卓話


イニシエーションスピーチ

2007年4月11日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

大内照之君
近藤昌平君 

グローバリゼーションと我が国の企業法制
(特に敵対的企業買収について)
        
ユアサハラ法律特許事務所
弁護士 大内照之君


1.近年我が国の企業法制が急激に変貌する中で、特に注目を集めているものの一つに企業買収がある。グローバリゼーションの下で日本企業が国際的競争力を保持していくためにはM&Aは有効且つ不可欠なツールのひとつである。しかし買収殊に敵対的買収は劇薬であるから適切な枠組みが無いと弊害を生ずる。日本でも枠組み作りが進められてきたが未だ安定した法制が定着したとは言えない。最近自民党も部会でM&A法制の見直しを始めると伝えられるがはっきりした方向性は示されていないようである。

 2.先ず米国の歴史を振り返って見たい。1980年代、乱暴な敵対的買収の対策として所謂ポイズンピルが考案され、我国でも既に多数の企業が採用している。

 ポイズンピルとは別に州法の動きが注目される。州法と言っても馬鹿に出来ず、米国の訴訟の大半は州の裁判である。

 防衛策として、当初各州は公開買付け制度の強化を図ったが、連邦裁判所で憲法違反とされたため、各州マターとされている会社法での解決を図るに至った。このためグリーンメール禁止法など数法が立法化されたが、特にここで指摘したいのはConstituencies Statutes(企業の支持者地盤法)である。この法理では取締役の経営判断で株主利益だけでなく従業員、取引先、地域社会(州によっては連邦経済)など広いステークホールダーズの利益考慮を公認する。条文の一例としてペンシルバニア会社法1716条は「取締役会が各ステークホールダーへの影響を考慮することは、企業の最良利益を守るべき取締役会の義務に違反するものではない」と明記する。
50州の過半がこれらの立法を持ち、ものによりその数は三分の二に達する。

 3.次に日本の流れを見よう。防衛策としての新株発行の当否をめぐる裁判では「機関権限分配の法意」が基本に置かれている。即ち取締役選任は会社の所有者である株主の権限であるから、その逆に取締役の方が株主構成を左右することは制限的に解する姿勢である。これは商法の個別条文ではなく、商法全体から導かれる法意とされる。従って例えば個々の新株発行の当否判断も、発行が設備投資の資金調達など経営上正常な行為を主要目的とするものか、または単に株主構成を左右するのが目的なのかが重要な判断基準とされる(所謂主要目的ルール)。

 4.日米法制を比較すると、株主利益を基本におく点は共通として、その上で、ステークホールダーズの利害評価をどの程度公認するかに違いがある。最近企業は社会の公器とよく言われる。その意味は、_饉劼侶弍弔漏主から委託されたものである、企業には社会の求める商品とサービスを提供する義務(ロータリーの職業奉仕に通ずる)がある、F本国民に職場と生業(なりわい)を提供している等であろう。公器である以上、企業支持者の利害を適切に考慮することは当然である。今世界を駆け巡る2京円(兆の4桁上)とも言われる金融資産ファンドに高利回りを提供することは重要であるが、それだけが唯一の目的ではない筈である。

 5.私が1954年ミシガン大学に留学した時(アイゼンハワー時代)と、1993年ハーバード・ビジネススクールに行った時(レーガン時代)との体験を比べると、米国には企業の利益性強調の潮流と、社会的責任強調の潮流との二つがあり、あたかも縄をなう如く時流によって交互に強調されてきたと思う。現在の米国の政情を見ると、歴史の大きな流れに一つのゆり戻しが起こっているように感じる。国民世論の中で社会と環境の安全への関心が高まって来ている。米国法制で企業の社会的責任が成文上認知されていることは、向こうが資本主義の本家であることを考えればむしろ逆ではないか。日本でも何らかの立法措置があって良いと思う。

