卓話


日本の地震と建築

2006年5月31日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

清水建設株式会社 
技術研究所顧問
東北大学名誉教授
和泉 正哲 氏

第4102回例会
 
 建築の設計施工は,まず施主が建てようとする建物の用途・規模・敷地・予算などを示しながら設計者に相談する所から始まります。設計者は個人の場合,法人の場合がありますが,そこには必ず建築士がおります。 

 外国では,構造とデザインの専門家は別々ですが,日本の建築士の特徴は,構造とデザインの両方がよく分かっていることです。建築士の試験では,構造の試験もデザインの試験もあり,それらの試験の全部に合格しなければ建築士になれません。さすが地震国日本です。

 一人の設計者で建物の設計全部ができるはずなのですが,実際には,建築に関しての法や告示,内規,指針などの規制も多く,それらをすべてマスターするのは大変なものですから,それぞれの得意分野で,デザイナー,構造家というように分業が行われてきております。

 分業になった場合,多くは施主に一番近い設計者(デザイナー)が構造設計を得意とする建築士に依頼します。依頼された建築士は下請けであり,技術は高いのに,地位も所得も低く,任された責任だけがやけに重いという割りの合わない構図になります。

 最近はコンピューターの発達で,構造技術者が単純計算に使う時間を短縮して,本来の構造についてよく考えるというのが理想でありましたが,現実はそううまくはいきません。

 構造の専門家は,法規は確かにクリアーしているけれども,危ない部分については,法規に書いていなくても補強するということをやってきました。

 コンピューター・ソフトには,そういう気配りはありません。ソフトはプログラマーが法規に従って作ったものです。結果として,その方が安くなります。何故かというと,余分な気を回していないからです。資材も最低の量を積算します。安くできるプログラムが出回ると,ますます,建築構造の専門家の出る幕がなくなるという状況になってきております。

 こんな状態が続きますと,若い構造専門家も育たず本当に構造のことをわかる人が日本からいなくなり,地震を知らない外国人に頼るということが心配です。

 最近,構造設計に関する偽装がありましたが,検査機関にも問題があります。行政機関でも民間機関でも,構造専門家が少なく,どんな力が加わり,それに耐え得る構造になっているかを直感的に判断できる人が,いなくなっています。コンピューターで計算したのだから,まさか間違っていないだろうという思い込みもあったと思います。

 図面が出て認可が得られると,施工業者が工事を行います。工事中は設計者と行政が管理して,悪い箇所があれば直します。施工がうまくいっているか,安全かということは,図面上ではなかなか発見しにくい内容ですので,管理の仕事も非常に大切です。

 完了した物件の引き渡しでは,保証期間が長くなっているのが最近の傾向です。根本的なミスについては,設計者か施工者が責任をとることになります。

 計算や施工でごまかし,鉄筋やコンクリートを少なくして安くすることは,全体の経費から考えると微々たるものです。建物の経費の1/3は暖冷房などの機械類です。1/3は仕上げとか内装などの経費です。構造は残りの1/3といわれておりますが,最近はもっと少なくなって 1/4ぐらいになっているようです。やはり,肝心の部分をしっかり造り,安全な建物として長く使うのが良いと思います。

 さて,次の話題である地震の話に入ります。何故地震が起こるかといいますと「マントルの熱伝導率が小さいから」です。

 地球にはコア(核)があって,その周りをマントルが掩っています。地球の内部は3千度以上もある高温ですが,マントルの熱伝導率が小さいものですから,内部の熱が伝導で急激に表面に出るということはありませんが,熱対流という作用で,核近くの熱いマントルは上昇し表面近くの冷えた部分は下降しながらゆっくりと動いています。そうするとマントルの上にあるプレート(地殻)がいっしょに動かされ,押されたり引っ張られたりして変形していきます。そこに,歪みエネルギーが蓄えられ,限界に達すると,プレートが互いにずれ動き,歪みエネルギーが解放され地震動に変わります。

