卓話


食育とうま味について

2014年11月19日(水)

オテル・ドゥ・ミクニ オーナーシェフ
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代表取締役 三國清三君


 1999年、イタリアのスローフードの会長やフランスのシェフたちから、一緒に「味覚の授業」をやろうと誘われました。

 「子供たちの味覚を守っていかなければならない」と、彼らが運動を始めたのは1985年で、ヨーロッパにファストフードが押し寄せ、生ハムやチーズなど手作りの生産者が廃業に追い込まれました。フランスは、「食うために生きるか、生きるために食うか、食べることは人生の最も大きな喜び」という美食の国です。

 ジャック・ピュィゼ博士が「12歳、小学校6年生までに甘い、酸っぱい、しょっぱい、苦い、これをきちっと教えられていない子供は、自分の親に注意された時に、親を傷つけてしまう。将来、簡単に我が子を傷つけるようになる。」という発表をしました。それで、「子供たちの味覚を守るのだ」とイタリアとフランスが立ち上がりました。

 彼らは、味覚をきちんと教えられていない子供たちは、自分の親を傷つけたり、将来大人になって、自分の子供を傷つけたりする、「そんな国はおぞましい」と言っていました。

 実際の活動を説明します。

 フランスは、10月第3週にルソンドグゥーという味覚の授業を国をあげて行っています。

 前の脳が完成するのが八歳頃、後ろの脳が完成するのが12歳頃。歯も全部12歳頃で入れ替わります。12歳までにきちんと味覚を訓練しなければなりません。

 イタリアでは、子供たちに、白いヨーグルトに、天然の色素を入れ味見をさせます。味はしないが、子供たちは黄色のヨーグルトはレモンの香りがする、ピンクはリンゴの味がすると書いてしまう。ちゃんと味わって判断しなさいと教えています。

 昆布からグルタミン酸、鰹節からイノシン酸、干し椎茸からグアニル酸、うま味要素を発見したのは日本人です。昆布で出汁をとり、鰹節を足すと一足す一が8倍になり、「まったり」とした味になります。

 僕が行っている味覚の授業について説明します。

「甘い・酸っぱい・しょっぱい・苦い・うま味」というのは味蕾(みらい)で感じます。味蕾は8歳から増え12歳で12,000個になると言われています。前後の脳が完成し、歯も入れ替わる12歳頃までに自然のものを食べさせ、「甘い・酸っぱい・しょっぱい・苦い、うま味」を体験させなければなりません。

 「甘い・酸っぱい・しょっぱい・苦い・うま味」は刺激で、前後の脳を刺激します。同時に「見る・聞く・嗅ぐ・触る・味わう」という五感・感性も刺激されます。12歳までに、「甘い・酸っぱい・しょっぱい・苦い・うま味」を摂取していない子供は、五感・感性・感情が閉じているので、大人になっても無感情で自分の子供を簡単に傷つけたりする。簡単に自分の親兄弟を傷つけてしまう。とピュィゼさんが発表しました。

 僕が活動を始めた頃は、家庭科室を壊しこれからはコンピュータだという時代で、どの学校も耳を傾けませんでしたが、女性の校長先生が「それは大切ですね」と言ってくれました。続けていくうちに、一校、二校と増えていきました。

 授業では、子どもたちにこう聞きます。「君たちの心・気持ちはどこにあるんだい」。「心臓」、「胃袋」、いろいろな答えが返ってきます。でも、心・気持ちに形はありません。「見る・聞く・嗅ぐ・触る・味わう」、この五感、感性によって、思いやりや、慈しみということに子供たちは気づくのです。子供たちはよく見ることができます。友達が悲しんでいると、「何で悲しいの」、嬉しがっていると、「何で嬉しいの」。その時が、子供たちに心・気持ちが宿った瞬間です。

 フランスのシェフが日本で一緒に授業をしています。そして、 僕がパリで子供たちのために、デモを行っています。鰹節を実際削ると、初めてみる光景にみんな喜びます。何故、パリまで行って、鰹節や昆布を見せているかというと、子供たちにとっては初めての体験だからです。彼らに味噌汁を飲ませると、「まずい」、「しょっぱい」と言われます。でも、小学生のうちから体験させたら、将来、和食というものをすんなり受け入れてくれるようになります。ですから、こういう活動を続けているのです。


コンピュータは感性を計算できるのか?

