卓話


ロータリー基本精神−ポール・ハリスと先人たちの言葉から−

2012年1月18日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

国際ロータリー第2580地区パストガバナー(東京江戸川RC)
東京日本橋法律事務所 代表
上野操氏

 ポール・ハリスは,『私は,ロータリーの創立者として,ロータリーとは何かと問われたら,躊躇なく寛容と答えるだろう』と述べ,『宗教の異なる人々が,ロータリーという同じテーブルにつくことができたら,どんなに素晴らしいことであろう』とも述べています。

 ポール・ハリスのいう「寛容の心」とは相手の立場に立って考えることのできる心であり,その心に基づく実践がロータリーの奉仕の本質であると言っているのだと思います。

 イギリスの歴史学者アーノルド・トインビー(1889〜1975)は『キリスト教文明が作った現代西洋文明の基礎にあるものは非寛容である。西洋文明を没落させないためには,寛容の原理をもつインド文明を取り入れなければならない』と言説しています。

 西洋のユダヤ教,キリスト教,イスラム教は,実は三つとも同根の唯一神です。従って,それぞれの一神教に伴う排他性,非寛容性は避けられません。対して,インド哲学の根本思想は「梵我一如」です。「梵」は宇宙万物の根源を意味し,「我」は個我の本質を意味します。つまり「梵我一如」は「梵と我は究極において一致する」という世界観です。

 また,大乗仏教の根本思想は,「一切衆生悉有仏性」です。生きとし生きるものすべてに,悉く仏の心と慈悲の心が宿されているという世界観です。

 この世のすべてのものが,悉く仏性という共通の命と心によって相互依存的関係性の中に生かされている,という生命感です。

 ポール・ハリスは,ロータリーの奉仕の実践について『ロータリーは宗教ではなく,また,それに代わるべきものでもない。それは古くから存在する道徳観念を我々の現代生活,なかんずく実業的職業生活に適用・実践することである』と簡明に述べています。

 この言葉には二つの論点があります。

 まず,「ロータリーは宗教ではなく,道徳である」と言っている点です。

 本来の宗教は究極的には「自我の滅却」を求めます。道徳は可能な限り「自利を抑えて利他に生きること」を求めますが,究極的には「自我の存在」を肯定します。

 ポール・ハリスは『ロータリーは,すべての人間にとって実践可能な倫理運動でなければならない』という立場ですから,次元の高い宗教とは一線を画したのだと思います。

 また,ポール・ハリスは現代文明の基礎にあるキリスト教の一神教的な非寛容性からは離れていたいと考えていたとも思います。

 もう一点は,『古くから存在する道徳観念を,現代生活の中で,特に実業的職業生活に適用・実践することである』と,職業奉仕を優先的に強調している点です。

 ところで,1935年にポール・ハリスが,ロータリーの第5回太平洋地域会議に参加する途中,日本に立ち寄ったことが記録されています。この時,日本のロータリアンが「貴方はなぜロータリーを作ったのですか」と尋ねました。ポール・ハリスは「ただ寂しかったからです」と応えたと伝えられています。

 ポール・ハリスは別の機会に『自分は弁護士という職業を通して多くの知人を得たが,真の友人はできなかった』と述懐しています。

 20世紀初頭のアメリカ資本主義社会は,激しい自由競争が,人々を拝金主義に走らせ,商道徳の低下と人心の荒廃を招きました。

 1905年3月,ポール・ハリスは,異業種の仲間同士で会合し,一業種一会員制の原則と規則的例会への出席義務の原則を確立して,シカゴRCを創立しました。競争関係にない会員同士が規則的例会に出席することによって,見失っていた思いやりの心を取り戻し,相互の親睦を深め,切磋琢磨しながら互恵的関係をつくっていこうとしたのです。

 その翌年,ドナルド・カーターから「互恵的関係だけで,社会に役立つことをしないクラブは社会的存在意義がない」と強く批判され,以後,ロータリーはクラブ内で生じた親睦のエネルギーを,奉仕のエネルギーに転化して,社会的奉仕活動,なかんずく職業奉仕へと進展させていったわけです。

