卓話


最近の治安問題

2005年11月30日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

社団法人 日本自動車連盟
副会長 田中節夫氏

第4080回例会 

 まず、一般の治安情勢について、お話します。治安情勢の見方には、数字で見る「指数治安」と肌で感じる「体感治安」との二つがあると言われます。
 
 指数治安は、刑法犯の状況で言われるのが一般的で、殺人、強盗、窃盗などがあげられますが、その発生件数は平成14年まで増加を続けておりました。15年ころから積極的に対策が講じられ、減少しつつありますが、依然高い数値にあります。昭和期は年間140万件から150万件で推移していましたが、平成に入り、増加傾向を強め、平成14年には280万件を越えるという大変な高い数字になってしまいました。
 
 このように犯罪の発生件数が増える中で、体制などがそのままですと、発生の対応に追われ、検挙が十分できなくなり、結果として、検挙率が下がってしまいます。わが国もそうでありまして、平成13年には、19.8%という戦後最低の検挙率まで落ちてしまいました。昭和期は、概ね60%で推移していましたから、実に3分の1まで下がってしまったわけです。その後、犯罪の抑止対策などいろいろの対策が講じられ、昨年は26.1%まで回復しましたが、まだ低い水準にあります。

 犯罪の態様を見ますと、特に殺人、強盗などの凶悪犯やひったくりのような街頭での犯罪、また、ピッキング、サムターン回しのような家庭に侵入する窃盗も非常に増えました。さらに少年犯罪や不法滞在外国人や在日外国人による犯罪も増えています。それから、新しい型の犯罪として、インターネットや携帯電話等に係わる犯罪やカード犯罪など、新しい社会のシステムの中で生まれた犯罪が増えたのも特徴的です。犯罪とは言えないかもしれませんが、インターネットを使っての集団自殺も従来見られなかった社会現象です。

 これらの数字は、日本の従来の数値に比べますと、異常ですが、先進外国に比べますと、依然安全な水準にあります。が、やはり時系列的にながめますと、ようやく回復の途上にあるとはいえ、悪くなっていると考えられます。

 「空気や水、安全はタダ」ではないことが数字で示され、政府においても重要な問題と受け止められ、平成15年に犯罪対策閣僚会議を設置し、本格的な取り組みが始まったばかりです。

 一方、体感治安ですが、近年、日本の治安は悪くなっているという、国民の皆さんの実感、それはぬぐいさることができないものがあります。世論調査でもはっきり出ています。今日も報道されていますが、地方都市で、通学中の小さな女の子が外国人に殺害される(広島市で発生した容疑者がペルー人の殺人事件)というような、日本の治安悪化の態様として、典型的な特徴的な犯罪が発生しますと、数字は多少良くなっても、治安は回復していないと国民の皆さんは、肌で感じるわけです。

 幼い子供や女性に対する犯罪などが身近なところで起こりますと、治安回復の実感が中々わいてきません。どうすれば、国民の皆さんに、治安が回復したということを肌で感じていただけるか、大変大事な課題です。

 「テロ」の問題。日本でもテロは起きるのかという不安、起きたときの対応についての不安なども国民の皆さんの間に強くなっているように思います。治安情勢として、考えなければならない要素の一つです。

 次に、現在の治安情勢の背景を考えてみます。その第1は、日本が誇ってきた犯罪を抑止する社会的な能力が低下していることが挙げられます。また、増加する犯罪に的確な対策が講じられてこなかったこと、これらによって猖蕨を極めるといっていいような状況になったのだと思います。

 国家、地域、学校、家庭、職場などに対する帰属意識や連帯感が低下しています。その中で培われてきた倫理観もなくなり、犯罪抑止の力が非常に弱くなっています。国際化に伴うグローバリゼーションの進展、過度の市場主義の中で極端に営利を求める傾向、規制への過度の忌避感の浸透などが助長しているともいえます。国際化もそうかもしれません。

国際化すれば外国人も入ってきます。日本の企業も国外に進出していきますが、それは日本の規制を免れているわけで、自分の国の規制に対する意識が薄くなってくるのです。インターネットの世界は、どこにも所属しない、国境がありません。

 最近、マンションの耐震強度偽造事件が発生しました。これは、極端な市場主義が生んだものではないでしょうか。営利追求主義は、法や規制の網をくぐって営利を求めるという気持ちを起こさせます。努力したものが報われるという社会から、プロセスよりも結果が大事という社会になってしまっています。規制緩和は、経済活動をより活発化させようということなのでしょうが、維持しなければならない社会的規制までも緩和するという、過度の規制忌避感が浸透するところまできてしまっています。

