卓話


漆と加飾

2020年9月30日(水)

(株)黒江屋
取締役副社長 柏原昌和君


 漆の語源は「うるはし」とも「うるおう」とも言いますが、木の汁が一滴ずつしたたるさまを表した象形文字であり、漆の樹液を使い塗装します。漆の木は日本からインドの東・東南アジアに自生します。

 石器時代には、矢尻を竹の棒にはめ、藤蔓など巻き縛る皮に、漆を吸い込ませていたようです。北海道では9000年前の漆の装飾品が見つかりました。なぜ古くから漆は重宝されてきたのか。主役の漆の主成分ウルシオールは、亀の甲羅構造をしています。温度20〜25度、湿度70〜75%になると自然酸化と副成分ラッカーゼ酵素酸化が繰り返し、一晩かけて行われ、亀の甲羅が無数に繋がった強靭な重合化合物を作ります。夾雑物の含有率も絶妙で、九州産の漆は九州ではよく乾くが、青森では乾きません。

 飛鳥時代には加飾が盛んになります。最も立派で最古のものは法隆寺の国宝、玉虫厨子です。宮殿型の厨子の台座や扉の各面に色漆を使った仏画が描かれます。また金銅透彫金具の装飾の下には玉虫の羽が敷き詰められます。

 平安時代には建築へ用途が広がります。中尊寺の金色堂は、内部から外部、屋根に至るまで最高の漆を施し、布着せの上に漆下地を極めて厚く塗り付け堅牢にし、金箔を置き、金色絢爛としています。

 鎌倉時代は蒔絵が発達します。漆で描いた文様に金粉を蒔いて乾かした状態を蒔きっぱなし、その上に数回漆を塗り丈夫にして金粉の球の赤道まで削り光沢を出したものを研ぎ出し蒔絵、といいます。他方、紀州根来寺の根来塗は、当時高価な朱色の器にありつけると評判の上、朱漆の自然な摩滅により下塗の黒漆が露見し、巧まざる斑紋が好まれました。

 室町時代には宋元美術に茶道の流行も加わり異国趣味の漆芸が発達します。漆を数百回塗り重ねた後に彫りこんで文様を表現する彫漆、漆を彫った凹みに金箔を付着させる沈金です。漆は百回塗り重ねて厚さ3ミリです。漆を塗る前に彫る木彫りも行われ、今では鎌倉彫が有名です。

 江戸時代は各藩で特産品が作られます。市内の小峰山からとれる地の粉を下地に堅牢を誇る輪島塗、硬い色漆の層を特産の砥石で研磨しおもしろい斑模様をあらわす津軽塗です。海外では特にヨーロッパで流行します。当時ヨーロッパでは黒い塗料がなく、漆も自生しない為、模造品も作られます。ロシアのフェドスキノ塗など、今もジャパニング技法によるお土産が見られます。

 明治維新が起こると、大名旗本の所蔵品は捨て売りされ、自由主義経済では外見重視の質が悪いものが出回ります。いい漆器には木目にいい漆を浸み込ませますが、この手間を省くと、使うにつれ表面に「痩せ」といわれる凹みが現れます。乾燥剤を使うと強靭な漆の化学結合が行われず脆弱になり、剥がれが起こります。同時にかぶれ成分ウルシオールが残留し、漆器はかぶれると悪評を作りました。

 昭和には、木の粉に樹脂をまぜた合成漆器が作られます。簡易な漆や人工塗料を塗ります。カシュー塗料はカシューナッツの油で作り、漆に似た外見で弾力性があります。

 最近の開発を2つご紹介します。サスティーモという100%バイオマス合成漆器は、漆液に間伐材を混ぜ、高温加熱により成形します。甲冑への漆塗装で用いる焼き付けにより固まる性質を応用します。ナノ漆は、微粒子化によりインクジェットプリンタのインクとして印画できます。

 近年は伝統的な漆器が見直されています。衰退した江戸の漆器も、現在数名の塗師さんが東京で漆器を作ってくれています。文化庁は2015年2月に、国宝や重要文化財の建造物の保存修理に使う漆に国産品を用いることを決めました。

 漆器のお手入れ方法をお話しします。ぬるま湯で軽く拭い、から拭きし、冷暗所で保管します。長時間水へ浸け置かないで下さい。木の割れにつながりますので日が当たる窓際の棚は宜しくありません。いい漆器は使うほどに趣を深めて参ります。手は掛かりますが大事に使ってあげて下さい。