卓話


日本からいただいた宝物

2011年10月5日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

新モンゴル高等学校 設立者・校長兼理事長
元米山奨学生(フレーRC,モンゴル)
ジャンチブ・ガルバドラッハ氏

 私は,現在48歳です。山形大学と東北大学で学び,2000年から,新モンゴル高等学校の校長兼理事長を務めています。5人の子供と,孫も2人います。

 かつて,私はウランバートルの中学校で物理の教師をしていました。1992年以降の民主化に伴い,世界の国々から,いろいろな情報が入ってきました。その中でも,特に日本の発展ぶりと技術力の高さに驚きました。その原因は日本の教育や人材育成の優秀さにあると,私は思いました。

 そこで,私は日本の教育を実際に学び,その中からモンゴルに役立つことを取り入れるために,日本への留学を決意しました。

 私の最初の1年半は,日本政府の国費留学でした。その後,大学の修士課程と博士課程は私費での留学でした。私は,妻や娘たちを日本に呼び寄せて生活しました。修士課程1年生の時は,とても苦しい生活でした。
 
 当時はいろいろな所でアルバイトをしました。朝は5時から新聞配達,夕方は5時から8時までが運送屋さんで荷物の積み込み,8時からスナックバーでのウェイターをして,帰宅は12時か1時でした。睡眠時間は,3時間か4時間という生活でした。
 
 大学院修士課程2年の時に,米山記念奨学会の奨学生に選ばれました。山形北RCが推薦してくださいました。
 
 最初は,奨学生に選ばれたことが信じられませんでした。「こんな大金をいただいてもいいのだろうか」と思いました。最初の奨学金を頂いた時,スピーチの原稿を準備していったのですが,感激のあまりに,泣いてしまって言葉につまってしまいました。
 
 貧乏していたので,思わず「この奨学金は家族の生活のために使わせていただきます」と言ってしまう大失敗もありました。
 
 半年後の,ある例会で「自分が日ごろ考えている夢」について,3分間スピーチで話しました。それは,モンゴルに国際的にも通用する高等学校を設立したいという,私にとっての「人生の夢」でした。
 
 当時,山形北RCの私のカウンセラーは酒巻満さんという会員でした。この方は,私の日本のお父さんです。酒巻さんには,私の家内の仕事の紹介までしていただきました。
 
 山形北RCのメンバーの方々は,「ジャンチブさんの夢を私たちの夢として,その実現に努力しましょう」と言ってくれました。
 
 1999年4月に,私は東北大学博士課程に進学することができましたが,私の夢を実現するための計画も進められ,学校建設の可能性を調べました。
 
 モンゴルは寒い季節が長く続く国なので,建設費も割高になり,予想を上回る資金が必要だということも分かってきました。
 
 酒巻さんとRC会員の皆さんは,「諦めずにやりますよ。RCだけでできなかったら,市民の人達にも声をかけましょう」と言ってくれました。
 
 1999年秋に,「柱一本の会」が発足して,学校建設計画が本格的に動き始めました。一人が柱を一本分ぐらいの協力をしましょうという趣旨の運動です。「年間一人当たり1万円」の寄付運動です。
 
 「柱一本の会」の会長には,第2800地区の高橋文夫パストガバナーがなってくださいました。ロータリアンだけでなく市民にも声をかけました。お年玉を寄付してくれた赤ちゃんもいれば,おじいちゃんやおばあちゃんも入ってくれました。多くの方々の応援で,会の活動は順調に進みました。
 
 募金活動の他に,日本の学校で不用になった机や椅子,パソコンなどの備品,学校の教材などの支援も多くいただきました。
 
 この会の活動が始まったのは,2000年の2月ですが,その年の10月には,校舎の一部が完成しました。
 
 この学校はモンゴル初の3年制高校です。モンゴルの高校は通常は2年制です。今でもそうです。小学校4年,中学校4年,高校2年,合計10年がモンゴルの教育制度です。これでは海外留学ができません。受験資格が得られないのです。
 
 わが高校ができたので,海外の大学での受験資格が得られるようになりました。その意味で,モンゴルの教育改革にも大きく貢献していると思います。
 
 新モンゴル高等学校は,日本の高校をモデルとしてカリキュラムを導入し,開校しました。この高校の特徴は「日本式」です。
 
 全員が制服を着ます。給食もあります。そして部活動があります。日本では当たり前のことかもしれませんが,モンゴルではこれが人気の的です。
 
 初年度,入学生徒数は105名,教師数8名で発足しましたが,現在は,924名の生徒が在籍し,80名の教職員が勤務しています。
 
 これまでに1300名の卒業生を出し,創立以来11年目を迎えます。
 
 本校の教育理念は,国際的なレベルに見合うカリキュラムを導入して,卒業生に世界のどこの国の大学にでも入学できる学力を身につけさせ,将来は国際的舞台で活躍できる人材に育てることを目指しています。
 
 これまでに3年間の学業を終えて卒業した学生の6割が海外の大学に留学しています。
 
 留学先は圧倒的に日本が多いです。ロシア,中国,アメリカ,トルコなどへの留学も少なくありません。
 
 現在日本には,本校出身の留学生が175名もいます。そのうち72名は日本政府の奨学金で留学しています。その試験は,モンゴル国内でもとても激しい受験競争だと有名です。
 
 残りの103名は私費留学生ですが,全員に本校スポンサーによる奨学金が授与されています。それらの学生は,東京大学,大阪大学,東北大学,横浜国立大学,千葉大学など39の大学・高専に在籍しています。

 今年は,東京大学法学部に入学した生徒や,アメリカの名門マサチューセッツ工科大学に4年間の奨学金つきでの合格者も出ました。
 
 本校には,4つの団体がスポンサーとなって,その卒業生の留学を支援する奨学金制度が設けられています。
○2000年以降,NGO団体「ACA−アクア」
○2001年以降,東日本ハウス株式会社
○2006年以降,マブチ国際育英財団
○2006年以降,安田奨学財団
 
 上記のスポンサー団体からは,校長の推薦に基づいて選抜された日本の大学の入学試験に合格した本校卒業生に対し,4年間の学費と生活費が支給されます。毎年1名あたり約120〜150万円の奨学金が支給されており,過去5年間の総額は2億円を超えています。
 
 この奨学金の目的は,将来のモンゴルの発展に貢献し,日本とモンゴルの懸け橋となる国際水準に達したリーダー的人材を育てることにあります。
 
 卒業生たちの活躍ぶりをお話しします。
 
 1期生のA学生は,千葉大学の修士課程を卒業して東京大学の博士課程の2年に在学中です。バイオメディカル専門です。4期生のB君は,マサチューセッツ工科大学を卒業しました。C君は,映画監督を目指しています。7期生のDさんには,名古屋大学が授業料を免除して,月額8万円の奨学金を授与してくれました。彼女は将来,国連事務総長になるという夢をもっています。
 
 また,東大の2年生に在学中のE君は,将来はノーベル賞を取ると言っています。世界に,モンゴルを代表する会社を造るという夢をもっている学生もいます。
 
 このようにたくさんの学生が,夢をもって勉学に励んでいます。
 
 最後に,「日本からいただいた宝もの」という話をします。
 
 まず,自分自身が,日本からいただいた宝ものです。皆さんが,私を育ててくださいました。2番目には,新モンゴル高等学校という学校を丸ごといただきました。多くの,心ある皆様が造ってくださいました。有能な卒業生にも恵まれています。これから,彼らは両国の懸け橋になってくれると思います。
 
 私事ですが,私がモンゴルに帰国してすぐに,長男が生まれました。彼の誕生日は,今の天皇の誕生日と同じ,12月23日です。この子も私にとっては日本からいただいた宝ものです。
 
 現在モンゴルには7つのRCがあります。私は,今年の2月に,ウランバートル市のフレー(Khuree)RCに入会しました。
 
 今回の訪日では,北海道の地区大会にも参加してきました。今日は東京RCで卓話ができました。私のロータリアンとしての活動の始まりだと思っています。