卓話


女性の視点が新たなイノベーションを生み出す

2019年8月7日(水)

お茶の水女子大学
学長 室伏きみ子氏


 研究分野における女性の活躍状況を見ますと、大学、 研究機関、企業に在籍する日本の女性研究者数は、他の先進国に比べ遥かに少ない現状です。ポルトガル、イギリス、アメリカ、チリは30%以上、フランス、オランダも20%以上ですが、我が国はお隣の韓国に比べても低く、わずか15.3%しか女性研究者がいません。特に理工系の女性研究者が不足し、人数は20 年前に比べ約 2 倍に増えてはいるものの、理学系14.9%、工学系は6.2%という状況です。

 日本政府は「2020 年までに、全研究者のうちの女性研究者の割合を30%にしよう!指導的地位にある女性研究者の割合を30%にしよう!」という目標を掲げています。女性研究者の割合は平成30年にかなり増えましたが、それでも16.2%で、指導的地位にある研究者(教授職)は14%程度。政府目標までの道のりはまだまだ遠いと言えます。 最近の国立大学における卒業生、修了生、教員の女性比率は、学部は37%程度、修士課程26.7%、そして博士課程も28.9%と全体の3分の1程度になっています。学びたい、研究したい、自分のキャリアを積み重ねたいという女性はこれだけ増えているのですが、教員は16%とまだまだ少ないことがわかります。

 これはロールモデルの不在につながり、非常に問題です。若い人達は身近にロールモデルがいること、自分自身の将来を描ける人達が周りにいることで大変励まされ、色々な困難を乗り越えて頑張ります。これほどロールモデルが少ないのは日本の科学技術の進展、国力を上げる上でも問題だと思います。

 大学の職種別女性教員の比率は段々と上がってはいますが、助教27.9%、准教授22.6%、教授14.4%と職階が上がるごとにその割合は下がります。学長の割合は現在、9.1%。不思議なことに副学長はさらに少なくて8.5%。これは男女バランスの上でも非常に良くありません。職階が上がることによって女性の発言できる場面が増えますから、世の中を変えるためには高い職階にもっと女性を増やさなければいけないと思っています。 研究分野別の女性教員の比率推移を見ると、人文科学系は28.3%と割合増えています。社会科学系は16.8%、理学系はわずか9.0%、そして、工学系は4.7%と極端に少ない状況があります。これからの時代の科学技術の新たな展開を先導する女性研究者を育てるためには、目標となる理工系女性教員を増やすことが急務です。危機感を持って、色々な大学で理工系に女性教員を増やす努力がされていますが、成果が上がっているとはいえない状況です。

 理工系の女性研究者不足の一番大きな原因は、周囲の家族、あるいは小・中・高の先生方の考えの中に気づかずに潜んでいる旧来の役割意識があり、そうした中で育った女の子達は本人自身にも「女子は理工系には向かないんだ」というアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)が心の中に生まれてしまうことです。それから、女子が理工系の進学を選ぶまでに、小・中・高校で色々な設備や環境が不足している現状もあります。

 そして、研究が最も進む時期は、結婚、出産、育児、介護等といった多様なライフイベントと重なるため、そうした時期に研究を続けることがなかなか難しいのです。大変もったいないことに、仕方なく離職する状況がよく見られます。そして、復職も大変難しく、さらには、辞める前と復職後の研究の進展に大きなギャップができているため、それを埋めるための学び直しも大事で、その機会を沢山作っていくことが必要だと思っています。

 身近なロールモデルの不足、これは本人達だけが努力してもダメなのです。これまで男性社会の中で、男性が上位の職に就くのが当たり前でした。そうした思い込みをぜひ払拭し、組織として女性たちを育てる、支援する意識を持って頂きたいと思います。 本学は、設立当時から理系の教育を大事にしてきました。近年では、「理系女性教育開発共同機構」を設置し、課題解決に向けて全国的な活動を展開しています。

 本学で大学の意思決定に関わる立場(学長、理事、副学長)にいる女性の割合は44.4%です。昨年度までは55.5%でしたが、一人の方が定年となり男性に代わったので、半数を割りました。このうち女性は4人で、うち3人が自然科学系です。そして、女性教員の割合は50.9%、また指導的地位にある教員(教授)の割合が35.1%と少し低いことが気になっており、女性の教授昇任をもっと推進してほしいと思っています。

