卓話


会員増強及び拡大月間例会
豊かな最晩年を迎えるために

2007年8月1日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

青梅慶友病院・よみうりランド慶友病院
理事長 大塚 宣夫 氏

私は,慶応大学医学部を卒業してから精神科の医師として修練を積み、老人にはほとんど縁のない生活をしていましたが,昭和49年の春,友人から,おばあさんの件で相談を受けたのが契機となり,私は初めて老人病院なるものの存在を知りました。 

私が訪れた,その病院はまさに長生きした人が,その罰として最後の3カ月くらいを入れられる収容所といったような雰囲気の場所でありました。

 この病院を見たときに最初に感じたことは,自分の親をどうするかということでした。私の両親,それから家内の両親の介護のことを考えた時に,ああいう所にしか入れることができないのは悲しいのではないかという思いから,自分の親を安心して預けられるような施設を造ろうと決心するに至りました。

1.事業の概要
1980年の2月に青梅慶友病院(147床)を開設しました。開設直後から,入院希望者が多く,それに応じる形で漸次大きくしてきました。現在は736床の規模になっています。

また,ご縁があって東京都稲城市にある「よみうりランド」からお誘いを受けて,2005年4月に16万坪の遊園地の一角に,新しくよみうりランド慶友病院(240床)を開設しました。

 現在、両方の病院を合わせると約千床になります。入院のお年寄りの平均年齢は85歳。106歳を頭に100歳を越えておられる方が約30名おられます。平均の入院期間は,青梅は3年半,よみうりランドは7カ月です。

入院者の状態は,いわゆる寝たきりの方が3分の1。終日オムツのお世話になっている方が7割。認知症なるが故に日常生活に支障を来たすような方が7〜8割。ガンの末期や神経難病の末期のような方が,よみうりランドでは全体の4分の1を占めています。

イメージで言いますと,青梅慶友病院は医療付きの老人ホーム,よみうりランド慶友病院は高齢者のホスピスという雰囲気です。

このような患者様に対応する職員数は青梅で780名,よみうりランドで300名であります。

2.我が国の高齢社会の今後
わが国の少子高齢化はたいへんな勢いで進んでおります。特に高齢化は,西欧の国々と比べて2倍から3倍のスピードで進展しており,65歳以上の人口比率は今や20%を越えようとしています。

その絶対数の多さにおいても特異な面があります。福祉先進国として引き合いに出されるデンマークやスェーデンの総人口は600万とか800万です。それに比べると我が国は15倍とか20倍のボリュームを有しています。

スピードにおいてもボリュームにおいても日本の後を追うのは,中国をはじめとするアジアの国々ではないかと思われますが,日本は、高齢者対策といった面で,アジアの国々のモデルになるような制度を作ることが必要だと,常々考えているところであります。

私たちが老後のことを考える場合,関心があるのは,年金,介護,医療についての社会保障制度がどうなるかということです。

日本の社会保障制度は今までかなり手厚かったように思います。しかしながら,今や制度設計の前提が完全に崩壊しようとしています。

制度の前提は,次の世代の人口が増えていくこと。加えて,少なくとも5〜6%の経済成長が続くというものでした。

 この二つの前提が完全に崩壊した今,これまでの制度も続くとは思えません。

2000年4月にスタートした介護保険にしても,今や崩壊寸前といっても過言ではないと思います。加えて介護事業を全国展開している会社が行政の厳しい監査を受け,事業から撤退することになりました。

 行政は日本の高齢者社会を支える中心は在宅介護であると考え、在宅介護を支援するために,あるいはそのような事業展開を徹底的にサポートしようとして介護保険をスタートさせました。そうして,何年もたたないうちに今回の事件が起きました。

この事件の背景は,在宅介護を施設介護よりも安上がりにすませようと価格設定したことにあります。そのため事業として成り立たなくなりました。

無理に成り立たせようとした結果,そこに働く人達を苛酷な労働環境にさらすことになり、働く人々が確保できなくなり,制度として決められた基準をごまかすしかないということになったのです。

