卓話


フィンランドの教育とその背景

2009年4月15日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

フィンランド大使館 商務部
上席商務官 木村正裕氏

 フィンランドの教育の背景にあるものを一言で言うと「自然と文化が支えるアイデンテイティー」です。フィンランド共和国は,日本の約9割程の面積,人口約520万人。イメージとしては,東京都の半分くらいの国です。

 フィンランドを規制した最大のファクターは,その地政学的位置でした。東にロシア,西にスウェーデンという両大国に挟まれて苦難の歴史を送ってきた国がフィンランドです。

フィンランドは12世紀から19世紀まで,スウェーデン王国領として北ヨーロッパ最大のスウェーデンに統治されていました。その後1809年には,ロシア皇帝の私領として,比較的自治権を認められた,ロシア帝国自治領・フィンランド大公国となりました。自治領であるため当時から独自の議会もあるという,特殊な位置づけでした。1917年,独立を宣言してフィンランド共和国が樹立されました。

 かくして,歴史のほとんどを他民族の抑圧の下に送ったフィンランド人は,「自らが何者であるのか」というアイデンテイティーを如何に保ち,如何に確立していくかに,非常な力を傾注してきました。

 このようなフィンランド人は「自然と共生する人々」として,日本人と共通点を持っています。

 文化的アイデンテイティーを象徴するものに,叙事詩「カレワラ」とシベリウスの交響詩「フィンランディア」の二つが挙げられます。自らの民話を集めた叙事詩「カレワラ」がフィンランド語で出版されるや,当時世界的に大変な評判を呼び,それまで2級言語としか認められていなかった,独立前のフィンランド語が文化的言語として認められる契機になりました。同じように独立前に,劇中音楽として独立を鼓舞するために使われた曲が,後に有名な交響詩フィンランディアになりました。

 現在のフィンランドのイメージの一つに「ムーミン」があります。日本では子供向けととらえられていますが,世界的には「幻想文学」の優れたものと認識されています。

 フィンランド人の人生哲学が描かれていますので,大人の方も是非,あらためてご一読ください。人間の醜い部分や悩みの部分なども書き込まれており深い作品となっています。

 その他,サンタクロースは言うに及ばず,建築デザイン・居住空間なども有名ですし,高齢者介護や福祉でも注目を集めています。

さてフィンランドの社会構成のキーワードには「公平」と「平等」という,二つの概念があります。

 「公平」については,トランスペアレンシー・インターナショナルの評価によると,「世界で最も不正行為の少ない国」として知られています。即ち公平な社会が構築されている国です。フィンランド国民が自分の国を信じる,政府を信じるという心情にもつながっていると思います。

「平等」については,フィンランドは1906年に,ヨーロッパで初めて女性に対して「普通平等選挙権」を与えました。世界で最初に男女同権を確立した国です。教育制度においても国是として強調されているのは「国民の教育における平等化」です。

 そこで,「フィンランドにおける社会制度としての教育と合目的性」に話を進めます。

 教育は,我々の社会を健全に発展させるためにあるものです。フィンランド人はその目的の下に社会制度としての教育制度構築を進めました。

 スウェーデン王国時代のフィンランドは宗教的な教化政策が教育の基盤にありました。

 14世紀には,支配層,富裕層の子弟が教会で教育を受けました。1686年に「スウェーデン・フィンランド教会法」が作られ,すべての国民に就学が義務化されました。

 フィンランド大公国になって,1866年に「国民学校法」ができました。この法律は管理権を教会から地方自治体に移し,西欧型の学校制度の原型を構築した法律でした。

 1889年から国民高等学校16校が設立され,キリスト教について教えるという従前の教育から,社会的事象を理解させる教育へ変わりました。この学校は男女共学制でした。

 1902年から,国民運動として「生涯を通して学ぼう」が国民の合言葉になりました。これは世界的に見て,生涯教育の先駆であろうといわれております。

1917年にロシア帝国が崩壊し,フィンランド共和国が独立しましたが,内戦が収まった1919年に先ず就学義務法が制定され,1943年には「学校給食法」が制定されました。最初の無償給食制度であり,現在に至るまで,すべて無償で提供されています。

