卓話


心の人生の宝物を持つ

2013年5月22日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

女優 山本富士子氏

 人生経験豊かで博識のある皆様方の前で何をお話しすればよいかと,随分迷いましたが,日頃から,私が大切にしております私なりの心のあり方,人生を生きる心,そして言葉の力等,そんなことの一端をお話しさせていただこうと思います。

 私は日常生活のなかでの「言葉の力」というものをとても大切に思っております。

 書物や新聞種々の記事等や,人様とお話ししていて,心の琴線に触れるようないい言葉やいいお話に出会えた時は,必ずノートに書き留めるようにしております。

 そのきっかけとなったのは,皆様もよくご存じの詩人サムエル・ウルマンの『青春』という詩に出会った時からでございます。

「青春とは,人生の或る期間を
 いうのではなく 心の持ちかたをいう
 年を重ねるだけで 人は老いない
 理想を失うとき はじめて老いる」

 これは,『青春』という詩の一部ですが,私はたいへん深い感銘と共感を受けて,夢中でノートに書き留めていました。私は,詩の中の「理想を失うとき」という言葉を自分なりに,夢とか希望とか,好奇心とか挑戦とか,いろいろな言葉に置き換えて,いくつになっても,少年のように,少女のように,瑞々しい青春の心を失わずにいたいものだと,いつも思っております。そして私は,この詩を小さな紙に書いて,お財布に入れていつも持ち歩いております。

 もう18年程前になりますが,私の息子が結婚致します時に,少しでも心のよりどころになればと感銘を受けた言葉や自分なりの人生経験,生きる心などを書き綴ったこのノートに「折々の記」と題して,結婚式当日の朝,息子にプレゼントしました。その息子も,二人の子供の父親となり両親が常に言ってきた事を子供達に同じように話しております。

 その私のノート「折々の記」から少し抜粋して,ご紹介したいと思います。

 まず,皆様方もよくご存じの作家,五木寛之氏の『生きるヒント』という本の中から。
「よろこび上手な 人間になれ
 よろこばせ上手な 人間になれ
 自分自身にも,よろこび上手な人間になれ。
 その心は,結局,感謝の心につながる
 よろこび上手こそ,
 苦しい世に生きてゆく知恵なんです
 一日一回,どんなことがあってもよろこぶ。
 大きなよろこびだけを見つけようとせず,
 実に他愛のない日常生活の中で,例えば,
 新幹線の窓側に乗って,ああ今日は,
 美しい富士山が真正面に見えて嬉しかった。
 安くて美味しい物に出会った。
 お店で気に入った品を見つけた。」
というように,よろこびたい心の触手を大きく広げて待ち構えることが大事,とあります。

 また,その本の中には,友人の女性作家の話として,こんなことも書かれております。
「毎晩,寝る前に,鏡に向かって,
 自分の体を 一つ一つ触って,
 褒めてあげることにしているんです。
 指なら指,肩なら肩,おなかならおなかと,
 やさしく触って,今日一日,ご苦労さま,
 あなたは,とてもよくやってくれたわ,
 とても,えらいわ,ありがとう。
 そうすると,体の細胞のいろんな部分が,
 皮膚の下でプチプチと音をたてて
 よろこんでいるのが分かるんですよ。」

 これを読みました私は,富士子の感想として,次のように書き込んでおります。

「そうすることで,
 一日頑張った自分への感謝
 一日を無事に過ごせたことへの感謝
 健康な体を与えてくれた両親への感謝
 全てへの感謝の心が持てると思う。
 とにかく,一日を感謝する心で過ごすこと
 の大切さを忘れずに。」

 また,最近私は,いい言葉に出会えました。過日,ウシオ電機の牛尾治朗さんと対談をいたしました折に,牛尾さんがきらりと光る言葉を話されました。それは,「美点凝視」という言葉です。

 「人のあら探しをするのではなく,必ずどの人にも美しい,いい所がある。その,いい所,美しさをじっと視なさい。そうすると,世の中が楽しく和やかになる。こちらがそうすれば,相手も,自分のいい所,美しい所を視てくれる。」と話して下さいました。その日はこの言葉に出会えて,とても幸せでした。いい言葉というのは,本当に,心の宝物になるように思いました。