 ポール・ハリスは『奉仕の理想を受け容れるにあたって,最大の障害となるものの一つは富の崇拝である』と言っています。

 春秋時代の『管子』の一節に『倉廩実れば則ち礼節を知り,衣食足りれば則ち栄辱を知る』という言葉があります。我が国では『衣食足りて礼節を知る』と簡略され知られています。衣食の欠乏した戦中戦後の激動期に少年時代を過ごした私には,まことにリアリティーを感じる言葉です。

 しかし,敗戦後40年足らずして世界の経済大国といわれるようになった我が日本は,その後どのようになったでしょうか。

 政治家,財界人,教育者,エリートといわれる職業人などの犯罪的行為が次々に暴かれます。青少年の残虐な行為も目に余ります。親子兄弟,夫婦間の殺傷事件も後を断ちません。正に人心地に落ちた感があります。人間は衣食が足りたからといって礼節を知るものではないという不条理に暗澹とならざるを得ません。

 我が国では,天台宗の開祖最澄が「道心の中に衣食あり,衣食の中に道心なし」と説いています。「一心に道を求めるならば衣食はおのずから与えられる。しかし,専ら衣食のために心を奪われていると,道を求める心は消失してしまう」という教えです。

 科学万能,経済至上の現代こそ,ロータリアンは「道心の中に衣食あり」という教えがポール・ハリスの職業倫理に適うものだと得心し,実践しなければならないと痛感します。

 1980年代以降,著しいテクノロジーの発達と資本主義経済の発展は,ロータリーの奉仕活動に大きな影響を与えています。

1)資本の集中と組織化は,企業の所有と経営を分離し,経営者は企業利益の追求を優先しロータリー的企業倫理から遠ざかります。

2)多くの中小企業は大企業に間接的に支配されているので,企業本来のアイサーブによる職業奉仕が難しくなっています。

3)競争社会は経済的弱者を増大させます。国家が積極的に福祉行政を行うようになったので社会的奉仕は意味を減少させています。

4)資本主義経済は,国家的レベルからグローバルな次元へ拡大しています。ロータリーもRIのロータリー財団を中心とした人道的支援に力点を移しつつあることは否定できません。

  以上のような状況を予測したかのように,ポール・ハリスは『ロータリーは,他の営利事業クラブや慈善事業団体の,それぞれの目的分野において,それらと功を争うべきものでは決してない』と断じ,『ロータリーは,ただロータリーの目的の範囲内のことを実践すればよいのであって,それ以外のことで他のクラブや団体に力が及ばなくても一向に差し支えない』と言明しています。

 RIは,ロータリーの綱領である職業奉仕を推進するため,各クラブを支援することを主たる目的にしています。各クラブはRI定款とクラブ定款を遵守して,職業奉仕を推進し,五大奉仕の実践を支援します。

 個々のクラブは,自主的に奉仕活動を選びます。RIは特定の奉仕活動を命令したり禁止したりすることはできません。

 従って,クラブと会員はロータリーの綱領を正しく理解し,クラブの自主性を発揮して,ロータリーの目的である職業奉仕の基本精神を推進し職業奉仕を実践すべきです。

 最後に,東日本大震災に対する支援活動へのお礼と経過報告をいたします。

 東京RCからは多額な寄付金を頂きました。誠にありがとうございました。

 今回の被災地は7地区に及びました。そこで,全国のガバナー会を窓口にして義援金を集めました。3月末までの半月程で約3億円が集まりました。その中から1億2,300万円を被災地に分配しました。

 6月末の我々の任期までに集まった約8億7千万円と,ガバナー会で協議したプログラムは,7月1日に次年度の新ガバナー会に引き継ぎました。

 我々は、被災地の遺児に対する教育的援助を提案していたのですが、新ガバナー会は「使用方法は各地区の独自性に任せるのがよい」との結論を出し,寄付金は,各地区に返還されました。

 そこで我が地区と他10地区と1協力団体の協力で,最初の提案どおり,返還金・寄付金を基金として約4億5千万円の「ロータリー希望の風奨学金」制度を立ちあげました。その内容は,国・自治体の支援が薄くなる18歳以上の災害遺児のうち,大学・専門学校進学者,約50人に対して月額5万円の給付を在学中の4年間(8学年度に亘り)行うものです。

 遺児たちの教育的支援をするプログラムは,最もロータリーらしい奉仕活動として米山先生の精神を受け継いでいる当地区ならではのものと,自負しているところです。