卓話


ものづくりの新しい潮流

2010年5月12日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

(株)ユニバーサルデザイン総合研究所
代表取締役所長 赤池 学 氏

 私は2000年から,経済産業省で行われるグッドデザイン賞の審査に関わってきました。愛知万博が開かれた2005年頃から,各部門から挙がってくる金賞候補が,大きく様変わりしてきました。候補作品の4割くらいが,韓国の家電製品や携帯電話なのです。2〜3年前からは,中国の製品も多く候補に挙がってきています。これらの製品は,機能面では日本製品と遜色ありません。価額は圧倒的に向こうの方が安い。さらに,デザインのクオリティも,向こうの方が優れているケースが多いのです。

 これは多分,日本が「ものづくり経営」のなかで,デザイン経営の部分をきちんとポジショニングしてこなかったことから起こった弊害だと思っています。

 今までは,ハードウェアという技術や新しい知的財産をどういう用途に展開すれば,過去になかった機能が生み出せるかを考え,「高技能・高品質・低価格」なものづくりを進めてきましたが,この三つの価値だけで闘っていくとなると,これから新興国に負けてしまう,ものづくりの新しい価値を創っていかないと闘っていけないのではないか,という問題意識を持って,私は二つのキーワードを作りました。

 一つは,「SENSE WARE(五感と愛着に基づく品質)」。ユニバーサルデザインにおいても,分かりやすい視覚を考えるとか,音をうまく使う,触った形状が使いやすさのガイドになっているなど,五感を意識したデザインが求められています。

 そこでは,香りを上手く使うとか,味覚をもっと使うなどが試されてよい筈です。そして,センスでもう一つ重要なのは,心とか思いの部分です。機能だけではなく,感動や共感といった価値も,より深く考えてみる必要があると思います。

 もう一つのキーワードは,「SOCIAL WARE(公益としての品質)」です。地域の課題を解決するとか,世界の人々を助けるという視点からのものづくりを発想してみようというキーワードです。

 私どもは,これまで福祉対応のいろいろなバリアフリー商品を形にしてきました。

 例えば,手に障害をもった人が容易に使えるバリアフリー・カトラリー(食事用のナイフやフォーク類)です。形状記憶プラスチックの特性を利用して,手の障害のそれぞれにジャストフィットするスプーンの開発では,さらに,すべての人が使うユニバーサルデザインに発展します。

 手の力が衰えた人が握りやすいスプーンやフォークは,柄の部分ができるだけ肉厚で太いものがよいとされています。しかし,金属で作ると重さがバリアになります。そこで考案されたのが,中が空洞になった柄のカトラリーでした。江戸時代から伝わる「煙管」を作る技術が使われました。

 さらにバリアフリーデザインの多くは,ハンディキャップの方々やお年寄りの方々を弱者と決めつけて行われてきましたが,果たしてそれで良いのでしょうか。

 一例で申しますと,京セラで開発された黒い色のまな板が大ヒットしました。ある視覚障害者の方からの,白い樹脂製のまな板は食材がよく見えないので,黒いまな板を作ってほしいという提案によるものでした。

 私は,障害者は弱者ではない,ある種のハンディキャップがあるにしても,それを補って余りあるプラスの感性がある筈だということに気づきました。目の不自由な人は聴覚が優れているかもしれない,あるいは皮膚感覚が優れているかもしれない。それらの感性をプラスのバリューとして,ものづくりに活かせないかと思いました。

 そこで,バリアバリューデザインという言葉が生まれました。

 愛媛県のあるタオルメーカーは,8人の全盲の視覚障害者の方々に,さまざまな原材料や織りに触れてもらい,その感触で納得したものを製品化することを試みました。皮膚感覚の優れた方が選んだタオルなので,肌触りや風合いもすばらしく,大ヒットして今も売れ続けています。

 また5年前,経済産業省に,子ども目線,子ども基準の安心,安全なものづくりを普及させる施策を形にしてほしいと提案しました。子ども用品だけではなく,子どもがユーザーではない商品や施設においても,子どもの安心,安全が担保できるようなものづくりを奨励してほしいと要望しました。