2014年11月19日(水)

公益社団法人日本将棋連盟 専務理事
棋士九段 青野照市君


 棋士というと、過去の指し手をすべて覚えている、計算で先を読むという、コンピュータ的頭脳の持ち主のように思われがちですが、実は違います。

 将棋界では学校の成績は抜群ながら、全く勝てずに辞めた人が多くいます。その人たちの共通点は「大局観」という、物事を大局から見る目や、危機を早くから「感じる力」が不足していたように思いました。

 将棋の起源はインドで、西に行ったのがチェス、東に来たのが将棋の類です。古い将棋の駒の中には象や水牛、虎などがあることから、東南アジア、海のシルクロードを伝わったとされています。

 現代の将棋はシンプルな代わりに取った駒を再使用できるという、世界に一つも例のないルールにより、チェスよりはるかに複雑なゲームになっています。

 戦後、このルールを知ったGHQが、プロの升田九段を呼んで、「お前の国の将棋は、捕虜まで戦争に駆り出すのか」と言ったのに対し、「あなたの国の将棋こそ、敵は殺すだけじゃないか。我々は仲間となって戦うんだ。」とやり返したそうです。日本の戦争は、敵将さえいなくなれば、領民や農地は味方にすることから、こういうゲームになったと考えられます。

 また1対1で戦い、なおかつ速度で勝敗を決める競技はオリンピックにはほとんどなく、日本の剣道や柔道と同じです。このジャンルに共通するのは、自分の技量を磨くだけでなく、相手との間、間合いを計るという技術が必要で、ここに将棋も感性や大局観を必要とする要素があるのです。

 「プロは何手先まで読むのですか」と聞かれ「縦に読んで15手から20手」と答える人もいれば、「第一感で正解を見つけるから、いかに読まないかがプロの芸」と答える人もいます。この第一感や感覚を鍛えるには、プロの世界に入って体で覚えるのが唯一の道なので、今や小学校で入らないと手遅れの時代です。

 この感性と読みの世界に、コンピュータが挑戦しています。昭和40年代から開発されて今やプロに近い実力となり、詰将棋では10年前に数分かかった問題を、市販のソフトが1秒で解く時代になりました。

 ただし実戦は詰将棋と違って、最終盤以外は正解がありません。たとえば自分の手の可能性が80手、相手の手が65手とすると、2手後にすでに5千通りの局面があり、4手先には2500万通りの局面が存在することになります。これだと先ほどの縦に15手読むと、天文学的数字になります。

 プロは正しい道、つまり「幸せロード」と「デビルロード」の違いを第一感で見つけ、その手が正しいかどうかを読みで確かめるのです。この話をある経営者の方にしたら、「それは経営も同じですよ」と言われたことがありました。

 コンピュータに学習能力を持たせてから、将棋の実力が飛躍的に上がったとされています。最近のプロにも勝ち越すコンピュータは、1秒間に700万手、繋げれば2億手読むそうですが、機械に感性があるとは思えないので、最終盤はともかく、それ以前は計算で答えは出せません。それでもプロ顔負けの手が編み出せる今日、コンピュータそのものがいかに進歩し、感性の世界に近づいたかの証拠でしょう。

 しかし逆に考えてみれば、そのコンピュータと互角に戦える人間(棋士ということでなく)の頭脳と感性は、いかに素晴らしいかとも言えます。

 国や大学の機関で研究をしている人に聞くと、コンピュータに人間の持つ能力を持たせるのに、将棋を強くするというのが一番役立つのだそうです。そうなれば、例えば大災害があった時に、最優先がどれで、どういう順番でやっていくのが最も早い復興につながるか、コンピュータ(人工知能)が計算してくれる時代になるということです。

 私の最後の目標は純粋な日本文化である将棋を、ユネスコの文化遺産に登録できないか。また2020年のオリンピックにもし、マインド部門の競技が行われるなら、将棋を競技の一つに加えられないかと考えています。どちらもハードルはかなり高いと思いますが、その方面に詳しい方がいらっしゃれば、お知恵を拝借できると幸いです。