 結論としてグローバリゼーションを我国に根付かせるには、土壌と身の丈に合った改革が必要と考える。          

サンタクロースは母の化身
      
螢リスマスランド
代表取締役会長 近藤昌平君
       
 我が家は和菓子の製造販売をしておりました。父は私が高校2年生になったばかりの時に急逝しました。幸い戦前から勤めて下さっていた職人さん達のおかげでお店は継続していましたが、進学を希望していた私が6人姉弟で男1人だったためにいやいや家業を継がざるをえませんでした。そんな矢先に今度は職長さんが亡くなりました。どうしよう、迷いに迷ったあげく「どうせ一からやるんならケーキがいい」と、大反対されること覚悟で母に「もう和菓子はやめようよ」と言ったのです。ところが母は「これからは昌ちゃんの時代だよ、私は貴方についていくよ」と言ってくれたのです。予想外の言葉に私の方が驚いてしまいました。母は本当に太っ腹な人でした。

 50年続いてきた和菓子の暖簾をおろしたのはそれからすぐのことでした。親戚や永年お世話になってきたお客様方に叱られながら、数日かけて機械や道具そして原材料や印刷物の全てを処分しました。その日から我が家の生活が一変したのは言うまでもありません。母の苦労は並大抵ではありません。それでも母は,以前と変わらない態度を貫いてくれました。

 時は移り港区六本木に拠点を置きました。黒をイメージカラーとした洋菓子の無店舗販売で全国のホテル・結婚式場のお土産や企業さんに合わせたオリジナルパッケージを作成し、それが口こみだけで拡がって行きました。歌舞伎座さんや日本経済新聞社、葉山御用邸のクッキーなど多くの夢ある楽しいお菓子を世に送り出しながら、一方では遊び心で作った「景気快福ケーキ」や「2千円お札ケーキ」「日本酒ケーキ」等もマスコミで紹介され生産が追いつかず工場がふりまわされたのも懐かしい思い出です。

 私が50歳を迎えた日、子供たちの大好きなサンタクロースが年に一度だけでなく、いつもいたら楽しいだろうなぁーと思いました。「父は54歳で逝ってしまったけれど、僕がもしも60歳まで元気だったらサンタクロースの仕事を始めよう」と、まわりの人達に宣言しました。おかげで自分との約束どおり60歳の誕生日を機に会社の全てを息子に託し永年慣れ親しんだ会社を去り、もう5年が経過しました。

 世界一有名で、世界一愛されるサンタクロースは世界中の子供たちに何のかけひきもなく、見かえりも求めない一方通行の愛を配っています。まさに母親の無償の愛と同じです。サンタクロースこそ世界のお母さんなのだと思うようになりました。どこまでも私を信じ、溢れんばかりの愛情をくれた母を根っことしたXmas Landをスタートさせました。

 入学式やお花見にお母さんと同じようにサンタさんが行ってもいいじゃあないか、五月の節句に鯉のぼりにまたがったサンタさんが空を泳ぐ。夏休みになれば海水浴に行ってスイカ割をするのもいい、中秋の名月にかぐや姫と空で遭遇するのだって楽しいなぁー。

 日本の四季折々に日本のロケーションの中で童話やお伽噺の中に遊ぶサンタクロース、そんな世界が出来たら子供たちは大喜びすると思います。サンタクロースのお守り「お祈りサンタ」が誕生します。「あられやこんこん」や、あまりにもおいしいのでサンタクロースが目をまわしてしまう「クルクルクルクルクルリンパイ」も誕生します。どこまでも子供たちの喜ぶ世界作りです。

 今全国に呼びかけてトナカイ倶楽部396人の会員さんを募集しています。それぞれのメンバーが互いの力を発揮し、子供たちの為の夢作りです。Xmas Landはディズニーランドのようなテーマパークではありません。小さな小さなコミュニケーションパークです。そこは家族中の笑顔が生まれるところなのです。

 実は母が亡くなったのが1987年4月11日でした。本日偶然にも20年目の命日です。一昨日が父の50年の命日。こんな日にイニシエーションスピーチの機会を与えて頂き、亡き両親への供養となりました。ありがとうございました。