 背景の第2として、情報通信社会の進展を挙げたいと思います。携帯電話やインターネットが犯罪の誘因を作ってしまったのです。インターネットで作られる空間、サイバースペースは、匿名性の社会で、誰でも参加できます。国境もありません。罪を犯しても、何の痕跡も残しません。このような特性を持ち、人間が初めて手にした、全く新しい空間については、本当は、より強い倫理観とか、宗教観があってはじめて、自由に行動することが許されるべきなのでしょうが、残念ながら犯罪の場を提供し、誘因になってしまったのです。

 治安問題に対する取り組みが十分でなかったことも背景にあります。犯罪が増えてきた、大変なことになるという兆しがあったにもかかわらずです。治安に対するコスト意識が弱かったと言わざるを得ません。治安情勢に対応する増強はもとより、労働時間の短縮に見合う警察官の増員すら、容認されなかったのです。治安が一旦崩れると、それを回復させるためには、長い時間と膨大な金がかかるということは、過去の歴史が示しているのですが、その認識が日本では十分ではありませんでした。

 テロの背景を考えるとき、大きく二つに分けて考えられると思います。日本では、地下鉄サリン事件が平成7年にありました。この事件の本質は、学歴の高い、優秀とされる若い人たちを体制というか、社会の中に吸収できる力がない、世の中に閉塞感があったということではないかと思います。国際的なテロは、冷戦の終結による踏査性の枠組みの変化とか民族や宗教の対立が直接の原因でしょうが、当面、日本では、あまり考えられないのではないでしょうか。

 では、どうすれば日本の治安情勢が改善できるかということです。

 まず、一般の犯罪についてですが、体制や法制の整備が肝要です。特に、警察力の強化では、増員です。現在全国の都道府県警察の警察官の数は、約25万人、3ヵ年計画で1万人の増員が予定されていますが、先進諸国に比べると非常に負担人口が重い状況です。更に装備なども強化する必要があります。

 刑法や訴訟法などの手続き法も整備が急がれます。家庭内暴力やストーカーなどの問題に対応する法律も最近までありませんでした。変化への早い対応が必要です。少年法なども見直すべきでしょう。警察は万能ではありませんが、警察が適正な力を行使できるような環境を整備することも大切です。

 これらには、コストがかかります。金の問題もありますが、自由が制限されることもあります。例えば犯罪抑止のための街頭監視カメラを設置しようとする場合、監視されているという状況に、国民の皆さんが耐えられるかという問題があります。そういうことも含めた、国民のコスト負担について、きちんとした議論がなされることが必要です。

 インターネット犯罪やカード犯罪など新しい型の犯罪には、もっと積極的に科学技術を導入すべきです。

 国際協力も不可欠です。情報交換はもとよりですが、条約に基づいて国内法を整備することもだいじです。外国では罰せられるが、日本では罰せられないというような状態にしてはなりません。今、議論されている共謀罪は、その例です。国際協力といっても、外国人労働力の移入には、先進諸国の轍を踏まないような慎重な配慮が必要です。

 強調したいのは、地域共同体の力の再構築です。都市でも地方でも、官の力だけではなく、地域において、治安の問題を自分たちの問題としてとらえ、民の力を積極的に活用することが急務です。既に、具体的な取り組みが行われています。アメリカで「壊れ窓の理論」というのが採用され、ニューヨークの治安水準の向上に寄与したといわれています。その地域の一軒の空き家の窓を壊れたまま放置しておくと、その地域においては適正な法執行や管理が行われないという空気をつくり、地域全体の空き家などが壊されてしまうような状態を生む、それを防ぐために警察力も強化しますが、地域全体の規範力の回復をすることを目的とするものであったのです。日本では、それを地域全体が努力することによって得られるのではないか、「地域力」の活用を期待したいのです。

 失われつつある規範意識の再構築ができないか、非常に時間のかかることですが、これが基本だと思います。やるべきです。

 オウム真理教のような集団がでてくる要素はあると考えるべきです。テロについては、何といっても情報収集の能力や情報分析の体制が必要です。また、現在は、国内におけるインフラストラクチュアは十分ではないと考えられる、アル・カイーダやイスラム原理主義に係わる国際テロですが、将来はわかりません。なんといいましても国際協力が必要です。

 サイバーテロへの対応も無視できません。コンピュータとインターネットで支えられている現代社会、このシステムを壊されますと、社会の仕組み全体が麻痺します。主義、主張を持つテロリストだけでなく、マニアによって行われる可能性もあります。世の中の新しいシステムに対して、日々、体制などの整備を図っていく必要があります。

 最後に、いろいろの背景と現状を、それぞれの立場で指摘している文献を参考にご紹介します。
  ・「理解できない悲惨な事件」
      リンダ・ウルフ (晶文社)
   ・「勝者の代償」ロバート・B・ライシュ
(東洋経済新報社)
   ・「文明の衝突と21世紀の日本」
     サミュエル・ハンチントン(集英社新書)
   ・「アウト・オブ・コントロール」
    ズビグニュー・ブレジンスキー(草思社)