 産経新聞に「朝の詩」という読者が投稿する欄があります。先日亡くなられましたが,柴田トヨさんという百歳の方が「くじけないで」という詩を投稿され,有名になった欄です。主人と私は,「朝の詩」の大ファンでございまして,いい言葉や文章に出会った時は必ず切り抜いておりました。その中から広島の63歳の女性の方の詩を読みます。
 『言葉』
  誰かの言葉に 心が痛んだとき,
  いつも思い出す。
  お寺の門前に書かれていた言葉
  言う者は 水に流し
  聞く者は 石に刻む
 言った者は相手を傷つけたなど気づかずに忘れるけれど,言われた方はいつまでも心に残る。私も気付かぬままに,どれだけの言葉で傷つけただろうと心の中で許しを乞う。こういう文でございました。

 もう一つは京言葉で書かれた詩で,私は最初,てっきり女性の方だと思いましたが,滋賀県の65歳の男性でした。
 『言の葉』
  真心こめたら 言葉は宝石どす
  贈られたお人は 大喜びしはるわ
  いけずな言葉は まるで刃物どすえ
  相手のお人の胸に刺さって
  ほんまに血まみれどす
  お互いに 心がはんなりする
  言葉を交わしまひょ なあー あんた
 どちらも,人間関係の中での言葉の大切さを書いておられます。
 もう一つ,72歳の男性が『育児』という文を投稿しておられます。

 『育児』
  赤ん坊のときは 肌を離すな
  おさな児のときは 手を離すな
  子供のときは 目を離すな
  少年のときは 心を離すな
  これぞ 育児の極意
  これぞ 育児の原点
  こんな簡単なことを守るだけで
  必ず 良い子は育つ

 私はこの詩を読んで,ご自分の体験からにじみ出た素晴らしい言葉だと,深い共感を覚えました。子供を育てるということは,親も一緒に人間として成長していくかけがえのない時間だと私は思います。特に若い方々に,こういう育児の精神を持って,子供を育ててもらいたいと思った一文でした。

 たくさんのいい言葉の中から何点かをご紹介しましたが,特に私が大切にしている言葉がございます。それは夫からもらったバースデーカードに書かれていた言葉です。

 私の夫,作曲家山本丈晴は一昨年の9月に亡くなりましたが,毎年贈ってくれる夫からのバースデーカードは,私の大切な宝物でございます。「今年はどんなことが書いてあるのか,どんな言葉に出会えるのか」と,いつもわくわくしてカードを開きますがその中でも,もう15年程前に贈ってくれたカードの言葉は,私の心に深く響きました。

 それは,先程お話しした「朝の詩」に投稿された『この秋』という文章に主人が大変感銘を受けて,その言葉を引用して『砂時計の詩』と題してカードに書いて贈ってくれたものでございます。この詩もやはり,紙に書いて『青春』の詩とともにお財布に入れて持ち歩いております。
 『砂時計の詩』
  1トンの砂が,1年の時を刻む砂時計が
  あるそうです。
  その砂が,音もなく巨大な容器に
  積もっていくさまを見ていると
  時は過ぎ去るものではなく
  心のうちに からだのうちに
  積もりゆくもの と,いうことを,
  実感させられるそうです。
  時は過ぎ去るものではなく
  心のうちに からだのうちに
  積りゆくもの
と,まあ,こういう言葉でございます。

 私は今まで,時は過ぎ去るものという思いが強くございました。勿論,時は確実に過ぎ去っていきます。今こうして,皆様とお話ししている時も刻々と過ぎてゆきます。だからこそ,この一瞬,一瞬を大切に,また一日一日を大切に,いい刻を,自分や心や体の中に積もらせていくことが大切なのだと深く感じました。それがやがて,豊かな心やいい人生を紡いでくれる。そう受け止めた私は,一日一日を精一杯生きる,今日を生きることの大切さを,あらためてかみしめました。

 主人と私は,夫婦としては勿論,仕事の上でも一番長いコンビでございました。私のテレビドラマの作曲,舞台音楽の作曲など,全ての作品の作曲を担当してくれました。また,数多くの楽曲と,ギタリストとして,たくさんの演奏集も残してくれました。

 二人で過ごした49年間という刻は過ぎ去りましたが,何よりも,夫が残してくれた人間としての生き方,人生を生きる心,かけがえのない想い出,二人で積み重ねた幸せな人生と歴史は,私の心の中にしっかりと積もって,決して過ぎ去ることはございません。私の心に人生の宝物となって,現在の私の生きる力となり,支えとなってくれております。私は,感謝と尊敬の思いで,いっぱいでございます。

 皆様方も,心の中にいっぱいの宝物をお持ちでしょうが,これからもどうぞ,一日一日を大切に『時は過ぎ去るものではなく 心のうちに からだのうちに 積もりゆくもの』と,益々いい刻を積み重ねられ,今後の更なるご活躍とご発展をお祈り申し上げます。