卓話


人口オーナス下の日本

2017年5月31日(水)

大正大学
地域創成学部教授 小峰隆夫氏


 今日は、人口問題について5つのポイントに絞ってお話しします。
 第一が、日本の経済社会にとっての最大の長期的課題は「人口オーナス」への対応です。少子化が進み人口が減っていくと、きれいな三角形だった人口ピラミッドの底辺が段々狭くなり、真ん中が膨れている状態に一時的になります。これは人口の中で働く人が多い状態で、人口ボーナスと呼んでいます。それがしばらく経つと、中膨れになった人達が上に上がっていき、今度は働く人が少なくなって高齢者が増える状態になり、これを人口オーナスと呼んでいます。

 私が人口オーナスに着目している理由は、人口によって起きるいろいろな問題のほとんどが人口オーナスが原因だからです。人口オーナスは必然的に次のような問題を経済社会にもたらします。

 まず、労働力人口が減少し成長を制約する。今、人手不足が強く経済活動を制約しており、既に顕在化している現象です。

 次に貯蓄率が低下して国内資金の利用可能性が低下する。働く人が貯蓄をする人で高齢者はこれを取り崩す人だと考えると、働く人が減り高齢者が増えると日本全体の貯蓄が減る。これも現に進行しており、日本の家計貯蓄率はほとんどゼロになっていますが、資金を使おうという人が減っているので、まだ大きな問題になっていません。やがて顕在化する可能性があります。

 3番目に、日本の社会保障制度が行き詰ります。現在、働いている人が保険料を払って高齢者に払う賦課方式を採っているため、人口オーナスになると保険料を払う人が減り受け取る人が増えるためです。

 4番目に、地域が疲弊しやすくなります。人口オーナスの程度は地域によって違ってきます。例えば、東京圏や大都市圏には人が入ってくるため人口オーナスの度合いは弱いのですが、地方は生産年齢人口が外に出て行くため、人口オーナスが強まり、地域の成長性が損なわれ、悪循環をもたらします。

 5番目は、高齢者に有利なシルバー民主主義が強まります。有権者が高齢化すると、政治家は高齢者に受ける政策を打ち出さないと当選しなくなってしまう。社会保障の改革や消費税などについて、高齢者が反対するようなことをあえて行わなければならない局面があっても、政治的に不可能な状況になる問題があります。

 人口オーナスの度合いは、世界で日本が最も強い。日本が人口オーナスを克服することは、後に続く国々に見本を示すことになり、私は日本の世界史的な使命だと考えています。

 第二のポイントは、政府の「人口1億人目標」の達成は極めて難しいということです。

人口オーナスの克服には2つしかありません。一つは少子化対策で、もう一つは人口オーナスになっても困らない経済社会を築くこと。前者については、政府は今のところ減少を「人口1億人」で止めるという大目標を立てていますが、それは、「出生率を2020年頃までに1.8に、2040年頃までに2.07にする」のと同値です。2.07とは人口の置換水準と言われるもので、2.07で留まれば人口はそれ以上減らないが、逆に2.07にならなければ人口は減り続ける。2.07になる時期が早いほど高いレベルで人口がストップし、遅いほど低いレベルでストップする。1億人というレベルで計算すると、2040年頃までに2.07にしなければならない。その前に、政府は1.8という目標を掲げています。

 1.8は、希望出生率と呼ばれています。出生率低下の原因は結婚しない人が増えたことと、結婚後に生まれる子供の数が減ったという2つの原因があります。希望出生率は結婚をして子供を産みたいという人の希望が子供の数も含めてすべて叶えられた場合のもので、かなり難しくて、ましてや2.07は不可能です。人口1億人を国内だけで賄うのは無理で、各方面で議論されているような外国人の活用が不可欠になります。

 第3のポイントは、人口オーナス克服のためにも「働き方改革」が必要ということです。2013年から2016年の間に生産年齢人口は0.5%減っているのに実質GDPは4.6%も増え、生産年齢人口の生産性が5.1%上がっており、人口オーナスを克服して経済成長したように見えますが、丁寧に考えるとその説明に無理があることがわかります。この間、生産年齢人口は0.5%減ったが、労働人口は1.4%も増えた。働く人が増えて経済も成長したのです。主に家庭にいた女性や高齢者が働き始めたことによって労働人口が増えた。残念ながら、生産年齢人口の減少による人手不足を、低賃金の非正規労働で補って乗り切ってきたのです。しかし、これはやがて限界を迎え、その時初めて本当に働き手がいなくなる。人口オーナス下で働く人一人ひとりの生産性を上げるという課題に直面します。

