卓話


僕が唯一誇れること!

2019年5月15日(水)

(公財)日本テニス協会
強化副本部長 松岡修造氏


 日本のテニス界にとっての誇りがあります。大坂なおみさん。彼女はグランドスラムで2回優勝し、世界ランキング1位です。すごいなと思うのは、優勝が3回しかないこと。パワーにおいてはセレナ・ウィリアムスよりも上で、間違いなく世界一のテニスをしている。ただ、まだ安定した勝ち方をしない。全米オープンでセレナと戦って、ブーイングが槍のように来ましたが、彼女は逃げずに戦った。全豪オープンもそうでした。決勝戦、マッチポイントまで行きながら逆転されましたが、そこから泣きながら挽回した。ずっと深呼吸していました。僕はそれを見ていて、彼女は「心呼吸」をしていると思いました。メンタルを強くした今後の彼女をこれからも追い続けたいと思います。

 日本の誇りは女子だけではありません。錦織圭選手です。圭は世界ランキング4位までいきましたが、特に昨年は怪我に苦しみました。彼は、「修造さん、イップスになりました」。ゴルフでは聞いたことはありますが、テニスでは聞いたことがない。「フォアハンドの打ち方がわからなくなってしまいました」。そこまで追い込まれた。

 そこで、彼は一つのことをしました。ポイントを獲った時、自然に出るガッツポーズ、圭はジュニアの頃から試合中、あまりガッツポーズは作らなかったのですが、敢えてするようになったんです。ポイントを獲っても失っても、自分にとってのガッツポーズをし、心を前に持っていこうとした。彼が一番使う言葉はタフ。字を考えた時に、この字しか思い浮かばなかったんです。「心技体+心」。こんな漢字はありませんが、錦織選手が身体のきつい時、技術的にも苦しんでいる時に、最終的にはやはり心で支えていくんじゃないか、僕はそう思ったのです。だからこそ、これを今ジュニア達に伝えています。

 僕は20年前に現役を退いたのですが、引退後、セカンドドリームへの思いがより強くなりました。僕の夢はウィンブルドンのセンターコートに立つことでした。95年にベスト8入りし、翌年の96年、ジョン・マッケンロー、ビヨン・ボルグ、ジミー・コナーズら選手をずっとテレビで見て憧れていたセンターコートに立つことができたのです。その場所に自分が立っている。試合前、ベンチに座って見た景色が、テレビで見ていたのと一緒で、試合前なのに涙が出てきてしょうがなかった。最初のサービスは僕でしたが、手が震えて全然ラケットが握れない。これはやばいと思って、おもわずセンターコートででんぐり返しをしたんです。周りはびっくりですよ。でも、それによって緊張が取れてプレーできたんです。

 ここでセカンドドリームが生まれました。なぜこんな素晴らしい場所で戦える日本人選手が出てきていないんだろう。僕よりも才能のある選手はたくさんいました。この僕がここに立てるんだったら、絶対日本人は立てる。その思いを伝えていくのは自分の役割なんじゃないか。

 誰も世界への行き方の答えを持っていませんでした。そして、日本男子が世界ランキング100位に入ることは、あの当時は完全に夢でした。僕のコーチだったボブ・ブレッドに最初に会った時、僕は18歳で、「プロになってみないか」と言われたのです。また彼は僕にこういったのです。「修造、5年間、本気でテニスだけをやってみろ。そしたら100位に入れる!…かもよ」。「May be」って最後についたんです。それでも僕はプロの世界に入っていきましたが、やはり18歳では遅いんです。

 世界のトッププレーヤーを育成するために、最初に僕が描いた図があります。プロになって世界に行くには、もっと小さなころから、考え方もコーチも遠征も含めて、テニス協会は一貫した考えを持たないといけないと、僕が日本テニス協会に入った時に説明したものです。

 今は12歳でも多い子は約半年以上、海外と合宿と遠征に行きます。畔柳会長にそういう仕組みを作っていただき、とてもいい環境が作れるようになりました。

 僕が一つ誇れることは、「修造チャレンジ」というジュニア強化を専門スタッフと積み重ねてきたことです。20年間続けてきたので、今、日本のジュニアは団体戦でいつも結果を出しています。チーム力や和を大事にしてきたこともあると思います。国際テニス連盟で、なぜ今、日本のジュニアがこんな結果を出せるのか、今まで3回、修造チャレンジのヘッドコーチである櫻井コーチが発表しに行っています。

 僕がジュニアに伝えているのは、「即断、即決」。これは、日本人ができないことです。すぐに判断して、すぐに決めて、自分らしくいること。テニスというスポーツは、最も日本人の考え、教育に向いていないものです。僕が最も苦しんだことです。だから、最初に伝えるのは「ボールに絶対、操られるな」ということ。ボールを待って打つのではなく、自分からボールに向かって行き自分でボールを放つということ。大体の子供たちは来たボールに合わせて打っている。ボールに操られている状態です。そうではなく、全てのボールを自分が全部操っていくんだという思いで向かって行かないとだめなんです。

 そして、もう1つ伝えていること、それは表現力です。今まで多くのジュニア選手たちが修造チャレンジの合宿に参加していますが、僕が今まで見ていたジュニアの中で最も表現力がなかった選手が錦織圭選手でした。今、世界で最もテニスの才能がある選手と言えば間違いなくフェデラーと錦織です。体力がありメンタルの強いジョゴビッチもいますが、テニスの才能は間違いなく錦織の方が上です。僕は彼が11歳の時にそう思いました。だから僕は彼に技術を教えられない。ただ、彼が「僕の夢はグランドスラムで優勝することです」と11歳で言ったので、僕は一番きつく接しました。3年間、彼は何度もバケツ一杯くらい泣いていました。

