卓話


文化や芸術にしっかり働かせるために

2016年10月12日(水)

公益財団法人大原美術館
名誉理事長 大原謙一郎氏(倉敷RC名誉会員)


はじめに
 文化や芸術や人文学等は、働いて役に立つから偉いものではない。それ自体、とても価値のあるものである。しかし、決して無力でもないし、働かない訳でもない。

 私は地方の論理と主張を1992年からずっと言ってきました。同時に今、日本で文化、芸術、人文学が復権してくるように、一生懸命働くように、倉敷で頑張っています。

 2つ、基本的なことがあります。一つは、日本が国の姿を整えて世界に誇れる国になるためには、日本各地に世界一流の地方が育たなければならないと思っています。世界の国を見ると、フィレンツェ、ベネチア、フランクフルト、ハイデルベルグ、ベルギーのゲントやブルージュ等、一流の地方が一流の国に必ずあるのです。私達も倉敷が世界一流の地方の一つでありたいと思っていますし、長崎、松江、金沢、函館、松本等のように、日本のあらゆるところで世界一流の地方がもっと育っていくように頑張っています。もう一つは、文化が日本を磨くために一生懸命頑張っているということです。

倉敷と大原美術館
 倉敷は「あきんどのまち」で天領(江戸時代の幕府直轄領)でした。日本中に通じた運河やなまこ壁の倉庫をはじめとする美しい景観があります。ただ、私達が守っているのは景観だけではありません。

 大原美術館には、江戸時代中期〜後期の絵師・円山応挙の《虎》があります。応挙は倉敷、岡山をたびたび訪れました。また、田能村直入という江戸末期から明治初期の文人画家が描いたものもあります。その絵には「大原さんのところで、昔京都で文人が集まって宴会をしている様子の軸を掲げて酒を飲んだ。非常に楽しかった。だからこの絵を描いた」とあります。このように文人墨客が行き来していた、そうした物語を大事にしています。

 美術館の外の世界は江戸時代の商人の街ですが、中に入れば、世界の美術の殿堂です。エル・グレコの《受胎告知》という絵があります。当館ただ一つのオールドマスターです。

 画家・児島虎次郎は、当館の美術作品の最初の収集をした男です。東京芸大の卒業制作で1等賞を獲り、ヨーロッパに留学し、制作に励むかたわら、日本人としての感覚、まなざしでヨーロッパの美術作品を選び取りました。選びとることもクリエーションです。 エル・グレコは、ギリシャ人です。当時、ピレネー山脈を越えてきたカトリックの文化とアフリカや地中海を越えてきたイスラムの文化が混じり合っているスペインで大活躍しました。日本からヨーロッパを見てそのはざまで悩んでいた児島は、そういうスペインで活躍した異邦人作家であるエル・グレコに、非常に共感しました。その児島の《和服を着たベルギーの少女》は美術館の入り口にあります。

 他には、モネ、ゴーギャン等の作品を収集しました。その後も当館は、ピカソが1942〜3年にナチ占領下のパリで描いたものをはじめ、フォンタナ、ポロックなど現代の作品も収集しています。

 また、当館は日本を極めようとしています。安井曽太郎、梅原龍三郎、小出楢重、日本の心をとても深く掘り下げている関根正二等、日本の近代から現代の美術まで。そして、日本の美しさは、生活の中にあります。それを体現した民芸運動に携わった作家達の仕事までコレクションを広げています。しかし、狭苦しいナショナリズムに凝り固まらず、世界に対してしっかりと窓を開いています。

文化の力
 文化、芸術、ミュージアムは2つのこと、すなわちクリエーションと生活のクオリティを高めるために働く、そして、異文化の融和、日本の風格を保つために働くと考えています。ただの文化とか、芸術は暇人の暇つぶしと思わないで下さい。文化はしっかりと働いています。文化の力がこの国の姿を造り、支えてきました。

 アインシュタインは、学校の勉強はあまりできませんでしたが、バイオリン少年でした。相対性理論の背後にはモーツァルトのメロディーが流れているのです。寺田寅彦先生もそのようなことを随筆に書いておられます。

