卓話


1953年、父の日本滞在録
国際難民支援会の活動について

2015年10月14日(水)

アレン&オーヴェリー外国法共同事業法律事務所
パートナー サイモン・ブラック君


 私は、藤井宏昭さんと津島雄二さんのご推薦により入会いたしました。たくさんの会員の方たちにお会いできることは大変嬉しく思っております。

 本日は、私の父の日本での経験と、私が関わっている避難民のための慈善団体についてお話しします。

 私の父は、1946年、13歳のときにイギリス海軍に入隊しました。イギリス南部ダートマスの海軍兵学校で訓練を受け、17歳のときに空母ビクトリアスの乗員になりました。そして、1953年朝鮮戦争の時に韓国に行き、つらい体験をしました。

 そのような中、船が九州佐世保に停泊したことがありました。船から佐世保の町まではボートで一時間ほどかかりましたが、父は佐世保を訪れて美しい景色、食事、旅館での滞在を楽しみました。父は若くて美男子でしたので、特別な日本女性の友達ができたかもしれません。父はいつもこれを否定しますが…父の船は、長崎と呉にも行きました。呉では、艦長の命令で、父たち下士官が浜辺までボートをこぎキャンプをしました。

 これらは、朝鮮半島での戦争という厳しい時期の一時の休息になりました。また父は、日本の人たちが国の復興のために一生懸命働く姿を目にし、日本の文化と品格は父に強い印象を残しました。私が若かった頃、父は自分の経験を話し、ぜひ日本に行ってみなさいと勧めました。

 父の話に影響され、私は1994年から2年間日本で過ごし、2010年に再び来日し、RIJ(国際難民支援会)に関わることになりました。RIJは、1979年に日本で設立され、主に、難民キャンプにいる避難民の生活改善を支援しています。

 難民危機には三つの側面があります。第一は、内乱や政府の圧制で家を追われ、別の場所に避難を余儀なくされるという点です。これには、欧米諸国だけでなく、イラン、サウジアラビア、ロシア、トルコなど戦争に関与する国との政治的な解決が必要です。第二は、戦争地域付近の難民キャンプや避難民の受入地には、避難民の生活改善のための資金と施設が必要だという点です。第三は、避難民の受入国に難民認定等の受入態勢が整っているかという点です。これは、ヨーロッパで大きな問題になっています。

 RIJは二つ目の点を中心に、日本で資金を集め、難民キャンプのプロジェクトに資金提供をしています。RIJは小規模なため、運営費が抑えられ、かつ、きめ細かく各個人に最も効果的なプロジェクトの選定ができます。これまでは東京在住の外国人から寄付を募っていましたが、現在は日本の方にも寄付をお願いしています。

 近年は、海外に投資をする企業がその地域社会を支援したいと考える傾向にあり、経済的な貢献だけでなく社会的な貢献の重要性も理解されてきました。寄付をしてくださる企業は、寄付だけでなく何かに参加したいとも考えるようになっています。そこで、RIJは、ファンドレイジング活動の企画のサポートや、企業が参加できるようなプロジェクトに関わったりしています。

 昨今は日本の富裕層にも慈善団体への寄付が持つ重要性が認識されるようになっています。また、若い方たちには、ぜひ世界を変えてほしいと思います。彼らには、慈善活動を支援しようという気持ちがありますので、SNS、ショッピング、食事、生活全てを通じて働きかけるべきです。

 RIJが今後、本当の意味で「日本+外国」の慈善団体になるために、皆様からのアイデアをご提案いただければ大変ありがたく思います。


身近な食品 練り製品の歴史と水産資源

2015年10月14日(水)

蟲文食品
常勤監査役 落合正行君


 本日は身近な商品である練り製品とその原料である魚のことについてお話しさせていただきます。

 練り製品は魚を食する古来からある食べ方で、その最初は、魚の身をほぐしすり潰して木や竹の棒に塗り付けそれを焼いて食べたことが始まりと言われています。現在の竹輪のようなものだったようです。

 初めて文献に登場するのは、平安時代の古文書で宮中の儀式・行事・調度品などについて詳しく記した類聚雑要抄(るいじゅうぞうようしょう)という書物で、1115年に関白右大臣藤原忠実が催した祝宴で蒲鉾が振る舞われたことが記載されています。その形状が蒲の穂に似ていることから「ガマの穂」と呼ばれ、転じて「かまぼこ」となったようです。平安時代後期には、かまぼこは宮中や貴族階級の祝賀料理に用いられていたことがうかがわれます。

 この時代の蒲鉾の材料は主にナマズが使われていました。また、それぞれの地方ごとに前浜で獲れる魚を用いて、臼ですり潰し竹に巻いて焼いたものから、板に塗り付けて焼く現在の焼き蒲鉾のようなものもでてきました。味付けも塩だけから煮込んだり調味料を利用したりと進化していきます。日本の食文化は室町時代以降、醤(ひしお)、味噌、醤油などの調味料が発達してさらに独自の発展を遂げます。

 練り製品はもともと、地場の前浜で獲れる魚を捨てないで何とか利用できないかと工夫することで発達してきたので、地方ごとに原料魚の違いによる特色があります。例えば、
・北海道では、ホッケやスケソウダラ。
・仙台では、ヒラメ、キンキなどで、パリッと香ばしく焼いた笹かまが有名です。
・関東では、オキギス、イサキ、クロムツ、グチなど。蒸し蒲鉾独特の食感がでます。
・静岡ではいわし。黒はんぺんと呼ばれおでんや鍋で食べます。
・関西ではハモの焼き板や白天
・西日本、九州では、トビウオ、アジ、ジャコ、などなど。
それぞれの地方を特徴づける原料魚で蒲鉾や竹輪が作られてきました。

 そして練り製品に大量生産化への革命ともいえる大変革をもたらしたのが、1960年の冷凍すり身の開発でした。当時「たらこ」の需要が急拡大していましたが、「たらこ」を取った後の「たら」は、肥料にするか捨てられていました。これに北海道水産試験場が着目して、スケソウダㇻをすり身にして冷凍することに成功します。この冷凍すり身は魚臭の癖が無く練り製品を生産するにも品質が安定していて大変使いやすい良質なすり身でした。

 このことにより竹輪やかまぼこが日本全国どこでも安く大量に生産できるようになりました。

 次の大変化は1974年のカニ風味かまぼこの商品化でした。この商品により練り製品は日本の枠を超えて全世界に広がり、「SURIMI」という商品名でフランス、イタリア、英国、スペイン、米国、カナダなどの国のスーパーマーケットに必ずある商品となってまいりました。最近の世界全体での練り製品消費量シェアでは、日本は38%となり既に世界需要の半分を大きく割り込んでいます。代わりに伸びてきているのが中国で17%、欧州と東南アジアがそれぞれ10%となっています。

 日本古来の技術で生産されてきた原料すり身の製造も、海外メーカーの台頭が著しく、現在では日本の生産量は世界の生産量の18%まで落ちています。

 原料魚の水産資源については世界的な需要増に対応して、イトヨリダイなど繁殖力の強い南方魚が広く利用されてきていますが、南方魚は特に南シナ海で乱獲されており、一昨年は漁獲量が15%も落ち込み心配されています。スケソウダラは米国を中心に漁獲量の管理が徹底しており、この5年ほど漁獲量は100万トン以上で安定していますが、欧米でタラをフィレで食べる需要が増大し、すり身に回る量が大幅に減っています。

 増大する世界的な練り製品の需要に対応するには、この南シナ海における漁業管理の実施と、新しい原料魚の開発が重要ですが、どちらも見通しは全く立っていない現状です。