卓話


先進宇宙技術が変えるこれからの社会

2016年6月22日(水)

国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構
理事 山本静夫氏


 宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、ロケットや衛星の開発利用、有人宇宙活動、宇宙探査や宇宙科学等幅広い事業を進めています。本日は、カーナビに代表される宇宙からの測位、防災や地球環境の対応を目指した地球観測を中心に、最新の宇宙技術によって、私たちの生活がどのように変わっていくかについてお話します。

 最初は地球観測についてです。近年、地球温暖化等による気候変動の影響がニュース等で報じられています。スーパー台風やゲリラ豪雨、巨大な竜巻等が世界各地で頻繁に起こっています。このような現象は大気や海洋の相互作用のような地球規模の現象がかかわりあって発生すると言われています。そのため、このような地球規模の現象を捉える重要な手段として、広域を繰り返し観測できる人工衛星が使われているわけです。現在、各国が130機を超える地球観測衛星を打上げ利用を進めています。

 人工衛星の利用は、地上の細かいところを「見る」という活動から始まり、様々な観測データから「知る」という利用、例えば、衛星の観測によって、エルニーニョ現象はどのような要因で発生し、それが発生すると私たちの生活にどのような影響が起きるのかという理解が深まりました。今日衛星の利用は更に一歩進もうとしています。それは、例えば衛星で得られた科学的な理解を、私たちの生活の質の向上に結び付けることです。

 このような新たな次元での衛星利用を支える最先端技術についてお話しします。JAXAが開発した最新鋭のレーダを搭載した衛星「だいち2号」には、10mを超える大型アンテナが搭載され、特殊な解析処理を行う事で、地表面の上下方向及び東西南北方向の地殻変動量が把握できます。また、衛星軌道も高精度に保持されています。

 このような先進技術が達成されたことで、初めて可能となった衛星利用の例として箱根の火山活動による地殻変動観測があります。「だいち2号」のレーダによる干渉解析情報を用いて、地上の計測だけでは認識できなかった面的な情報が得られるようになりました。その面的情報を用いて、防災機関である国土地理院、気象庁等が中心になって危険度を分析し、自治体がとるべき入山規制等の意思決定が行われました。

 もう一つの例が熊本地震に伴う地殻変動の把握です。地震発生直後に「だいち2号」衛星で緊急観測した複数のデータ解析から、その地域全体で地殻がどのような方向に動いたのか分析されています。国土地理院は、「だいち2号」衛星でとらえた熊本地震後の周辺地域の地殻変動結果を分析し、報道発表しました。

 このようなレーダ衛星の利用をさらに発展させた使い方も検討されています。地下のマグマがどのような状況にあるかは、簡単にはわかりませんが、マグマの変化が地表の変化にどう影響するかはモデル計算によって表現できると言われています。このことから、まず地下のマグマの状況を仮定したうえで、地表の面的な変動がどうなるかをコンピュータで計算し、衛星観測から得られた解析結果と比較します。両者の差が最小化された時の地下のマグマだまりの仮定が、もっとも確からしい状況であるというわけです。人工衛星は基本的には地球の表面しか見えないものですが、高精度に且つ面的に捉えることが可能となったことで、理学的知見と重ね合わせて地下の状態まで推測する試みが進んでいます。

 こうした技術は土木インフラの老朽化監視にも応用されようとしています。 日本の国土にはたくさんの川があるため、一級河川の堤防総延長距離も13,390kmにもおよぶそうです。効率的な土木インフラの点検支援に衛星が活用できないか、兵庫県の河川堤防で試験が実施されました。河川堤防に設けた検証ポイントを通常の測量によって計測した地面の変位と、「だいち2号」の解析による変位を比較したところ、強い相関があることがわかりました。今後、衛星の観測によって、全国の堤防の変異を概略的に把握し、その情報を基に緊急度の高いところから、人が現場に出向いて正確に老朽化の状況を捉えるという方法がとれれば、土木インフラ老朽化の効率的な状況把握に繋がると期待しています。

 次に地球の環境監視への衛星データの応用です。  ここではまず、降水を観測するレーダを搭載した「全球降水観測衛星」について紹介します。この計画は、我が国で開発した降水レーダをNASAの衛星に搭載し、JAXAのロケットで打上げた日米共同プロジェクトで、今まさに運用中です。気象庁では、数値気象予報にこの衛星による情報を加味した場合としなかった場合の比較検証を実施してきました。その結果「全球降水観測衛星」に搭載されたレーダによる観測データを加味することで予測精度が上がることが実証されたため、気象庁では、日常業務としての数値気象予報にも衛星による降水観測データを使い始めています。ちなみにこの衛星の打ち上げ時には、ケネディ駐日大使も種子島をご訪問され、種子島の射場にて打上げをご視察いただきました。

