卓話


人に優しい個人に適した先進ガン医療の現状

2008年4月9日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

国際医療福祉大学副学長
三田病院 院長
慶応義塾大学 名誉教授 北島政樹氏 

 患者さんに優しい,個々の患者さんに適した,先進ガン治療の現状についてお話しします。ガンに対する外科治療は,我々の若い頃には,大腸や胃を大きく切り取る「拡大手術」でした。大きく切ってリンパ節もできるだけ切り取る手術です。この手術は,患者さんにとって非常に苦痛を伴うものでした。

 最近は,できるだけ患者さんの負担を少なくして,術後の生活も,非常によくなる,「縮小手術」や「内視鏡手術」が優先されるようになってきました。

 21世紀におけるガンの外科治療の方向性は,
1.ガンを完全に取り除いた後,患者さんの体に優しいこと(低侵襲手術の実現)
2.早期ガンでも,臓器の全摘とリンパ節の切除を行っていたのをあらため,個々の患者さんに合った手術方法,治療方法を探り,治療の個別化を図ること。(個別化の実現,の2点で変わってきています。

 慶応義塾の塾祖,福澤諭吉先生は,1868年に,「医術の進歩」という論説の中で,『将来,内視鏡の機械が進歩することによって,あたかも口の中を見るが如く,子宮,直腸,膀胱,胃の裏面を観察することができる』と予見されていました。

 我々は,この「医術の進歩」を読んで非常に勇気づけられました。さらに,私自身は外科医ですので,『医術は外科より進歩す』という評論には「まさに然り」と感じます。

 私が慶応義塾大学病院に所属していた,1991年〜2003年時の「胃ガン深達度の年次推移」では,年が経つに従って,早期ガンが増え,03年では早期ガンが70%,粘膜ガンが30%の頻度でありました。

 我々は,早期ガンに対して,一律に同じような手術をしてよいのかという議論を重ねてきました。今は,内視鏡が非常に進歩しています。これを使って,早期ガンの手術をするのがよいとの考えになってきました。

 早期ガンの診断も非常に進歩して,お陰で治療も進歩しました。医療機器が進歩して,局部切除術,患部を持ち上げて切除する手術が容易にできるようになりました。

 1991年頃から,早く,低侵襲手術を提供しようとして,世界に先駆けて,腹腔鏡下手術を実施してきました。腹部を開かないで,腹腔鏡で患部を観察して,処置する手術です。

 医療械器も非常に進歩しております。患部を結紮する必要がなく超音波メスを用いて瞬時に凝固させることもできます。

 要するに,大きい傷を作らないで手術するのが,患者さんに優しい手術なのです。

 食道ガンも,胸腔鏡を使った手術を行っていますし,膵臓がん,乳がん,甲状腺がんなども,内視鏡での手術が行われています。

 私自身も,1980年頃から,低侵襲手術について考えていましたので,それが現在の内視鏡下手術につながっていると思います。

 実は,内視鏡下手術で前立腺や腎臓の手術をやって,いろいろなトラブルがありました。そこで,「日本内視鏡外科学会」では,信頼を得るために技術認定をはっきりさせないといけないと考え,一定の手術経験数を持った医師に,無編集の手術ビデオを提出させ,複数の専門家が評価する,技術認定制度を作りました。

 2005年6月に,最初の認定審査を行いましたが,その合格率は53%でした。これでいいのかということですが,とりあえず,こういう,はっきりした技術認定を一般の方々に認めてもらうというのが学会の姿勢です。

 内視鏡下胸腔鏡手術の問題点は,視覚が限られている,動作が限られる,鉗子だけで手術するので触覚がない,ということにあります。

なんとかするために,理工学部と融合して解決しようという動きが出てまいりました。

 1975年,ハーバード大学のMGHに留学する機会がありました。この大学は,チャールス川を挟んで,マサチューセッツ工科大学と常に連携していました。とにかくハーバード大では医工連携が進んでいました。私は,若い頃そのノウハウを,なんとか日本に持ち帰ろうと思っていました。