 自然科学系の女性教員の割合は全国的な状況と比べ極めて高く、理学系は全国平均9.7%に対し本学は38.0%、工学系も4.7%に対し本学は37.5%です。これは本学が長い間にわたって様々な努力を重ねてきた結果で、いくつか取り組みの例を挙げさせて頂きます。

 本学独自の女性活躍支援策の一つは、「いずみナーサリー」です。学生や若手研究者が安心して教育を受けたり研究を行ったりするために、病院のない国立大学として初の学内保育施設を2002年、国立大学法人化の前に設置しました。学生がここにお子さんを預けた時には保育料の半額を大学が補助します。本学に就職してここでお子さんを育て、素晴らしい業績を上げて他大学の教授になった方もいます。

 その他、子育て中の女性研究者に研究補助者の配置等をしています。こうしたことで、論文数、外部資金の獲得は大変増加しました。研究者本人はもちろんですが、配偶者の妊娠中、あるいは産前産後の休暇、育児休暇、または親族の介護や看護に携わるような学内研究者には一時的に事務補助や研究補助の予算配分もしています。

 また、育児等によって研究を中断した女性研究者の復帰支援、研究の継続支援を目的として、「みがかずば研究員」制度を作りました。大した給与は払えないのですが、ポストを与えてキャリアを継続してもらいます。この5年間で35名が利用し、半数以上が国立大学や私立大学のテニユアポスト (終身在職権)を獲得しています。

 一方、企業の場合は、厚労省の「賃金構造基本統計調査」の数字で平成元年と平成29年を比較すると、係長級が4.6%から18.4%、課長級が2.0%から10.9%、部長級1.3%から6.3%と増えていますが、まだまだという気がします。企業でも高い役職に女性を登用することをぜひ進めて頂きたいと思います。

 一方、女性起業家は 30 年以上にわたって 30〜40%で推移し、やや下がってきていますので、皆様には女性達を力づけて、新しい仕事を生み出すべく、頑張る人を応援して頂きたい。

 女性が研究・開発の場で活躍することが経済価値を生むことが明らかになっています。製造業で男性のみが発明者の特許と、男女の発明者が関わっている特許の経済価値を比較すると、ほぼ全業種で後者が高価値を示しています。非鉄金属だけ少し下がりますが、その他では明らかに価値が上がり、特にゴム(220%)、繊維(160%)で顕著です。女性の視点が入ることで、新たなイノベーションが生まれています。

 また、女性の活躍度と男性発明者のみによる特許の経済価値を比較すると、女性が関わっている特許の割合が上がると共に特許の経済価値も上昇し、女性が加わることで経済価値が高まることがわかってきています。

 女性の視点が不可欠だと思われる例を挙げます。
 工業製品では、妊娠中の女性や乳がん患者のためのシートベルトです。現在のシートベルトでは事故が発生した場合、妊娠中の赤ちゃんが亡くなる例がかなりあります。それから、乳がん患者は、現在のシートベルトを痛くて締められません。男性の身体を基準にして作られているためです。

 2つ目は女性のサイズや姿勢に合わせた家具や家電の設計です。最近、女性が関わるところが多くなってきましたが、女性の生活パターンは男性のそれとはかなり異なることがあるため、生活空間の設計や都市そのものの設計に女性の視点は必要だと思います。

 それから、医療・介護における女性視点は重要です。被介護者・介護者に女性が非常に多いためです。女性が使い易い介護技術が必要です。様々な器具・機材が開発されていますが、現状では決して女性に使い易くはできていません。

 それから、妊娠中の疾患リスク、特定のがんのリスク、虚血性心疾患発症の性差等が色々な研究からわかってきています。ホルモン分泌や身体の仕組みの差違に基づく疾患に関して、今までのような検査、診断、治療方法ではうまくいかないことがわかっており、そこに女性自身の視点、あるいは女性についての研究をもっと進めなければいけない状況があります。

 その他、AI開発では、AIに学ばせるデータは男性の視点に基づいたものがほとんどのため、ジェンダー・バイアスが増幅されることが懸念されているため、女性の視点に基づいたデータ、あるいは、女性特有のデータを入れていかなければなりません。また、女性が購買傾向を決めていることがあります。そうした女性の購買傾向をしっかり分析し、それに基づいた研究・開発を進めることが経済価値の向上につながるだろうと思っています。 本学では、さまざまな女性の視点に基づくイノベーションを実現するために、若い研究者、シニアも含めて研究開発に取り組んでおります。皆様からも様々なご支援をいただければ幸いです。


   ※2019年8月7日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです