卓話


日本にトランプ現象は起こるか

2016年11月30日(水)

構想日本
代表 加藤秀樹氏


 11月8日にトランプ次期大統領が決まって以来、日本でも連日テレビで話題になっています。今日はトランプ政権がどうなるかなどではなく、トランプ現象やBrexitを生み出した現代社会に対して我々はどう向き合わなければならないのかについてお話します。私の考え方への賛同はなかなか得られないと思いますが、「そういう見方もあるのか」と思っていただければ幸いです。

 最近たまたま、大平元総理が総理になる直前に行った講演録を聞く機会がありました。もちろんグローバリゼーションやトランプ現象は出てきませんが、現代の経済成長を基にした世の中、政治、家庭、企業のあり方について、それを考え直さなければならない時に来ているという内容のスピーチでした。トランプ現象や格差問題をつきつけられている私たちは、政治における保守本流の真ん中にいた政治家が40年前に既にそう考えていたことに留意する必要があります。

 米、英というこれまた世界の政治経済の保守本流にある国で、トランプ大統領とBrexit(英国のEUからの離脱)という我々が全く想定していなかった異変が起きました。ついて回る言葉がポピュリズム、反グローバリズム、大衆対エリートです。私は問題の核心は、米、英国民の投票者の半分がトランプ大統領とBrexitに「イエス」と言ったことだと思います。トランプ支持者には柄のあまり良くない人が見られますが、彼らも人生において、何十年毎日働き家族を養ってきた。それに対し「愚かなことをやっている」で済ますのは傲慢であり、本質を見ないことになります。

 英国は1975年に、当時のEECからの離脱を問うた国民投票を行っています。3分の2が「残留」でした。今回、「離脱」と言った人達のかなりの部分、あるいは彼らの親世代は「残留」と言った訳です。40年間で何がどう変わったのかが大事です。ポピュリズムは為政者なり政治を預かる側が国民に対して適切な回答を示せないために出てくるいわば「甘い言葉」です。突き詰めると、今私たちが直面しているグローバリゼーションの弊害に対して政治が対応できてないことの結果だと思います。

 実は、反グローバリゼーションの動きは、1980年代から、環境、人権、紛争、南北問題などの形で議論されていました。それに対するオーソドックスな考えは、解決には経済成長が必要で、そのためにもっと自由化、結果的には更なるグローバリゼーションというもので、結果として負のスパイラルになっていった訳です。

 1999年のシアトルでのWTO閣僚会議は、ほとんど何も決まらずに終わりました。加盟国間での対立が埋まらなかったためですが、同時に、会場の周りで6万人、7万人の大規模な反グローバリゼーションのデモが行われました。日本の報道機関は大きくとり上げませんでしたが、この会議は歴史に残る大事件だと思います。その後WTOはほとんど機能不全状態が続いています。

 2年後の2001年に、G8サミットがジェノヴァで行われました。この時も20万人とも30万人とも言われる反グローバリゼーションのデモがあり、「8人で世界のことを決めていいのか」というセリフが残りました。

 また、2000年頃からヨーロッパでは、反グローバリゼーションや大衆対エリート、ナショナリズムなどの色彩を濃厚に持ったラジカル右翼政党が増え、今に至るまで勢力を拡大し続けています。

 こうした動きに対し、資本主義の終焉とかグローバリゼーション反対という言葉が使われますが、私はそういうことでもないと思うのです。人類はアフリカで出現し、世界中に広がって行きました。これほど大きな大脳を持ち、欲望、好奇心、知恵を持った生き物にとっては、グローバルに広がることはある種の必然だと思います。同様に人間が狩猟採集から牧畜、農耕、貨幣経済へという歴史をたどってきたことから見ても、資本主義の終焉という言葉も当たっていないと思います。そうではなくて、グローバリゼーション、自由化を人為的、制度的に進めることの弊害やそれに対する抵抗と、そして、そのバックボーンである経済理論の問題だと捉えたほうがいいと思います。

 経済学のシナリオをごく大まかに言うと、自由化を進めると企業は費用や事業に関して自由度が広がり、消費者は世界中から安くていいものが買えるなど効率的な経済活動ができます。それが所得の上昇、人々の幸せにつながるというものです。しかし、現実には、その一方で企業は競争激化にさらされ、庶民の中での格差が広がり、社会の画一化が進むというマイナス面も大きい。そしてその状況が何十年も続きトランプ現象やBrexitの大きな背景になっています。

 私のつきあいのある科学者たちは、「科学では仮説が実験か観察によって検証されれば理論や定理として定着する。しかし、経済理論は何十年も理論と違うことが起こっていても、一向に現実に向き合わない。あれは科学的な態度ではない」とよく経済学を批判します。理論や予測に反することが起こると、「あれは特殊な要因だ」「日本ではこうだけれども」と言います。経済学はもっと謙虚にならないといけないと思います。

 ところで、日本にはトランプ現象やポピュリズムはないのでしょうか。 米、英は自由化、グローバリゼーションのトップランナーでした。経済理論に基づき自由化を進めてきました。それに比べ日本は、構造改革はなかなか進まない、「第三の矢」と言っても何も変わらない。グローバリゼーション、自由化の「劣等生」?と言えるかもしれません。逆に、だからこそ移民も入ってこないし、トランプ現象やBrexitの原因になる状況が起きていないとも言えます。

 さらに、日本は何か改革を行うと、必ず大きな財政出動をして下支えしてきました。自由化をどんどん進めその結果トランプ現象、Brexitをもたらしたというのではなく、日本は財政支出というポピュリズムの垂れ流しのようなことを続けてきたとは言えないのでしょうか。「日本型万年ポピュリズム」がトランプ現象を防いでいるのかもしれません。つまりポピュリズムの現れ方の違いという見方もできると思います。しかし、日本が長年続けてきたそのツケは1000兆円の財政赤字として出てきており、これは間違いなくタダではすまず、しかも、その時期が刻々と迫ってきています。

 「アメリカファースト」はトランプの合言葉ですが、日本の場合は過去何十年も「ジャパンファースト」を日本全国で続けてきた。為政者がポピュリズム的政策を続けているので、国民にとってはよくやってくれている訳で、支持率が高い。だから日本では大衆対エリートという構図になっていないと見ることもできます。

 最後に、トランプ現象でも垂れ流しでもない健全な民主主義を育てる手だてはないのかということについて、構想日本がやってきた一つの実験をお話しします。それは改良型「事業仕分け」です。構想日本は事業仕分けを2002年から行ってきました。地方自治体から始め、国について最初に行ったのは自民党です。蓮舫氏がスパコンについて言った「二位じゃだめですか」が有名ですが、あの1年前に自民党の行政改革部会でスパコンの仕分けを行い、「全く不要」という強い答えが出ていました。その際同様の発言をある議員がしています。現政権でも「行政事業レビュー」として継続されています。

 事業仕分けは、行政が何をしているのか情報をさらけ出し、それを公開の場で議論します。既にさまざまな自治体で220回程実施してきました。最近は新しい要素が加わっています。無作為抽出で選ばれた住民参加です。例えばランダムに選んだ1000人にハガキを送付すると、50人ぐらいが「参加可能」と返事をしてくれます。彼らが議論を聞いて、「この事業はいらないんじゃないか」「予算半分でもいいんじゃないか」と考え、結論を出してもらう市民判定人という仕組みです。非常にいい議論、いい判定をしてくれます。

 この人たちは従来、行政とはほとんど関係がありません。ただ、おもしろいのは「選挙に行っていますか?」と尋ねると、8割の人が「選挙には必ず行っている」のです。100人の中でいい意味でバイアスのかかった人が参加してくれているのです。この人達は一度仕分けの議論に参加すると、政治や行政にとても関心を持ち、「自分事」として考え、自分で何か社会的なことを始めるケースが非常に多いのです。小さな実験ですが、私はこれこそが民主主義の基本ではないかと思います。すでに判定人経験者は6300人になりました。こうした人がどんどん増えていけば、トランプ現象的な過激な動きに対する抵抗力ができ、日本の民主主義ももっと良くなるのではないかと思います。

 私は先ほど千種委員が言及されたアンケートをいろいろなところで行っています。皆さんに「今まで一番幸せだと思ったこと、時はなんですか」と訊く単純なもので、政治家、経営者、学生であっても、答えはほとんど変わりません。政治の根幹は人の幸せとは何かです。経済成長は人を幸せにするはずのものであって、自由化はそのためのものでした。ところが、手段が目的になってしまいました。最初に申し上げた、大平元総理の言葉は、それをもう一度考えるべき時期に来ているというものです。トランプ現象、Brexitはそれが私たちにつきつけられているということだと思います。


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