 次に衛星によって得られる全世界の降水情報についてお話します。JAXAは、自ら打ち上げた衛星だけではなく、他機関の衛星データも使い、世界中の雨の準リアルタイムのデータ(GSMaP)を作成し、公開しています。特に風水害の多いアジアの地域にとって重要なデータになります。アジアには国をまたぐ大きな河川が複数存在し、そうした場所では、上流でどれだけの雨がどのタイミングで降ったかが下流の洪水災害を防ぐために重要です。JAXAは我が国の関係機関、アジア各国の防災・気象機関と協力して、アジア地域における洪水警報や避難勧告にGSMaPを役立てる実証プロジェクトに取り組んでいます。

 地球温暖化の原因となる二酸化炭素やメタンのデータも、衛星によって世界の分布がわかるようになっています。我が国では、環境省、国立環境研究所とJAXAが協力し、温室効果ガス観測衛星「いぶき(GOSAT)」を打ち上げ運用しています。また平成29年度にその後継衛星を打ち上げる計画です。人工衛星による広域観測によって、地球規模での人為的な温室効果ガスの発生を把握し、温暖化を食い止める対策やその対策の効果を評価するために「GOSAT」やその後継機が活用されることを目指しています。

 次に海の観測例です。近年コンピュータシミュレーション技術によって、海洋モデルと衛星データを組み合わせ、海面だけではなく海中の物理量や、また潮の流れの量まで予測できるようになっています。衛星による海洋観測は水産分野でも利用されています。漁業情報サービスセンター(JAFIC)では、衛星データと現場のデータを組み合わせて漁船に海水温情報を配信しています。漁船の操業に衛星データを用いた結果、JAFICによると燃料が約16%削減できたと報告されています。

 最後に、宇宙からの測位についてお話します。測位衛星はカーナビ等で皆さんも日常的に使っていると思います。測位の精度を高めるためには、様々な誤差の要因を取り除かなければなりません。測位衛星は米国のGPSだけではなく、欧州のGalileo、ロシアのGLONASS等、各国が複数の測位用衛星を打ち上げて運用しています。我が国も間もなく実用準天頂衛星システムの運用が開始される計画です。衛星による測位精度を左右する技術要素は大別して、4つあります。

 まず、原子時計です。1マイクロ秒(100万分の1秒)の時刻のずれで、300mもの測距誤差が発生するため、衛星には30万年に1秒以下の誤差の原子時計を搭載しています。一般的なクオーツ時計は、100万秒(11日半)に1秒程度の誤差ですから、その差は1千万倍です。

 次に、測位衛星の精密軌道推定技術です。衛星自体の軌道が正しく測定されないと直接測位の誤差につながります。JAXAでは、各国と協力し、世界に約90ケ所の測位衛星の信号を受信できる基準局との間で、リアルタイムに観測データを共有しています。これらの基準局で受けた測位信号を用いて、夫々の測位衛星の軌道を正確に導きだしています。

 3つ目は、複数の衛星・周波数の利用です。先ほど述べたとおり各国が援用する複数の測位衛星システムを使い、測位信号の受信環境の悪い場所での測位を補完し、また複数の周波数の信号を利用し、電離層の影響を低減しています。

 4つ目は、コード測位(1m〜数m級)から搬送波測位(数cm〜10僉砲任后B位信号の一つの波長は約19cmなので、カーナビで衛星から車までの距離を儺蕕覇海ためには、衛星から車に電波が到達するまでの間の波の数を正確に求めていますが、整数値ではない最後の1波まで、その位相を計測して精度を高めています。こうした技術を使うことで、儺蕕寮催戮妊ーナビへの利用の実現に近づいています。

 日本政府は東京オリンピックの開催時期までに、高速道路本線上での車の自動走行の実現を目指しています。この為には、車の位置を正確に知る必要があり、衛星による精密測位技術が欠かせません。ここでも国際的競争が激化していますが、我が国でも、自動車・電子機器・地図・受信機等の異業種の企業が力を合せて取り組んでいるところです。

 測位衛星の利用例として、JAXAも参加したオーストラリアでの農機の自動運転の実証試験を紹介します。巨大な農地に約40僂良で作付されているテストフィールドにタイヤ幅が30cmあるトラクターを衛星測位技術を使って走行させ、作物を踏みつけることなく、左右5僂寮催戮妊肇薀ターを運転させることができました。広大な農地に衛星測位技術を用いてまっすぐに種をまく、あるいは肥料を頒布することができれば作物の収穫効率が上がり、増産にも結び付けられます。

 今日、人工衛星の利用は、気象衛星「ひまわり」やカーナビ、BS放送など、私たちの生活の中に定着しています。本日お話した防災や環境問題にも衛星が利用されるようになりました。特に国や自治体の業務を実施するうえで、その意思決定、対策後の効果の評価に人工衛星が有効に活用され、無くてはならない社会インフラとなることを目指しています。宇宙先端技術がこうした役割を果たし、私たちの生活に結びつくようこれからも努力したいと思います。


        ※2016年6月22日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。