卓話


「最近の国際情勢と日本外交」 

2006年7月12日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

NPO法人 岡崎研究所
理事長 所長 岡碕 久彦 氏

第4108回例会

 北朝鮮が,この時期にテポドン・ノドン・スカットを発射した理由について,日本の専門家,評論家,アメリカの専門家,評論家の全部が一致している見解は,北朝鮮はアメリカとの直接対応,直接交渉を引き出すために撃ったということになっています。

 過去の経緯からいえば妥当な判断です。過去に北朝鮮がやったことといえば,アメリカと2国間交渉をやって,なんらかの譲歩を得ようということでした。

 北朝鮮は1993年に,NPP(核拡散防止条約)から脱退して,核開発をやる,プルトニウムの封印まで外して再処理をすると宣言した時には,アメリカとの交渉を引き出して,結果として軽水炉の建築と毎年50万トン石油を受け取りました。これはたいへん大きな出来事でした。当時は,冷戦終了の時期でもあったので,アメリカでは海軍の石油が余っていました。非常に高品質の石油でしたので北朝鮮は燃料に使わないで,外国に売り払って替わりの安い石油を手に入れ,それを燃料にしていたようです。

 1998年に,北朝鮮が,大きな穴を掘って地下工場を造ったり,あたりにダムを造って電力供給をしたりして,どうも核開発をしているらしいという兆候が見えた時にテポドンを射ちました。再びアメリカとの交渉があって,核疑惑のある施設を完全に査察して,テポドンの発射を凍結しました。実は,アメリカも日本も,そのための如何なる代償も払わないと言っていましたが,北朝鮮は人道支援再開の名目で数十万トンの食料を受け取っています。

 脅しては実益を稼ぐという先例がありますが,今度もそれが適応するかどうかはちょっと疑問です。

 北朝鮮はアメリカの金融制裁をどうしても外してほしいのです。マカオを通じるマネー・ロンダリングの阻止は相当にこたえているようです。以下伝聞ですが,北朝鮮の国内は偽札がだぶついているそうです。日本のやくざが取引して,受け取った金は全部偽札だったという話もあります。

 中国が,最近,取引が成立して北朝鮮が代金を支払う際に,中国側がそのお札を鑑定機にかけるといったら,北朝鮮が憤然として,それは侮辱だと拒否したので,取引そのものがなくなったという話もあります。そういう話が流れるほど困っているということです。

 今までのように,テポドンの発射を止めるから米をくれという交渉は,やり方によっては有効かとも思いますが,アメリカは,制裁ではない,違法行為を罰しているだけだと言っています。ですから,北朝鮮がミサイルの発射を止めるからどうこうするという問題ではないのです。

 発射の理由の決め手になるかどうかは疑問ですが,今度撃ったノドンは,射程1000キロから1600キロと,いろいろありますが,イランの西側から撃つとイスラエル全土をカバーできます。今度の発射でノドンが極めて正確な性能をもっていることを示しました。7発のうち3発がノドンで,大体目標の5キロ以内に集中しています。このミサイルはイランが欲しがると思います。今度の発射は,イランにノドンの性能を示す宣伝だったという考えもあります。

 着弾した地点が,全部,日本の北側に集中しています。テポドンは途中で落ちていますが,ノドンは極めて正確に撃っています。ノドンは,本来,日本に向けた兵器でありますが,日本海の遠い辺りに撃っています。わざわざ日本に向けないで,日本と同じような距離にある日本海北部に撃ったのは,自分たちは何も悪いことをしていないよというジェスチャーです。

 テポドンが途中で落ちた理由はよく分かっていません。失敗だったという評価がアメリカの公式見解ですが、今度のテポドンは,大きなブースターを一つ作って,その上にノドンを乗せています。そのブースターだけの性能テストという見方もあります。本来,日本列島を飛び越えるくらいの距離を出せるものを,6割程度の燃料で発射させるというのは,かなり高等な技術だそうです。

