卓話


中国の戦争力

2014年6月18日(水)

静岡県立大学 特任教授
軍事アナリスト 小川和久氏


 今日は最近書いた本『中国の戦争力』と同じテーマで話します。私のような者が外交・安全保障・危機管理の分野で日本の優秀な官僚機構の皆さんをある意味使いながら仕事をしなくてはならないことに、日本の問題点が浮き彫りになっていると考えていただきたい。

 日本人は、外交・安全保障・危機管理は苦手なのです。島国で海に守られ、恵まれた環境の下で素晴らしい民族的能力を備え、文化も花開かせることができました。外国に占領されたのは米軍が初めてでした。危機と遭遇した経験がなかった結果、外交・安全保障・危機管理についてセンスを備えられなかった。日本は、他の分野で高い能力を持っているのと同様に、これらの分野もできると思っていることが問題なのです。最大の危機は日本人自身にあります。

 日本と中国は「引っ越しできない関係」です。私は中国に対しては、安全な状態にして、経済面でも日本企業が正当な利益を追求できる環境をつくり、つきあっていけたらいいなと思います。中国の程永華駐日大使は、「経済的関係が深まれば深まるほど安全保障面の問題は小さくなるだろう。そう信じてやっている」とよく言います。その通りで、脅威とは相手が敵意を持つか否か、それを実行する能力を持つか否かです。

 能力については、軍事力の近代化で常に水を開け続ける、あるいは日本の場合、アメリカとの同盟関係を活用することが基本になります。そして、気持ちの部分では、相手に敵意が生じないよう経済的な関係を戦略的に深めていく。油断しろということではなく、日本が自分たちの苦手とする分野の穴を着実に埋めていけば鬼に金棒の国になれるという話です。

 中国の一連の軍事行動を見ていきます。昨年1月に起きたレーダー照射事件では、「挑発か」と騒がれましたが、挑発ならば2回目を行うまで11日も開けたりしません。共産党中央軍事委員会の統制下での戦略的アクションだと見ています。海上自衛隊は、アメリカ海軍と並んで世界で最も洗練された海軍の一つで、一回ぐらいの照射で撃ち返すことはない。それをわかっていてやったのです。直後、海上自衛隊の佐世保地方総監の吉田海将が沖縄県の仲井眞知事に説明した言い方が一番わかりやすい。「とにかく尖閣諸島周辺では緊張は一定の高さにあります。しかし、中国や日本のマスコミが書いているような、今にも戦争が始まるというような状況は一切ございません。安定しております」。これがプロの見方です。

 また、南シナ海ではベトナムと小競り合いをしており、同様のことが東シナ海で及ぶ危惧が言われていますが、中国は戦略的に南シナ海と東シナ海を差別化しています。東シナ海でもし小競り合いでも起きたら、相手は日本でありアメリカですから、世界的な戦争にエスカレートする可能性がある。そうなると国際的な資本が中国から引いてしまう恐れがある。天安門事件の時の教訓を彼らは学んでいますから、日本の周りでは事を起こしたくない。しかし、南シナ海では自分たちの主張があり、そうしなければ国内のナショナリズムにも応えられません。歴史的にベトナムとの間では、領土を巡る揉め事があっても最終的に話し合いで解決しており、今回も同様に収束すると見られているため、国際資本も引くことはありません。

 ところが日本では、外交・安全保障が苦手ですから、尖閣周辺で領海侵犯している中国の船を見て、経済界のトップ経営者でさえ非常に心配します。しかし、尖閣諸島周辺には軍艦は1隻も来ていませんし、南シナ海でベトナムの船に体当たりした武装した巡視船も来ていません。来ているのは全部丸腰、白い塗装の非武装の船です。それを取り囲む海上保安庁の巡視船のほうが武装は強力です。さきほど触れたレーダー照射が行われたのも尖閣諸島の北120キロの海域です。

 5月24日、6月11日に戦闘機が自衛隊機に異常接近したのも尖閣からはるか北の日中中間線付近です。日常的なことで、別に戦争になるという話ではありません。しかし、日本のマスコミが大きく報道することは、中国共産党と軍にとってありがたい。リアルタイムでニュースが中国全土に流れ、弱腰だと共産党を揺さぶってくる国内のナショナリズムをかわすことができるからです。

 しかし、彼らも国際的なルールを決め、それに則ってイメージをよくしたい。南シナ海でベトナム船に衝突して沈没させた映像を見ると、1回目に衝突してくる巡視船は機関砲の砲身を上に向けています。2回目は2連装の機関砲の砲身は水平の状態ですが、カバーをかけています。これは4月22日に中国・青島で世界21カ国の海軍のトップが集まって西太平洋海軍シンポジウムを開き、レーダー照射や砲身を向けた威嚇の禁止に合意した直後に起きたことです。何を意味しているかと言えば、気を遣いながら主張も脅しもする、ということです。

