卓話


「公益」と「奉仕」

2021年1月27日(水)

会員担当理事 塚本六坊


 渋沢栄一が今改めて脚光を浴びています。渋沢栄一を主人公としたNHK大河ドラマ『青天を衝け』の放送が2月から始まり、また2024年度に予定される紙幣刷新では一万円札の肖像が渋沢栄一となることが発表されています。今年は没後90年目にあたりますが渋沢栄一が91年の生涯を通じて発信したメッセージは現代にも様々な示唆を与え続けているようです。

 1840年に現在の深谷市に生まれた渋沢栄一は経済のみならず福祉、教育、国際親善等の極めて幅広い分野で大きな足跡を残しました。よく知られているように渋沢栄一は500社に近い企業の設立経営に携わり、また関わった社会・公共事業の数は約600と言われています。

 企業活動について渋沢栄一は「公益」を求めました。彼はあらゆる事業は私の利益のためではなく国家社会のためになるかどうか、すなわち「公益」が最も大切な目的であると説いています。彼が財閥を形成せずに私財を投じて多くの社会・公的事業に関わったのも、身をもって公益重視を実践したものといえます。

 さらに渋沢は「公益」に加え「道理・道徳」を重視し、『論語と算盤』や「道徳経済合一説」はこの考えを表したものです。渋沢は、孔子は不義により豊かになることを戒めたのであって、義にかなった利は君子の行いとして恥ずべきことではない、と説きました。これには二つの面があり、第一に商売は嘘をつかずに正直に誠実に行わねばならず、自己の利益ではなく他者の利益を第一としてこそ結果的に自分も継続的な利益を得ることができるとの言わば「道徳なくして経済なし」というものです。第二に経済活動を盛んにしなければ公益の追求という徳を実現できないし経済活動を通じて一人ひとりが豊かになっていくことは道徳に悖るものではないという「経済なくして道徳なし」ということでした。

 さて話は飛びますが、公益を重視した渋沢栄一に対し英国のアダム・スミスは、個々人が私利追及から出発しても社会全体としては「神の見えざる手」の働きにより最終的に公益に至ることができるとしました。しかし現在の市場経済においては残念ながら見えざる手は充分に機能しているとは言えず、世界は貧困格差問題や環境問題などに直面しています。また1970年代以降米国においてシカゴ学派の経済学者ミルトン・フリードマンが唱導した株主第一主義が台頭し、次第に世界を席巻していきました。

 しかし、欧米先進諸国ではリーマンショックによって手痛い打撃を受け、株主利益の最大化のみに過度に傾斜した資本主義のあり方を見直そうという動きが広がり、一昨年には企業は株主至上主義を改め多様なステークホルダーを重視すべきであると米国のビジネス界が宣言して話題になりました。また、近年ますます深刻化する環境問題や格差問題等を克服していこうとの世界的な機運が生まれ、ESGやSDGsに多くの国や企業が真剣に取り組むようになりましたが、これも用語こそ違え公益的な価値を大切にしていかないと企業も社会もいずれ持続できなくなるとの危機感に立った潮流と言えましょう。

 ロータリーの目的に「意義ある事業の礎として奉仕の理念を奨励しこれを育むこと」が掲げられ、また「職業上の高い倫理基準を保ち社会に奉仕する機会として各自の職業を高潔なものにする」ということが述べられています。またロータリーの標語である「最も奉仕する者、最も多く報いられる」とは、よりよい社会のために貢献することが結果的に利益をもたらすと言い換えることもでき、渋沢栄一の考え方と驚くほど共通するものを感じます。

 シカゴ学派による株主至上主義は近年軌道修正を余儀なくされていますが、シカゴには20世紀初頭にポール・ハリスが「奉仕の理念」を掲げてロータリー活動を始めた歴史と伝統があります。渋沢栄一が注目される中で、渋沢の唱えた「公益」「道徳」とも通底するロータリーの理念について、私たちはその普遍的な価値としての認識を深める機会とすることができるのではないでしょうか。