 ジュニア達には、海外で練習相手を探す練習からさせます。海外では「お願いします」と言っても、目も見てくれない。僕の時は、日本人は一人もいなくて無視されました。自分を表現しなくてはいけないことが僕にとってはイヤでした。でも、一生懸命お願いして、最終的に練習相手がいない人を探してプレーをし、自分をどんどん表現してワイルドカード(主催者推薦)をもらいました。

 ジュニアの合宿はミーティングが大事です。先週もやりましたが、ものすごく緊張した雰囲気でした。「感じたまま踊れ」と書いてある。色々な曲がかかっても、緊張して踊れない。泣き始めます。「じゃあ帰れ。世界へ行きたいならどうにかして、何でもいいから動いてくれれば自分の殻を破れる」。そういうトレーニングをしました。

 錦織選手にはこうした状況の中で呼んで、「自分の思いを1分間話してみろ」。「My name is Kei. I like tennis.」。次が出てこないから、泣く訳です。「帰るか」と言うと、頑張りました。「I like orange juice.」。OKです。どうにかそこをクリアすることが、海外に行ってテニスをやるには必要です。もう一つは表現、インスピレーションが必要で、「今日、どうだった?」と聞かれた時、「僕は今日ここへ行ってこう感じて、だから相手に対してこうやっていきたい」とすべてのものを入れてちゃんと話してほしい。これがテニスだと思うんです。ボールが来た時にどんな気持ちでどこにどんなボールで打つかは、会話と一緒なんです。

 テニスは、脳の中で先にどこに打つのかをイメージしてインスピレーションで作る。それをなぞるヤツは上手い。ボールが来てその場限りで「一生懸命頑張ります」とやっている人は全然正しくない。この部分がどれだけできているかを合宿でやってきました。

 僕は「ジュニア強化は平等の中でも不平等がなきゃ無理です」と言い、この考え方は協会の中で最も賛成されなかったことでした。

 日本で唯一ジュニアの国際大会、ジャパンオープンジュニアがありました。18歳以下の世界のトップジュニアが出場する大会に、僕は錦織圭を出したかった。彼がまだ12歳の時です。開催国はWCと言って特別枠を持っています。そのWCを僕は圭にあげたかった。僕はそれを大会の方と協会の強化の方にお願いしてみましたが、「18歳、17歳が出場する大会なのに、なんで12歳の選手にWCをあげないといけないのか。」と断られました。当時のことを思えば当然の答えでしたが、僕は諦めたくなかった。だから僕はその大会のスポンサーとなり、2002年・2003年は「修造チャレンジ・ジャパンオープンジュニア」として開催しました。当然、圭のワイルドカードは主催者である僕にも選ぶ権利を与えていただいたので、圭は大会に出場することができたのです。

 圭はダブルスの一回戦で、18歳の超背の高いイギリス人と当たり、1ゲームも獲れずに負けました。「どうだった?」と聞くと、「やっぱりちょっと経験が。相手の背が高いし、。外国人だから強かった」と言う。僕は自分の腹筋が壊れるくらい怒鳴りました。「だったらやめろ。小さかったら無理なのか。日本人じゃだめなのか。背が低いとだめなのか?そんなの関係ない。負けたことが悪いんじゃなくて、最初から心が諦めていたから怒っているんだ。俺は悔しい。圭は悔しくないのか!」。次の年、圭は188センチの大きなアメリカ人選手に勝つんです。僕は応援しながら涙が止まらなくなっちゃって、「こいつは大変なことが起きるぞ」と思いました。いまでも圭はこう言います。「修造さん、あの時は一番怖かった。でも、必ずあの時を思い出します。自分は背が低くても関係ない、世界でやれる、その思いでやっていた」。

 そして、盛田ファンドで圭はフロリダのIMGアカデミーに行きます。アメリカに行く前、僕がコートの端にいたら、圭が走ってきた。目に涙を浮かべながら、「僕は修造さんから学んだ表現力を絶対アメリカでやってきます。世界一になります」。身体が弱く、すぐ病気や怪我をする。そんな圭が世界4位まで行ったのです。その力が、今のジュニアには伝わっていると思います。

   今、選手の考え方が変ってきています。以前の常識は「世界の100位内なんて無理だ」。でも今はみんな「100位内なら入れる、できる!」、それが常識になっています。他競技の日本人トップアスリートたちも「昔の常識は関係ない。同じ人間じゃないか。世界一になれない訳がない」と思っています。本当に強い、ある意味、日本の良さが出てきています。

 僕はジュニアキャンプに参加した多くのジュニアたちに、自分の人生のチャンピオンになってほしい、それしか思っていません。錦織が世界に行ったことは嬉しいですが、全員がトップの世界で生きていくことはできない。でも、修造チャレンジで学んだこと、そして僕と携わったことで新しい自分と出会い、テニスの世界だけではなく、社会に出て行ったとしても、自分の考えをしっかり持って人生のチャンピオンになって欲しいと願っています。

 僕は3つの幸せがあると思っています。してもらう幸せ、できるようになる幸せ、一番大事だと思うのは、与える幸せ。ここにいる皆さんは日本の中で最も与える幸せを持っておられる方だと思います。僕はこのジュニアの選手達が大人になって一人でも多く自分の人生のチャンピオンとなり、与える幸せが多い人生を送ってくれること、それが僕にとって唯一誇れることだなと思っています。


     ※2019年5月15日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。