卓話


Fin Techは経済・金融をどう変えるか?

2016年8月16日(水)

日本銀行
決済機構局長 山岡浩巳氏


 フィンテック(FinTech)は、ファイナンスとテクノロジーを合わせた造語です。海外では日本以上に注目され、世界全体で数千といったフィンテック企業が金融分野に新規参入しています。

 フィンテック型サービスを分類すると、,泙此∧胴颪PayPal等、eコマースやスマホ等と結びついた決済サービス、⊆,法LendingClub等、インターネット上で資金をマッチングする金融仲介サービスがあります。また、AIやビッグデータ分析を使って顧客に合った投資戦略をスマホ等で提供するロボアドバイザーや、契約を自動執行するスマートコントラクト等も注目されています。

 フィンテックの新要素としては、.咼奪肇灰ぅ鵑竜蚕儡霹廚任發△襯屮蹈奪チェーン・分散型元帳、▲咼奪哀如璽進析やAI(ネットショッピングのポップアップ広告やポイントカードビジネスの顧客分析もこれらを活用)、今や金融サービスの主媒体となった「スマホ」の爆発的普及、が挙げられます。

 フィンテックの急拡大には時代的背景もあり、iPhoneの登場は2007年、ビットコインを提唱した「サトシ・ナカモト論文」は2008年でした。また、2008年のリーマン・ショック後、米欧では既存の金融機関への反発から金融への新規参入が歓迎されたこともあります。

 人類が経済社会を構築できたのも、金融という高度な情報処理の体系を作ることで、リソースを将来に向けた生産性・成長性の高い分野に振り向けることができたからともいえますが、情報処理の集積である金融が、情報技術革新の影響を強く受けることは当然とも言えます。歴史上も、金融の発展は情報技術と一体でした。金融の基本インフラであるおかねは、金属や紙の技術によって物理的媒体に価値を表し、空間や時間を超えた交換を可能としました。また帳簿や複式簿記も、情報の効率的な管理・共有を可能とし、近代経済社会の発展に貢献しましたが、複式簿記と金融業の発達がルネサンス期のイタリアでほぼ同時に生じたように、金融は帳簿や会計と強く結びついています。

 フィンテックは、おかねや帳簿という金融の基本インフラに情報技術を応用している訳です。従来の帳簿は、銀行や登記所といった特定の主体が集中管理してきましたが、ブロックチェーン・分散型元帳は、巨大な電算センターを作らなくてもインターネット環境で皆がパソコンやスマホで帳簿を共有できる技術であり、海外では不動産登記簿など幅広い応用が検討されています。この技術をおかねに応用したのが、ビットコイン等の仮想通貨です。

 フィンテックはとりわけ、銀行店舗等が十分でない途上国では、スマホ等の活用により送金等の金融サービスを一気に普及させる「金融包摂」の観点からも期待され、熱心な取り組みがなされています(一例がケニアのM-Pesa)。これは、ゲーム機という専用ハードを配ることなく、既に世界中に普及済みのスマホにアプリを配ることで一気に大流行した「ポケモンGO」とも相通じる所があります。途上国で金融包摂が進めば、従来は決済手段がないためにできなかったビジネス(通販、通信教育等)の発展にも寄与することが期待されています。

 フィンテックは、金融サービスを分解し、新たなサービスと結び付けています。例えば、UberやAirbnb等の「シェアリングエコノミー」は、社会の隅々から「空き部屋」等の遊休資源を探して需要とマッチングさせる情報技術によって可能となりましたが、この中でUberの配車と支払を同時に行うサービス等が提供されています。また、従来の金融は、プライムレートのようなサービスの「型」を作ることで発展した面がありますが、フィンテックでは「一人一台」の性格が強いスマホやビッグデータ分析を使って、各顧客に合わせたサービス提供が指向され、そうしたアプリの開発がビジネスの主戦場になっています。