 そうした中で押さえておくべきなのは、尖閣諸島問題についての中国の考えです。それを教えてくれるのが、昨年11月23日に中国が設定した防空識別圏です。日本の防空識別圏のみならず尖閣諸島の上の日本の領空にもかぶせた、あの荒技が中国の狙いを物語っています。中国は広く設定した防空識別圏を管理する能力に欠けています。レーダー探知能力も戦闘機を自由に飛ばす能力も不足しているのです。尖閣諸島問題を事実上の棚上げ状態にしたいことがはっきり見て取れます。

 中国は一貫して、尖閣諸島の領有権問題を棚上げにしようと提案してきていました。日本側はそれを飲むわけにはいかない。しかし、それでは紛争の火種が残る。そこで、防空識別圏を設定し、その後、衝突防止のメカニズム、危機管理のメカニズムの話合いに入ることを提案してきました。アメリカも日本もこれに賛成し、まず海上の安全を図る目的で、西太平洋海軍シンポジウムが開催されたという流れなのです。次は空について必要だと示す意味で、中国の戦闘機が異常接近した面もある。そうした危機管理メカニズムの協議の落としどころは、少なくとも尖閣諸島周辺においては、政府公船、軍艦、あるいは軍用機、政府の飛行機の行動を自粛しようということになるでしょう。これはまさに、中国が望んで止まない棚上げ状態を事実上、実現したことになるのです。

 中国政府関係者も日中首脳会談を実現させ、未来を見据えた話し合いをしたい。そこに向けて、諸懸案を実務レベルで喧嘩しながら整理し、首脳同士は友好的に会談する環境を作りたいと望んでいるのです。

 領海侵犯については、日本側の法律・制度を整える必要があります。  まず領海法が形式に流れている。国連海洋法条約に基づく領海に関する法律では、日本の領海に入ってきた外国政府の船・軍艦については退去を求めることができ、しかるべき措置を講じることができると書いてありますが、強制力がありません。ベトナムは2012年6月に海洋法という国内法を制定しました。国連海洋法条約を遵守するけれども、ベトナムの領海に入ってくる外国公船・軍艦は事前許可が必要であると世界に周知した。中国は口をきわめて非難しますが、領海に入ることを避けています。日本も法整備を進めるべきです。

 尖閣諸島の領有権については、第二次安倍内閣は世界に通用するレベル、つまり国際法で解決する方向にシフトしており、中国もそれを意識しています。尖閣諸島については、1953年1月の段階で中国は領有権を放棄したと見なされる外交的行動をアメリカに対して取っており、1971年になって領有権を主張しても通るわけがない。しかし、これまで日本政府は歴史の話しかしなかった。そこで国際法で勝負しようと、現在、初代の国家安全保障局長・谷内正太郎氏のもと、官房副長官補に外務省きっての国際法のエキスパート・兼原氏を迎えました。

 もう一つ押さえるべきなのが、日米同盟の活用です。日本人は日米同盟について無知で、「アメリカに基地を提供する代わりに守ってもらっている」といった認識が強く、アメリカにどのような基地を提供しているのか、客観視できていません。企業にたとえると本社機能を日本に置いています。国防総省最大のオイルターミナル、あるいは自衛隊の所有する全弾薬を集めても追いつかない巨大な弾薬貯蔵施設を置いており、アフリカ最南端の喜望峰までの範囲で行動する米軍を全て支えています。こうしたことは、残念ながら、私が調査するまで外務省も防衛庁も自衛隊も調べたことがありませんでした。

 日本を失うと、アメリカは世界のリーダーから滑り落ちます。だから、パネッタ国防長官は習近平氏に対し「尖閣諸島といえども米国の国益であることをお忘れなく」と述べ、オバマ大統領も「中国はアメリカと日本が特別な関係だということを理解すべきだ」と言いました。中国はこれをよく理解しており、アメリカも中国をそれなりにサポートしながらうまくコントロールしたい。そうしたことを理解した上で自国の安全を図らねばなりません。年間4兆7千億円の防衛費プラスアルファで維持されている日米同盟は安上がりです。費用対効果に優れている。同じレベルの安全を自力で維持するには、防衛大学校の2人の教授の試算では年間20兆円〜23兆円になります。その負担に耐える覚悟がないのであれば、日米同盟をとことん研究して活用すべきです。


     ※2014年6月18日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。