卓話


激動する世界と日本のゆくえ

2015年6月17日(水)

国際ジャーナリスト・キャスター
明治大学国際日本学部 教授 蟹瀬誠一氏


 「金は入っただけ出る」。これはイギリスの歴史・政治学者C.N.パーキンソンの第二法則です。我々は貧しいうちは食べるだけで精いっぱいだが、収入が殖えるに従ってそのお金をどう使おうか考え出す。やがて不必要なものにまで出費をするようになり、気がつけば消費が所得を超えてしまうのです。ですから、実は、金は入った以上に出てしまう。今のクレジット社会はその象徴です。

 それでも家計ではおのずと借金に限界があります。誰も貸してくれなくなるからです。ところが政府の場合は支出に歯止めが掛からなくなるから始末が悪い。足りなくなったら国債を発行して国の借金はどんどん増えていってしまう。これが今の世界経済の最大の問題です。

 2008年のリーマンショック以降、各国の金融緩和競争によって生じた低金利バブルは実体経済約70兆ドルに対して200兆ドル超まで膨らみ、世界経済を賭博場に変えてしまいました。歴代のFRB議長はじめ、欧州中央銀行総裁、日銀総裁がヘリコプターからどんどんお金をばらまいた。著名な米投資家であるウォーレン・バフェットは「ヘリコプターから金をばらまいてインフレにならないと考えることは非常に難しい」と指摘しました。

 インフレになるとどうなるか。今日はジンバブエの100兆ドル紙幣を持ってきました。額面は巨額ですが、このお札で買えたのは生卵2個。それも1日100%というハイパーインフレのため、朝2個買えても夕方には1個しか買えない。インフレでお金の信用が亡くなるとただの紙切れになってしまうという典型的な例です。今月、この紙幣は公式に廃止されました。ただ最近ジンバブエ経済が少し落ち着いてきたため、この100兆ドル紙幣は観光客向けに売られています。

 長らく続いてきた世界的な低金利時代は終わり、金利上昇に向かっています。ところが、デフレ、低金利に慣れ株高を自画自賛している日本は方向転換ができず一番危ない気がします。現在、マーケットで注目されているのは米国の利上げ時期。マスコミでは9月説が主流ですが、市場のコンセンサスは12月に利上げ開始です。

 今後の世界経済はどうなるのか。イギリスの有名な経済誌が次のように端的に表現していました。「アメリカ、インドは強い。中国は減速。ヨーロッパは停滞。ブラジル、ロシアは後退」。そして日本は「夢見心地」。喜んではいけません。夢はいつか覚めるという英国流の皮肉が込められているのです。円安株高で気持ちよくなっているうちに、日本の財政赤字は1,000兆円を超えてGDP比で世界一になってしまいました。まだ日本には国の資産700兆円、個人金融資産1,500兆円くらいあるから大丈夫だという議論もありますが、少子高齢化が進んでいく中で借金は増え資産は減り続けます。ちょうどタイタニック号の上で日光浴をしているようなものです。

 ニクソン大統領の側近だった経済学者のハーブ・スタインの次の言葉を胸に刻んでおいたほうがいいでしょう。「持続不可能なものは持続しない。形はどうであれ危機は訪れる。当たり前の話だけれど、国が過剰に関与すると持続不可能なものが持続するという幻想が生まれる」。今の日本、そして世界経済全体に当てはまるのではないでしょうか。

 日本は、まずタイタニック号になっていることに危機感を持つこと。そしてGDP成長率が経済のすべてではないことを気づく必要があります。

 GDPは富や幸せの尺度ではなく、単に経済活動の総売上を表す指標にすぎません。例えば、2台の自動車が道路ですれ違ってもGDPにはほとんど貢献しません。ところが、2台が正面衝突すると、救急車、医者、看護師、レッカーサービス、修理、弁護士、保険会社、街路樹の修理などが必要になり、GDPに寄与します。GDPという観点だけからみれば、たくさん事故が起きたほうがいいということになってしまいます。病気の患者は健康な人より価値があります。病気の患者の方が医療機関や医薬品メーカーの売上げに貢献するからです。さらに言えば、地方のシャッター通りの町は活気のある町より価値がある。なぜなら大型チェーン店が非効率を削減したからです。しかし本当にこれで私達は幸せになれるでしょうか。

 日本がGDPで中国に抜かれ世界第3位に下落して悔しいと思っている方、そんな必要はまったくありません。中国の人口は13、4億人です。1億2千万の日本が抜かれるのは必然です。また、「ハーバード大学で日本の講座に人が集まらない」「海外に行く日本人留学生が減ったのは由々しきことだ」と嘆く方がいますが、大きな間違いです。1980年代は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と持ち上げられ、エズラ・ヴォーゲル博士が日本講座を開講すると、学生が行列をなしました。今は中国講座に学生が集まっています。しかしそれが困ったことでしょうか。考えてみてください。ハーバードでイギリスやフランスの講座を開いてもそんなに学生は集まらないではありませんか。かつてエニグマティック(不可解な)国と呼ばれ興味を引いた日本もようやくイギリスやフランスのように普通の国になっただけなのです。

