卓話


大統領選挙と日米関係の今後

2008年5月28日(水)の例会の卓話を纏めたものです。

コロンビア大学 教授
ジェラルド・カーテイス氏

 アメリカの大統領選挙は,民主党の候補者選びが長引いていますが,いよいよ,来る6月3日に,最後の予備選挙が行われます。

今度の民主党の候補者選びを通して,アメリカの社会の変化,選挙に対するアメリカ人の考え方がどう変化してきたかということをお話しします。

いうまでもなく,今回の選挙は,アメリカ建国以来,大統領候補者が黒人になるか女性になるか,いずれにしても初めてのことです。

日本語ではオバマ氏を黒人といいますが,アメリカではAfrican Americanとよくいいます。お父さんはケニア人,お母さんは白人です。ハワイで育って,小学校はインドネシアのジャカルタで過ごしました。アメリカの多民族の様相を一人で象徴するような人物です。

今のアメリカでは,アフリカ系アメリカ人だからといって,大統領にふさわしくないと思う人は少ないと思いますが,人種差別が選挙にどれほど影響を与えるかは,選挙が終わってみないとわかりません。

この選挙は,今までの選挙の中で,最も盛り上がりがあって,最も国民の関心がある選挙のひとつであることは間違いありません。

政治に関心のない人も,オバマ氏とヒラリー氏のディベートのある日には,TVをつけっ放しにして放送に聞き入っています。特に若い人たちの関心が高まっています。

やはり,リーダーによって国民の政治への関心がずいぶんと変わってくると感じます。

リーダーが国民に夢を与えることは非常に重要であって,オバマ氏にしてもヒラリー氏にしても,エキサイティングなリーダーであるという印象を,アメリカ人の多くがもっています。投票率は4年前よりも非常に高く,特に女性の投票率が高くなっています。
この予備選挙が経過している間に,面白い現象が起こりました。

予備選挙の選挙制度に対して,長すぎる,金がかかり過ぎる,複雑すぎる,と批判的だった声が,ほとんど聞こえなくなりました。そればかりか,なかなかいい制度だとする肯定的な声が多くなっています。

アメリカ大統領予備選挙はキャンペーンが長い。準備は去年から,選挙は1月の中旬から始めて,やっと6月の3日で終わる。もっと早く候補者を決めて,早く党と党の争いをすべきだというのが,今年の初め頃までの,多くのアメリカ人の意見でした。
 今は,この予備選挙が長いのがよかったと思う人が多くなっています。

 その理由の一つは,もし1月〜2月に,予備選挙をしたら,間違いなくヒラリー・クリントンが民主党の候補者になったでしょう。

予備選挙が始まった頃は,オバマ氏は立派な人だが,アメリカは,まだ黒人を大統領にするほどの国にはなっていないというのが,黒人の中ですら,大方の思いでした。ところが,黒人がほとんど住んでいないアイオワ州で,オバマ氏が勝ったことが,黒人社会にすごいショックを与えました。

 長引いたことによって,オバマ氏の演説のすばらしさ,彼の人柄,力量,聡明さが見えてきました。長くてよかったなあ,というのが今のアメリカ人の多くの意見です。

もう一つはコーカス(CAUCUS−党員集会)の変化です。代議員選出の方法には,地区によって,予備選挙とCAUCUSがあります。CAUCUSは,集会を開いて,出席者全員が,自分の支持候補者を公表して,その結果を代議員に託す方法です。

かつては批判がありましたが,今は好評です。CAUCUSの方法も,誰かの家のリビングルームで候補者が直接に顔を合わせて話す集会に変わりました。その時の話が,近所に広がります。新聞もその様子を取り上げます。

オバマ氏はCAUCUSでも,強かったのです。そこで,新しい政治用語が生まれました。『予備選挙は wholesale politics(卸売の政治),CAUCUSは retail politics(小売の政治)』これが今回の重要な変化です。

もうひとつはインターネットの活用です。今回の選挙では,オバマ氏はインターネットで2月1ヶ月だけで55億円を集めました。寄付したのは,73万人の個人です。寄付した人の90%は,100ドル以下の寄付でした。50%が25ドル以下の寄付でした。その半分がインターネットを使ってVISAカードで寄付しました。