 今世界は、いろいろな文化、文明がお互いに誤解、曲解を続けながらとても悲惨なことになっています。日本はそれに対して何をやってきたのか。

 日本が戦後のがれきの中から立ち直ろうとしていた昭和30年代、日本はヨーロッパとアメリカで古美術展を巡回させました。ただの古美術展ではありません。約百点のうち半分は重要文化財と国宝です。今はとてもそんなことはできません。その頃、世界が日本に注ぐまなざしはとても冷たかったのですが、日本古美術展が開かれると、世界はびっくりしました。「日本というのは世界の隅っこで黄色い変なヤツがばかばかしい戦争を起こして自滅したと思っていたら違うじゃないか」と、世界は気がつきました。そして、その美術展のシカゴでの展覧会を当時の皇太子殿下がご覧になり、アメリカの新聞に大きく報道され、そうしたことが今の日本の国際社会での立ち位置の基礎を作ってくれたのです。日本の復興について日本の文化はとても大きな仕事をしてきました。今、立ち上がろうとしている国も自国の文化を世界に懸命にPRしています。

 世界には文化が存分に働いている国があります。フランスのルーブルからケブランリーへの歩みは見事としか言いようがありません。フランスは20世紀まで、ルーブル、オルセー、ポンピドゥーセンター等の美術館や万国博覧会を通じて、世界に対して「こんなにフランスはすごい」「世界の文化首都」というメッセージを出し続けてきました。最近、フランスが作った美術館がケブランリーです。キリスト教社会以外のさまざまな文明の遺産を紹介する美術館で、「他者を理解するための美術館」がスローガンです。異文化、多文化を理解しようとするフランスの姿勢をアピールしようとしています。

 フランスだけではありません。例えば、オーストリアは東西冷戦の頃、東欧の中に西欧から一つ突き出した国でした。隣国までソ連の戦車に蹂躙されており、とても危険でした。オーストリアは兵隊を持っていない訳ではありませんが、それよりも大事なこととして2つのことをしました。一つは文化のアピールです。ウィーンフィルハーモニー、ウィーン国立歌劇場、ウィーン国立美術博物館、ザンクトシュテファン寺院、シェーンブルン宮殿など、文化都市としてのウィーンを世界にアピールしました。「まさかこのウィーンも戦車で蹂躙しないよね」というメッセージです。また、国際原子力機関(IAEA)を誘致してきました。国連機関一つあることが軍隊の何個師団あるよりも自分の国を守ってくれると。そうした形で、文化、世界とのつながりは国を支えています。

文化・芸術・人文学の復権のために
 それなのに今、日本の文化、芸術、人文学が危うい。一年あまり前に文部科学省が「地方大学の人文系学部を縮小、廃止を含めて検討せよ」という通達を出したとメディアが伝えました。

 経団連がこれに対してすかさず反論しました。「もし、これが技術立国のために日本は技術に集中するため人文系はいらないというロジックであるとすれば、我々の考えとは対極をなすものだ」と。経団連会長は東レの榊原定征さんで技術屋さんですが、「世界と戦っていくために、技術者は人文学、芸術、文化をしっかりと知らなければいけない」としみじみと感じておられたと思います。私自身もクラレという会社におりましたし、化学の会社ですから、バイエル、ヘキスト、BASF、デュポン等、世界の開発のトップの方々とおつきあいさせていただきました。皆さん、技術一辺倒という方はおられません。文化、芸術、人文学、しっかりと素養を持った方達です。

 私たちが倉敷で美術館をやりながら、文化、芸術の情報発信をし、市民を育てようとする背後には、このように文化や芸術に十分働かせたいという気持ちがあるということをご理解いただければと思います。日本の国の手足になるのは技術力やお金の力かもしれませんが、日本という国の風格、言い換えればこの国際社会のために日本がひとかどの国として、世界から扱われるための日本の国の立ち位置を決めるのは文化です。

 そして、日本全国の文化、多様性がこの国を支えていく。日本中に世界一流の地方が育っていくことで、この国は世界で重きを置かれ、尊敬される国になっていくでしょう。倉敷の隅っこでそのために力を尽くしている人間がいることをご記憶いただければうれしく思います。


       ※2016年10月12日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。