 2000年に第100回日本外科学会が東京国際フォーラムで開催された時から,我々はロボットに取り組んできました。

 2000年3月に,アジアで初めて,ダ・ヴィンチという手術用ロボットが慶應病院に導入されました。

内視鏡下手術では,縫うこと,結わえることが非常に難しいのですが,このロボットでは,あたかも手が中に入っているかの如くに,縫合操作が可能であります。

 ロボットは,日本ではまだ認可されていませんが,このようなロボットが,夜明けを迎えたということができます。

 実は,このロボットを使って,肝臓ガンの手術をしました。機械が進歩してきましたので,開腹の手術に近い状況での手術が可能になりました。

 ロボット手術の利点は,視野が大きく血管もはっきり見える。手の震えがほとんどない。正確性が向上して外科医の疲労が軽減されるなどです。

 しかし,一方では,大きすぎて複雑,ロボットアーム同士が干渉する,手術視野が制限される,コストが高い,これらが問題点ですが,最大の欠点は触覚の欠如です。

 我々は,理工学部と連携して,触覚をもつロボットの開発に取り組みました。そうして触覚をもつ一体型小型ロボットを開発しました。

さらに,我々は,それを遠隔地に飛ばせないかと考え,1万キロ離れたスロベニアに,コンピュータを使って触覚を転送しました。

 理工学部に先端を置いて,医学部に手元を置くというシステムでの20kmの転送も成功しました。これで,離島での手術を,この触覚のある鉗子を使って遠隔操作で手術ができるということです。

 世界最初の遠隔操作手術は,フランスのストラスプルグのジャック・マレスコ教授がニューヨークとフランスを繋いで,ロボット操作で胆嚢の手術をしました。リンドバーグ手術と読んでいるのですが,2001年の9月に,論文に発表されました。

 日本では,1996年に,京王プラザと慶応病院を繋いで,ライブデモをやっておりますし,2000年には,京都大学と我々の外科で,施設間のドミノ肝移植を成功させています。

 その後,慶應大学と東京医療センターとの間で,手術指導が盛んに行われています。

 現代では,従来のような,手術で100個のリンパ節を切除して,転移がないのでよかったという時代ではなくなりました。

 転移したリンパ節をどうやって探すか,その方法として,Sentinel node navigationという概念を導入しました。

 今までは,大きく切って,リンパ節もほとんど切除していましたが,実際に転移のないほかのところまで取る必要はない。そのためには,正確で,効率のよいリンパ節転移診断法を確立すればいいのだという考えです。

 Sentinelとは,「見張り番」です。ガンから最初に転移するリンパ節を見張り番リンパ節とみて,これに転移がなければその先のリンパ説を切除する必要はありません。

 テクネシウム・スズコロイドという放射性物質を内視鏡でリンパ節に打って,地雷を探すような方法で検査します。

従来の病理組織で,全くガンが見えないような,小さいリンパ節も,免疫染色をやることで探すことができます。

 さらに,分子生物学的手法を用いると,微小転移まで見つかるようになりました。
肝臓ガンは,一回切除しても,肝炎ウイルスが存在していると,5年以内に50%が再発します。新しい発想として冷凍融解壊死療法を考えました。マイナス150度ぐらいの冷凍針で瞬時に肝臓ガンの部分を凍らすのです。この方法だと,血管や胆管に近い患部にも適応できます。

 我々は,多くの進行ガンの治療にかかわります。しかし絶対にあきらめません。37歳の男性で,大きな胃ガンがあり,食道にも浸潤して,手術も不可能という患者さんに対して抗ガン剤を使って局所の放射性治療を行い,内視鏡で患部を採取して検査してみますと,ガン細胞はゼロという結果を得ました。最後は,患部を全摘して,病理学的にガン細胞ゼロになったことが,最近の症例でありました。

 外科医にとって「Art」は技術を意味します。Artには,それを裏付けるScienceが必要です。しかし,我々が目指すのは,無防備な患者さんにメスを入れるのですから,何よりもHumanityが重要だと思います。そのことを,常々,多くの外科医と共に学んでまいりました。Art・Science・Humanityが重要であるということを,今後も,若手にも教えていこうと思っております。

 2年前に王監督の内視鏡手術はSentinel nodeを含めて行うことができました。これも今までの研究の成果だと思っております。