今までのところオバマ氏は,150万人から寄付を集めています。ヒラリー氏はその半数ぐらいです。ですから,合わせて200万人以上のアメリカ人から寄付をもらっています。

今年の初め頃は,選挙は金が掛り過ぎる,既得権益の力が強すぎると言っていたのが,今では,金がかかるのはいいことだと言います。一般の国民が政治に参加できる。少額の寄付をすることで,その政治家をコミットメントできる。強い支持意識が芽生えます。

 インターネットキャンペーンに徹底しているのがオバマ氏です。私にも寄付依頼のメールが来ます。もちろん,メールの宛て先を決める専門の会社を雇っていることでしょう。

このように,社会の変化に対してアメリカ人の気持ちの変化も非常に大きいのです。

日本では考えられませんが,お隣の韓国は,アメリカに似てきました。インターネットを政治に使う方法はヨーロッパにも広がっています。日本は,公職選挙法に縛られていますが,そろそろ,21世紀にふさわしい方法を検討することが必要だと思います。

8月には,民主党も共和党も大会が終わって,オバマ氏とマケイン氏の闘いになったとして,どちらが勝つかは予測しにくいことです。民主党が絶対に勝つ筈なのですが…。

サブプライム問題はじめ,アメリカには,たくさんの経済問題があります。特に,財産は家だけという,あまり豊かでない人がその家を失って大きな社会問題になっています。

日本の健康保険制度はすばらしい制度であることは間違いありません。今それを財政的にどう維持すればいいのかということから,後期高齢者という変な保険制度が出できましたが,基本的にすばらしい制度をどう維持するかが日本の問題です。

アメリカは,あまりにもひどい健康保険制度を,どう新しく再構築するかが問題です。

4千5百万人の人は全く保険がありません。若い人にはフリーターが多い。正社員は少ない。その人たちが健康保険に入ると月に千ドルかかる。それを支払うことは不可能です。だから,4千5百万人の人は保険に入っていません。

オバマ氏は,健康保険制度を新しく構築することを一番の政策の重点においています。

民主党は勝つ筈なのです。オバマ氏が勝つ筈なのです。しかし,そうなるとは言い切れません。

オバマ氏には,若さがあります。新しい希望を与えるカリスマ性もあります。CHANGEを主張することが彼のアピールです。

 健康保険,サブプライム問題などの,経済問題,国内問題にはオバマ氏が強いのです。

しかし,マケイン氏にも,いい点があります。年をとっているだけに経験が豊富です。特に外交,防衛問題は得意です。アメリカには,テロに対する恐怖感は強いものがあります。マケイン氏のテロ対策は強みです。

マケイン氏は外交防衛問題ではタカ派ですが,国内問題ではリベラルです。ですから.共和党の中でも,あまり支持がありませんでした。かえって無所属の人の支持が多かった人です。しかし,最終段階になれば,共和党支持者は支持にまわるでしょう。

オバマ氏は,アイオワ州,ワイオミング州,モンタナ州など,黒人のいない所で圧勝しています。黒人のいる所では白人の労働者階級で苦戦しています。本当に,選挙の結果は分かりません。

日本にとって何が重要かというと,日米2国間の関係だけを考えれば,オバマ氏になってもマケイン氏になっても変わりはありません。大統領が変わっても,アメリカの国益が変わるわけではありません。アメリカが日本といい関係を持つことはアメリカの国益なのです。日本では,共和党が親日で,民主党はそれほどでもないと評されますが,今の時代には,そんなことはないと思います。

ひとつ心配の要素は,今度の大統領選挙と同時に上院も下院も議会の選挙があります。

これは多分民主党圧勝でしょうが,そうなると,議会の中からProtectionism(保護貿易主義)のプレッシャーが強まる方向になると思います。

この問題は,日本にとってのみならず世界にとっても大きく重要な問題です。
これからの日本は,アメリカの要求にどう対応するかではなく,日本からどういう提案をするかを考えることです。

日米関係を強化するために,日米中の関係をよりよくするために,アフリカの貧しさを救うために,日本は対応型外交ではなく積極的提案型外交を進めてほしいものです。