今回の事件は,高齢者の介護を在宅介護中心にして,さらに,すべてを民間に任せて展開しようとした基本方針は見直さざるを得ないということを物語っています。

3.最晩年に備える
人間は年をとると,誰でも病気にかかり精神的にもボケが進んできます。自分自身では自分の生活をコントロールできなくなった人生最後の何年間をどう過ごすかという話であります。

皆さんに,そういう風になったら,どうするのでしょうねと,いろいろな機会にお尋ねした際に,いちばん多いのは「私は、ぴんぴんころりで行きたいね」つまり、高齢になっても元気な毎日をおくり、ある時突然死ぬ、略称PPKという答えです。実際には,この「PPK」は幻想でありまして,比率からいって,せいぜい,100人のうちの5人の人がそういうことになるに過ぎません。ほとんどの人には,いろいろと厳しい状況が待っているわけであります。

日本の老後の医療,介護の諸制度はすべて官制です。サービスが国の基準で定められ,形態や量的なものまで国が定めます。全国一律にコントロールされていますから,国民の生活レベル,あるいは,それよりも少し低いところに基準を設定しています。実際には,決して満足のいくものではありません。

おれは家族を頼りにしているから安心だと言う人がいますが,これがまた大変なことです。今までの家族の形態は,誰か一人が倒れてもそれを支える人がいましたが,最近は核家族化が進み,子供は独立し,同居の家族もなく老夫婦だけ,あるいは老人の一人暮らしという世帯が50%になろうとしています。どのようにして不自由な体を支えていくかを考えないといけません。

また家庭介護を実際に経験された方ならすぐに分かることですが,看る方も看てもらう方も非常に厳しいものがあります。身内であるが故の,あるいは家族であるが故の難しいことがたくさん起きてきます。

家庭が駄目なら高齢者施設に行こうという場合でも,施設の中身は様々です。高齢者施設には,生活,介護,医療の三つの機能が必要ですが,それらを兼ね備えた所は稀です。入所に際しては温かく迎えてくれますが,介護や医療が必要になると,他所に移すという施設も少なくありません。施設をご覧になるポイントは,医療がどんな形でかかわってくれるのかを確かめることだと思います。

最晩年への準備という点で,いくつか申しあげたいことがございます。

「終末期の繁忙」という言葉をご存じでしょうか。人生終わりに近づくと,やらねばならぬことが結構たくさんあるということです。

第一は何といっても身辺整理です。特にご自分にとって価値のあるものの整理が大切です。もっと現実的には,葬式の時は誰に連絡をしてほしいかなども知らせておくと,後の者がたいへん楽であります。こういうことをきっちりやっている人ほど長生きします。

第二は社会貢献です。社会貢献こそが生きている証しといってもいいと思います。

では高齢になり自分の体が不自由になってからでも出来る社会貢献とは何か。それは,なんといっても周りの人に感謝をするということです。

人が来てくれた時に、または何かやってもらった時に感謝の気持ちを伝えるのは,ありがとうという言葉だけでは不十分です。今まで溜め込んだ,皆さんの手元にある品物なりお金なりを,来てくれた人にその都度贈るようにしなければなりません。いわば一回一回の決済をするのです。これが人間関係を円滑にする方法です。極めて下賎な話で恐縮ですが,それが厳しい現実です。

いずれにせよ介護が必要になった時には,素人である家族にやってもらおうと思わないでプロに任せることです。介護には,ハートだけではなく,技術や知識とともに仕組みも必要です。

私は,今まで人生の最後の部分をたくさん看てまいりました。実際に仕組みさえうまく作ることができれば,現代社会においても,大往生ということが実現可能だと思います。

現在、大往生を妨げているのは,なんと医療であります。自分の天命を越えて延々とつらい思いをさせられるというのが現代の医療の姿です。それ故、自分の終末期については元気な時からどんな対応をして欲しいか、周囲に伝えておくことが極めて大切です。

私はこの先2〜3年で引退するつもりですので,その先は,自分なりに考える大往生というものを説いて回って,全国の仲間と大往生同好会を作りたいと思っております。

その節には奮ってご参加いただきたいと思います。