 そのため、働き方をドラスティックに変える必要があります。日本の働き方は、勤続年数が上がると能力が上がり、それにより給料が上がる職能給中心で、企業に入ると雇用が保障される「職能給中心のメンバーシップ型雇用」です。これを将来は、「職務給中心のジョブ型」にする。職務によって給料が決まり、同じ仕事をしている限り賃金は上がりません。そうすると、ジョブを中心に労働力がキャリアアップされ、正規・非正規に関わらず同一労働同一賃金が実現し、格差の是正に資することになります。

 同じ企業に留まる必要もなくなるため、労働の流動性が高まり、経済全体の生産性上昇が期待できます。男女共同参画が図られやすくなり、女性の参画が推進されます。現在の職能給型は女性に不利です。職務給中心のジョブ型になれば、女性が一旦仕事を辞めて子育て後に同じ職務に戻れば同じ賃金が確保されます。女性が出産・子育てのために就業中断をすることなく定年まで勤務した場合の生涯所得と、中断した場合の生涯所得を比較した機会費用も低下します。日本の場合、子育てが終わって働きに出ると、時間の制約がある働き方になるため、どうしても女性の機会費用を大きくしていますが、ジョブ型にすればこうした問題はなくなります。

 第4のポイントは、財政・社会保障問題を人口の側面から見ると、団塊の世代が75歳の後期高齢者になる2025年頃に問題点が顕在化する時期を迎える「2025年問題」があります。後期高齢者比率、絶対数ともに増加し、医療や介護の負担が大きくなります。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来人口推計」(2017年4月)で、2015年、2025年、2050年について見ると、人口に後期高齢者が占める比率は、2015年の12.8%から2025年は17.8%になり、その数は1632万人から2180万人に増えます。社会保障制度の担い手になる20〜64歳の減少によって、担い手比率(後期高齢者数を担い手人口で割った数字)も上昇し、社会保障制度の維持可能性を脅かし、財政負担の増大を招きます。これが2025年問題ですが、計算してみて私も驚いたのですが、団塊世代の子供達である団塊ジュニアが後期高齢者となる2050年頃のほうがもっと厳しいことがわかりました。人口としては団塊世代のほうが多いのですが、後期高齢者になる数は団塊ジュニアのほうが多く、2050年になると後期高齢者比率が23.7%、4人に1人が後期高齢者になり、担い手比率がもっと高まってしまう。2050年を意識して長期的な改革を考えなくてはなりません。

 第5番目、最後のポイントは地域問題です。現在、政府は「東京一極集中を是正することが少子化対策になる」という主張をしています。これが東京から地方に人を分散させる一つの根拠になっていますが、私はかねてからこのロジックは怪しいのではないかと考えて、研究してきました。東京の出生率は全国最低です。そのため、東京に人口が集まるとそれだけで出生率が下がってしまうと考えられがちですが、人口当たりの婚姻数は東京が一番多いのです。出生率が低いのは、東京の未婚率が非常に高いためです。東京の女性は結婚していない人が非常に多い。にもかかわらず結婚件数は日本で一番多い。結婚して生活が始まるためにはまずマッチングが必要で、相手を見つけて結婚したら、居住地を見つけなくてはならない。東京はマッチングの場として強力で相手を見つけやすいため、結婚件数が多い。しかし、郊外の県のほうが住みやすいため、住む時には東京外に出る。私達の研究会で出した結論は、東京はマッチングして周辺に結婚カップルを送り出す役割を果たしていることになる。従って東京の出生率が低いことだけをもって少子化の原因と考えるのは問題で、むしろ、マッチングを通じて東京は少子化対策に貢献しているというものです。

 もう一つは、数値的にも東京への集中抑制による出生率上昇効果は、極めて小さいことがわかりました。「東京は出生率が低くて地方は高い、だから東京から地方に移って高い出生率が実現すれば、その分人口が増える」ということを簡単に計算してみると、東京の出生率は1.1で、出生率の高い県は1.6です。東京から出生率の高い県に移って、その出生率が実現すると、0.5だけ出生率が上がることになります。この時、東京から出て行く人数を100万人と仮定すると、それは日本の人口の1%ですから、出生率0.5上がった分に日本の人口の0.01をかけますが、0.005しか出生率は上がらない。また、100万人も出て行くことはあり得ません。

 少子化対策の基本は、やはりそれなりのお金をかけることです。日本の場合、社会保障の中で高齢者向け支出は非常に多いのですが、保育園や家族手当などの家族支出は、出生率が回復したフランス、イギリス、スウェーデンに比べ半分ほどしかありません。少子化対策をしているけれどもなかなか効果が出ないのではなく、実はあまり熱心に少子化対策を行っていないということで、効果が出ないのは当然なのです。

 もう少しこうした点に関心のある方は、今年出した拙著『日本経済論講義』(日経BP社、2017年3月)をご参照いただければ幸いです。


   ※2017年5月31日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。