 実際に,燃料を制限して,しかも日本海の中に落とすというのは相当な技術と言わざるをえません。撃った方向を直線に延ばすとハワイの方向になります。はじめは,アラスカといっていましたが,そうすると,沿海州とカムチャッカの上を通るので,もしもの場合にロシアと問題が起きることも考えられます。そこで,いろいろと考えて日本海北部に撃ったというわけです。総じて,自分たちは何も悪いことをしていないということを示すような撃ち方をしております。

 今回のミサイル発射に対する日本政府の反応と処置は,極めて早いものでした。過去60年間の日本外交で,こんなに早い対応はみたことがありません。

 3時半に発射があって,7時半には,総理を迎えて安全保障会議が招集されました。対抗措置として万景峰号の入港禁止を決めて,国連安保理への提訴も決めてしまいました。最近には見られなかった早さです。今度は,かつてのようにアメリカの反応をみたり,中国の反応をみたりしたうえで,与野党の調整などもしながら結論を出すという過去50年間の形ではありませんでした。日本がテキパキ決めながら,どんどん話を進めました。アメリカは日本を支持してくれるということに疑いをもたずに事を運びました。そのことについて,野党も新聞も,一言の批判もしませんでした。

 今回のことは,2週間も前から予想されていたことですし,そのためのアメリカとの内輪の交渉も済んでいたこともありますが,安倍官房長官,麻生外務大臣のお二人は,全然ぶれない人です。新聞によると閣内で反対があったとか外務省内で慎重論があったとか書いていますが,それらを押さえてぴしぴしと決めてしまいました。今回のこの対応は,日本の外交にとって新しいことだと思います。安保理に出す決議案も日本が中心になって起草しています。そのことが,ロシアや中国のカンに障っているようです。日本中心で,これだけ取り仕切るのを許していいのだろうかということがあるようです。

 早いということは非常に意味のあることです。日清戦争が始まった時の,日本外交の処理ぶりは非常に早いものでした。多分,陸奥宗光は自分でやったのだと思います。清国から来た長い手紙の返事は,受け取ったその日の夜に書き上げて,翌日の閣議を通してすぐ出しています。ロシアやイギリスは日本に干渉してきました。

 ロシアからは事理を尽くした長文の手紙が来ますが,それにも長文の返書を送りました。普通なら読むもの二,三日。返事を書くのに二,三日かかります。ロシアは現にそのようにやっていまして,日本に「日本と清国との間に戦争が起こることはロシアとしては望ましくないと思う。だから,日本が勝手に戦争をするのなら,その責任は全部日本がとるべきである」という内容の,再度の手紙が届いた時には,戦争が始まっていました。そのように,日清戦争の時の処置ぶりは,迅雷耳を覆ういとまも与えずというものでした。

日本が外交のイニシアティブをとって,先へ先へともっていきました。結局は三国干渉になるのですが,この間のことを伊藤博文が『機密日本史』の中で,こう書いています。書いたのは,日清戦争の最中ですから,予想を含めたものです。

「日本は今戦争を始めたが,とにかく急いで早く成果を挙げたい。必ずや各国の干渉があろうから,早く既成事実を作っておけば,その全部ではなくても一部分は手にすることができるだろう。将来の計画(対ロ作戦)もできる」という「機密日清戦争文書」です。この文書は昭和になるまで公表されませんでした。

 今度も,日本が非常に早く反応したことに意味がありました。日本は5日の夜に対策を全部決めました。アメリカでは4日になります。アメリカでは独立記念日には花火をあげて祝います。リチャード・アーミテイジ氏が「北朝鮮はアメリカの独立記念日に花火をあげた。すばらしくユーモアのセンスがある」と笑っていました。

