッキンガム宮殿で英国王室関係者に素晴らしいコーチをした方もいました。でも、日本人で英語があまりできない人に外国の人がコーチングをしても、なかなかピンとこないことがありました。 例えば、「この後は、滝川クリステルが喋ります。She speaks French.」と言う時に、その「she」の発音がどうしても「sea」になる。訳していた私は「品川のシと覚えてください」と言ったら本番でちゃんとSheと発音されました。

 それから、「心に訴える」というフレーズで単語の「heart」が何度も出ますが、どうしてもhurt(傷つける)になるときがありました。「真っ白な歯と思って、ハートって言って下さい」と申し上げたら、ちゃんと言えたということもありました。日本語による英語のコーチングもある程度必要だと思いました。

 ブエノスアイレスの本番のプレゼンが終わったときに「これは勝った」と思いました。負けたとしても、それこそ時の運でしかないと思ったので、ロゲ会長の「Tokyo」には感激しました。

 招致の通訳では言ってはいけない言葉をポジティブな英語に持っていくようにします。私は通訳ですから「それちょっとできません」と何度かコンサルタントの人に言ったのですが、2016年に東京がリオデジャネイロに負けた時、ブラジルの大統領が話した中で「言ったらまずい」内容をポルトガル語から英語への通訳は訳さずに黙っていたと言うのです。通訳としては間違っていますが、招致の通訳としては仕方がないことだと思いました。

 さて、今年の2020年+1のオリパラです。通訳の特色は、コロナで全てリモートだったことです。実際に競技を見に行ったりしてオリンピックに関わることが楽しみだったのに、どこにも行かず、ホテルとメディアセンターの部屋に籠もってモニターを見つめて通訳するだけで、全然違うなと思いました。

 「バッハ会長はどんな人でしたか」とよく聞かれます。日本のメディアも、外国メディアも、彼のことを叩きました。ウォールストリートジャーナルなどは「Baron Von Ripper−off、ぼったくり男爵」とあだ名をつけましたが、私が知る限りのバッハさんは、普通の人、有能な弁護士という感じの方で、私はとてもよくしていただきました。

 通訳業務はご飯を食べる時間が取れないことがしょっちゅうありますが、バッハさんはそんな私を気遣い、空港のラウンジで「カプチーノ飲まないか」と言ってくださったり、ホテルでずっとご飯が食べられなかったときに、「ここで食べていけ」と言ってくれ、ありがたくいただきました。一宿一飯の恩義は絶対に忘れません。

 随分昔ですが、マルコス大統領時代にマニラでIMFの総会があり、私が日銀総裁に随行しました。その際マラカニアンパレスでディナーがあり、総裁の後で侍っていました。何十年も前ですから私も結構若かったのです。そうしたらマルコス大統領が、「このyoung ladyがご飯を食べないなら僕も食べない」と言ったのです。周りが慌ててテーブルに私の場を作ってくれてご飯を食べたことがあるので、一宿一飯の恩義で、私はマルコス大統領もいい人だったなと思っています。

 日本が東京のオリンピックを成功させることは日本のためになることだから、同じ目的なのに、どうしてこんなにバッハさんを叩くのかと私は思っていましたが、終わってみれば全て良し、世論調査でも「東京でオリンピックをやってよかった」との意見が6、7割になり、本当に良かったと思っています。

 言葉だけが人を繋ぐ一つの手段であると考えれば、私は通訳として人と人を繋ぐ仕事をすることができ、大変幸運な仕事をしています。


     ※2021年12月8日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。