 今の日本には問題点が4つあります。1)学生が勉強をしない、2)政治家が仕事をしない、3)サラリーマンが働かない、4)お年寄りがなかなか死なない、です。

 日本の学生は、欧米、開発途上国の学生と比べて勉強量が足りません。政治家については、知人の作家が次のように上手く表現しました。「福田総理で夢をなくし、麻生総理で知性をなくし、鳩山総理で現実をなくし、菅総理で日本をなくした」。ですから安倍総理の「日本を取り戻す」というスローガンはあながち間違いではありません。

 政治の責任は本当に重いと思います。今、安保法制の議論がなされていますが、何よりも問題だと思うのは国民が国を愛する心を失ってしまったことです。敗戦によって物理的な武装解除とともに魂までも武装解除されてしまった。その証拠に、もし戦争が起こったとしたら国のために戦うかという世論調査で戦うと答えた若者はわずか7.7%でした。9割以上が戦わない。これで平和だというだけでいいのでしょうか。私はちょっと心配です。ちなみに、税率75%でも世界で最も幸せな国の一つと言われるデンマークには徴兵制度がありますが、徴兵の必要がないそうです。「国を守るのは我々しかいない」という気持ちで多くの若者が志願してくるのです。

 政治家の仕事はふたつしかないと私は思っています。国民に夢を与え、その夢を実現することです。日本にも立派な政治家はいました。例えば、1960年に所得倍増計画をぶち上げた池田勇人総理。物議をかもした人物ではありましたが、素晴らしかった。国民に、1961年から10年で経済を急成長させ、所得を倍増させると約束し、予定より早い7年で実現させた。国民に夢を与えて実現したんです。

 今朝、18歳選挙権が日本でようやく成立しました。高校を卒業して働いて税金を払っている若者に選挙権がないのはおかしいと思っていたので、私は大賛成です。

 サラリーマンが働かないというのは、日本の生産性が低いことを指しています。しかし何といっても最大の問題はお年寄りがなかなか他界なさらない、つまり超高齢化問題です。少子高齢化と言われていますが、少子化と高齢化はまったく別の問題です。たまたま日本で同時期に起きているだけです。少子化問題の解決策は出生率が回復したフランス、デンマークで実証済みです。子どもを産みやすい環境、女性が働きやすい環境づくりを進めればいいのです。

 ところが、超高齢社会は人類が経験したことのない未知の世界です。そこに日本が最初に踏み込んでいるのです。

 人口に占める65歳以上の比率で呼び方が変わります。7〜14%が高齢化社会、14〜21%が高齢社会、21%以上が超高齢社会です。2007年に日本は超高齢社会に突入し、2013年には総人口の25%、3,186万人が65歳以上になりました。1964年、東京オリンピックの時の100歳以上は191人でしたが、今は5万4,000人でさらに増えています。

 しかし、悲観ばかりする必要はありません。ピンチはチャンスです。日本がこの課題を解決できたら世界の先進国のお手本になれます。日本人の弱点である「内向き」が強みになります。高齢化問題は国内問題ですから内向きでいいからです。それに、質のいい社会インフラ、豊かな人材資源、さらには技術、資金がそろっています。しかも目覚ましい経済発展にもかかわらず、格差の少ない社会を実現しているのは世界でも珍しい。

 そこで、そろそろアメリカの真似をするのはやめましょう。かつて、日本はドイツの工業製品に敬意を払い、フランスの文化に憧れ、スイスの医薬品を導入し、イギリスの政治制度を模範としてきました。ヨーロッパ・スタイルなのです。経営では、ROE、効率最優先主義などアメリカのスタンダードに今一生懸命合わせようとしていますが、考え直す必要があるのではないでしょうか。そうした大きな改革、既成のものを壊す時は、強い意志が必要になります。

 最後に、ルネサンス時代の宗教家マルティン・ルターの言葉を紹介します。彼は「たとえ明日世界が滅ぶとしても私はリンゴの木を植える」と言いました。リンゴはキリスト教世界では、タブーや禁断の領域を意味します。その木を植えることは、禁断の領域を打ち破って、腐敗した教会がどんな迫害を加えようとも、自分の考えを貫いて若い世代を啓蒙していくという強い意志の表れです。今の日本はまさにこれを行っていかなければならないのです。


     ※2015年6月17日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。