 北朝鮮としては,通常なら三日四日の後に発表するのが普通ですが,今回は異例で,6日の午前中に態度を表明しています。

 なかなかよくできた文書で「いかなる国もミサイルを作ったら公海で実験する。これは当然ではないか。ミサイル凍結の約束はアメリカの軽水炉建設と石油供与が条件である。日本には日朝国交正常化が進めばという条件である。だから,今回の発射は約束違反ではない。」という理屈です。

 今回の場合は,だれもその理屈を聞いていません。日本がその日のうちに安保理にもっていって,日本の原案まで決めたというなかでは,みんなが,北朝鮮が悪いという雰囲気になっています。

 中国が今,対抗案を出していますが,日本の原案とほとんど同じ案を議長声明でやるという考えです。安保理決議ですと強制力がありますが,議長声明は,強制力はありません。議長声明にしても,内容が日本の案と同じだということは,国際的にも北朝鮮が全く悪いのだから,ミサイル発射をすぐ止めさせて,何とか罰しなくてはいけないという,日本が一日で作ってしまった雰囲気を認めざるをえない状況だと思います。

 日本がここまでの形をつくったのは今までになかったことです。相当な成果だと思います。今日,12日あたりの雰囲気は,はっと気づいて,みんなが少し下がってきたというところです。日本は最初に制裁ののろしを挙げたわけですから若干の譲歩は止むをえないというところではないでしょうか。

 伊藤博文も『機密日本史』で同じようなことを書いていますが,うまくいかなくて妥協すると,日本国内は非難囂々だろうと思います。しかし,日本があそこまでもっていったということは,本当に,百年来,50年来の日本外交でしょう。とても能率のよい外交だと思います。
 
 テポドンについての状況のご説明は終えて,ごく一般的なことをお話しします。ロシアと中国はどうして制裁決議案に反対しているのかという問題です。

 北朝鮮国は,つい10年くらい前は「この国が崩壊したら大変だ。東西ドイツみたいに一緒にしたら,ドイツがかぶった以上のものを南がかぶって,とてもやっていけない」という見方が大方でした。金大中氏あたりの考えは「日朝正常化を先にやってもいい。正常化のお陰で北の生活水準が少し上がってきたところで,統一しよう」という虫のいい話を考えているようです。

 今まで「北朝鮮が崩壊したらどうするのだ」というところに注意が向いていました。ところが,中国が大きくなりました。あれだけ経済成長して大きくなって,お金に余裕が出てくると,地勢学的に考えても,やっぱり北朝鮮は自分の子分であった方がいい,と思っているようです。19世紀の清国と同じです。

 北朝鮮の面倒ぐらいは中国でみてやるという感じになってきました。19世紀に清国が宗主権を持って朝鮮が半属国だった時の状況に似ております。現に去年,北朝鮮はどうにもならなくなって配給を止めました。配給がなくなった時に国内の通行を自由にしました。人民が歩き回って食料を買って歩くようになりました。一種の自由化です。

 去年の夏ごろ,中国と北朝鮮の国境に行ってみた人は,北朝鮮の崩壊は近いという印象をもったと思います。人々は勝手に歩き回っていて中央の統制もないと言っていました。ところが,中国と韓国が援助をして,今年の1月から配給制を復活しました。それに伴って国内の交通も再び統制しました。

 北朝鮮の現体制が崩壊するのを,中国と韓国が救ってやったということです。特に北朝鮮には鉱物資源があるので,それに相当な投資をして,実質的には,中国が自分の影響下に入れているという感じです。ですから今度も,中国は北朝鮮にあまり冷たくもできないでしょう。一方,北朝鮮も中国しか頼る国はないという形ができています。こうした極東の情勢が固まってきたということです。

 ロシアは,いろいろ打算があって,独自外交の姿勢をとっています。ここでアメリカの言うことを聞いてしまったらカードがなくなるから,ここは中国とロシアは一緒だというカードも使いたいという計算で,アメリカが説得しても,なかなかイエスとは言いません。というようなところで,中国とロシアは一緒になってやっているのだと思います。