 4年前に経済産業省も参画したキッズデザイン協議会ができ,3年前から前向きな取り組みを顕彰するキッズデザイン賞もできました。

 幼児の死亡原因のトップは,不慮の事故が最も多いのです。未就学児童については,事故は多い順に,転落,住居内での転倒,火傷,誤飲などによる窒息です。

 誤飲による窒息を防ぐ穴の空いたマーカーキャップ,転倒しないビニールプール,発熱しない乾燥剤,蒸気を出さない炊飯器など,いずれも安心,安全なキッズデザインという発想から生まれたヒット商品です。

 安心,安全だけではなく,子どもを育みやすい社会に貢献している商品も,顕彰の対象にしています。

 成熟商品と思われていた哺乳瓶の形状を改良した「自然授乳型の哺乳瓶」などがそれに該当します。また,女性が就寝する前にクリップでパジャマにセットすると,温感センサーが10分おきに自動検温して,手持ちのパソコンに体温の変化リズムを送り込むという「簡易基礎体温計」もできました。子どもを生みたいと思っている女性が世界中にどれだけいるかと考えると,ビジネスとしてのユニバーサルデザインは,決して障害者や高齢者だけを対象としたものではありません。

 かつてのものづくりは,豊かさや価値を,大規模集中的に自動制御的に供給する「自動化社会」でした。2020年代には,個人と社会,人と技術,自然の最適なバランスが求められる「最適化社会」。そして,情報通信が今のようにグローバルに進んでいくと,その後は,個別の価値基準,計画,行動により独自の豊かさを求める「自律化社会」の方向に進むだろうと考えています。

 さらに,それに続く社会は,自然のメカニズムを社会に取り入れ,自然に回帰させていく社会,人工物の社会に自然の仕組みがキャッチアップされた,いわば「自然化社会」の方向にいくのではないか。これが,いろんなデータを解析して得た,私の未来社会仮説です。

 最後に「環境」のことをお話しします。

 私は,丸の内地区環境システムのプロデュースもやってきました。自然エネルギーを直接に買うことを提案して,2010年4月から,青森の風力発電「生グリーン電力」を新丸ビルに供給しました。新丸ビルでは,すべての利用電力を生グリーン電力に切り替えて,CO2排出量を年間約2万トン(従来の3分の2)削減することができました。

 私は,自然エネルギーとかバイオマス・エネルギー,地熱などのエネルギー基盤を地方に作らせたいのです。それを東京の大都市が支援できるというビジネスモデルを提案したいと思って形にしました。

 「CO2ゼロライフ」を,コミュニティや住宅レベルで形にしたのが,屋根にソーラーを乗せ,住宅には蓄電池の機能を持たせるという発想です。つまり,車庫に入っている電気自動車のバッテリーに太陽光発電や深夜の安い電力を蓄電して,今度は,住宅が自動車からその電気をもらうというシステムを組みました。これが「クールアースモデル住宅」という共同研究開発プロジェクトです。

 超節水の「無水風呂」もあります。泡のお湯にすることで,水の量を20分の1に節約できる風呂です。この商品の開発は,アワフキムシという昆虫の研究を参考に行われました。

 アワフキムシは泡のシェルターの中で子どもを育てます。泡の断熱性,外気変化への適応性,呼吸もできる,泡が壊れる時に出る超音波が洗浄力を発揮する。これらの特徴はすべて風呂に活かせます。泡の超音波がアトピー性皮膚炎に与える悪影響などを解決して,いずれマーケットに出てくると思います。

 岩手大学で研究している「副作用のない抗ガン剤」は,カイコの仲間が繭の中でサナギになる時に出す休眠ホルモンを利用した研究です。今までの抗ガン剤は細胞を殺す薬でした。しかし,この薬は眠らせるだけなので画期的な抗ガン剤として結実する可能性があります。

 理化学研究所では耐塩性のコシヒカリを開発しました。海の上で農業を行う具体的な構想も練られ,実行計画が動こうとしています。

 21世紀は,日本人が磨き上げてきた人工物の技術が生物の機能を利用していく,あるいは人工物が生物の機能を模倣していくという,生物技術と人工物技術の融合を戦略化していくことが,日本のものづくりを持続していくポイントになるだろうと感じております。