 日本には,太平洋プレート,フィリピン海プレート,北米プレートがきていて,それらの上にユーラシアプレートが構えています。それらの境目にある日本は地震の巣です。
 地震の予知は可能かというと,その成功例は中国の海城地震(1975年)の遼寧(M=7.2)で,井戸の水位が急変したのに気付き警報が発せられたのが唯一の例です。

 地震は頻繁に起こっているようですけれども,現実に,ある地点で直下地震が起こる確立は非常に少なくて,平均すると千年に一回くらいです。海に起こる地震はかなり頻繁に起こりますが平均すると百年ないし百五十年に一度の割合です。その程度の頻度ですから何もかも丈夫に造ることよりも,できるなら予知をし人命を救いたいと思います。

 中国の場合も,海城地震では予知に成功しましたが,唐山地震(1976年)では24万人余りの死者が出るほどの被害に遭っております。日本でも,駿河湾から遠州灘にかけて,地震計や傾斜計を多量に備えて東海地震の予知を試みようとしています。いつかは起こることが確実なのですが,予知に失敗したら大変です。予知をすれば,その緊急対策に2〜3億の経費がかかります。担当者は兆候を「見過ごす」ことも,予知を出して「空振り」することもできないという厳しい状態にあります。

 予知にはいろいろな方法がありますが,私はGPS(地理位置系)という方法に期待しております。GPS利用というのは,地面の動きを地図上に描き分析し,異常な動きをしている地点を発見して予知に役立てようという方法です。

 1995年までは,我々は日本の耐震技術は世界一だと信じていました。それを覆す被害が阪神淡路大震災で出ました。原因は,油断,手抜き,慣習,老朽などいろいろあります。油断の一例を述べますと,芦屋浜住宅の設計は建設省のコンペで当選した案でしたが,当時,私は構造検討の担当者として補強を要求しました。地震がない神戸での補強は不必要と随分反対されましたが押し切り,結果としてその建物は崩壊せず人命も失われませんでした。

 1985年のメキシコ地震で,同じ構造の建物が三つ並んで建っていましたが,手前の建物は最上階が地面につくように曲がって倒れました。真ん中の建物は手ぬぐいを絞るようにねじれて倒れました。3棟目は,立っているのがやっとというほど壊れましたが,潰れませんでした。一棟目,2棟目の住民は全滅でしたが,3棟目は死亡者無しでした。

 専門家でも,被災前に,この違いを予想できません。安全かそうでないかは紙一重の場合も多いのです。専門家ほど,種々の場合考えるため,耐震診断において絶対に大丈夫とは言えないのです。

 絶対は無理ですが大体の話として,耐震建築の5原則というのがあります。
 ・地盤のよい所に建てる。
 ・軽い構造(特に屋根を軽く)にする。
 ・強くかつ粘り強い構法で建てる。
 ・地震と共振させない構造にする(免震)。
 ・エネルギー吸収能力を大にする(減震)。

 免震というのは,建物と地盤とを切り離し地震力を建物に伝えない方法ですが,現在は薄い鉄板とゴム板を交互にはり合わせた積層ゴム支承を多用しています。国交省ビルは,この免震ゴムを基礎に用いる工法での耐震補強工事がなされました。

 超高層ビルでは免震は不向きでエネルギーを吸収する減震対策,つまり制震工法を使います。

 耐震診断をして耐震補強をする目安に使われるIS値とは「力×動いた長さ=仕事」の量に関連する値です。つまり崩壊させる仕事量と,建物の耐え得る量とを比較して,壁を増やすとかダンパーを増やすとかの補強をするわけです。

 安全は人がくれるものではなく自分で護るものです。悪い地盤には家を建てない,古い木造建築は必ず補強する,RC高層マンションは,遮音のための重いコンクリート床が高処にあること自体危険ですので,信用のできる会社のものを買うなどの注意が必要です。個人ですることは大型家具の固定です。不幸にして大都市で地震に遭えば危険な事ばかりです。日常的に退避路,退避場所などを意識して,自分を護ることを考えて行動する以外にはないと思います。