 このように,フィンランドの教育制度は段階的に確立されましたが,現在の制度は,初等教育は9年間の義務制度。中等教育は3年間の高校・職業専門学校。高等教育は5年間の大学,3年〜4年間の高等職業専門学校です。

 学費はすべて,小学校から大学院まで無料で,学生には居住費の80%を国が補助します。返還不要の奨学金もかなりの額が用意されています。一般の社会人が,家族を持っていても何の心配もなく仕事を一時中断して大学に戻って勉強ができます。

 フィンランドの教育についての基本的考え方は,義務教育を例にとると,基礎教育課程は9年,または10年です。9年間で,勉強が足りていないと判断された子供には1年間の補修カリキュラムがあります。

 教育の役割にはEducational Mission(教育)とInstructional Mission(知育)の二つがあります。知育では,正しい自己評価と正しい自己統制を通して,人間の内面形成を図ることが強調されています。

 内面形成を充実することは,生涯にわたる学習主体を形成し,将来にわたって,国民の一人たりとも無役な者を出さない思想に通じます。すべての力を結集してフィンランドという国家を支えていく教育がなされるわけです。教師の位置づけは,学習環境の整備と学習の手助けです。

 2003年のPISAの調査結果を見ても,フィンランドは,読解力,科学的リテラシー,数学的リテラシー,問題解決能力で上位を占めています。その好結果の理由を探りたいと各国関係者が殺到し,関係者はその対応に忙殺されているそうです。

 2000年の段階で,読解力に関しては高い評価を得ていました,その理由は明白です。自らがフィンランド人であるというアイデンテイティーを持つからには,自らの言語を大切にするという基本的な態度があるからです。

 またフィンランド人の読書好きは非常によく知られているところです。

 2000年の段階での現状に満足せず,2001年から,読解力向上のためのLUKU−Suomiプログラムを実施しました。その内容は,次のとおりです。

・読み書きのスキル ・学校図書館の改善
 ・全教科での演繹的,批判的読解力の育成
・書くことをベースにした学習の推進
・男子生徒に対する教育改善

 一方,数学的リテラシーでは,1996年から行われているLUMAプロクラムが効果を挙げていると考えられます。

 フィンランドは自らのデータを分析して,「平等を基本理念とする教育改革プログラム」に結び付けています。

 フィンランドの教育は「非選別型教育」といわれています。教育の機会だけではなく結果についても平等性を保つことが求められます。1970年に大規模な制度改革により,学級の小人数制が実現しました。国語(母語)の授業では1学級20人です。教師は一人一人の状況を把握し,それに応じた補習プログラムを用意します。テストはなく,その必要もありません。結果として,学習者に一定の学力水準を求めます。これがフィンランドでの教育における「平等」の概念です。

 フィンランドでは,「教師の質が成功の鍵である」といわれています。教師は全員修士課程レベルの教育を受けています。

 国家規制の緩和と現場への権限委譲も行われました。教科書の検定制度は廃止されました。1993年から各教科の指導内容と授業時間数の基準も撤廃され、学校毎に多様化・個性化が図られましたが,2004年に新カリキュラム制度が導入され,平等性への配慮と格差拡大への懸念から,複数学年制区分の創成や家庭と学校の連携強化などが実施されました。

 高齢化社会における産業活動と生産性の維持は各国共通の問題です。

 フィンランドの教育制度は,生涯にわたる教育機会を提供することで労働者を再教育し高齢労働力を確保できます。また,再教育によって雇用の流動化に対応したり若年労働力を確保したりしています。フィンランドは,教育制度を技術革新や社会を効率化する各種政策の相互関連の一環としてとらえることで確固たる国を作り,二度と他国に侵略されないアイデンテイティーを確立することを教育の最大の目標にしている国だと思います。