 フィンテックには金融の構造を変えていく可能性もあります。従来、銀行は預金を基に決済と金融仲介の両方を行ってきました(これは、金融システムの主なリスクが「取り付け」であり、中央銀行が主に銀行に「最後の貸し手」機能を提供してきた背景でもあります)。しかし、フィンテック企業は預金に代わり、ITプラットフォームやビッグデータを核とする新たな範囲の経済を見出しており、グーグルやアップル、アリババ等の巨大企業が新たに金融に参入しています。スマホ経由のサービスはインターネットを通じてどこからでも提供できるため、金融サービスを巡る競争でも、店舗等の固定資本をどれだけ持つかよりも、グローバルなプラットフォームをどれだけ押さえるかが一段と重要になっています。一方、サービス提供者の物理的所在地による制約はますます希薄になってきており、このことは税の問題にも関わってくる可能性があります。

 金融規制面でも多くの論点があります。例えば、従来の規制は金融機関のバランスシートに自己資本規制等の制約を課すものが多い訳ですが、バランスシートを持たないフィンテック企業にはそうした規制は効きません。

 中央銀行との関係では、ビットコインなどの仮想通貨が注目されています。ビットコインが円やドルに交換されずにそのまま広く経済取引に使われていけば、金融政策の有効性が低下する可能性もありますが、今のところ、仮想通貨が信認あるソブリン通貨を凌駕していく可能性は低いとみられています。このことは、現在の世界が国民国家に変わる枠組みを見出していないことと裏腹とも言えます。すなわち、各国がそれぞれ信認のある中央銀行に一元的に信用通貨を発行させた方が、「マイニング」に電力等のコストがかかる仮想通貨に依存するよりも効率的ということです。もっとも、インターネットで自由にやり取りできる仮想通貨が登場している中、仮に中央銀行が信認を失えば、見捨てられるのも早いかもしれません(数年前のキプロスの資本規制もビットコインには無力でした)。 また、現金の搬送・保管コスト等が意識される中、中央銀行も現金に代わるデジタル通貨を発行してはどうかという議論もあります。もっとも、その場合銀行預金・貸出はどうなるのか等、多くの論点があります。

 中央銀行が一元的に発行しつつプライバシーは保護する銀行券は、―マネロン等の問題はあるにせよ―自由経済に貢献してきました。さらにビットコインは、発行者の面でも国や中央銀行の関与を受けない点が支持されています。一方、仮に中央銀行が自らデジタル通貨を発行する場合、設計次第では現金より集権的性格の強いものになり得ます。

 また、情報技術革新の下、人々はスマホ等で気軽に検索や買い物をし、SNSで情報発信できるようになりましたが、これらの情報を企業等が分析し、個人の属性を把握することも可能になっています。情報の活用とプライバシーをどう両立させるのか、また未来は分散化・集中化のいずれに向かうのかといった問題は、今後ますます問われるでしょう。  金融は歴史的にも、ルネサンス期の東西交易など新たな交流の中で発展してきましたが、フィンテックの潮流の中、金融機関とITやリテール企業等が新たな交流を行うことは、金融発展の好機です。同時に、金融は貸し手と借り手、支払人と受取人といった人々の繋がりの中に付加価値を生むものであり、「信頼」によって支えられています。この点はフィンテックも同じであり、仮にフィンテックの一部に問題が頻発すれば、人々はフィンテック全体に不信感を持ち、その発展自体が阻害されかねません。フィンテック発展には、「新しいビジネスへの挑戦」と「信認の確保」の両立が鍵です。

 この観点からは、フィンテック企業が高齢化等に積極的に対応することも重要です。多くの暗証番号を覚えるのは大変でも、フィンテックには生体認証等セキュリティに役立つ技術もあります。人々が「フィンテックは便利なだけでなく安全」と思えれば、その発展は大きく後押しされるでしょう。

 日本の金融機関は、重いインフラを維持しながら基本的な金融サービスを広く提供してきました。一方、情報技術革新やフィンテックは「重いインフラを自前で持つ」という発想の再考を求める面もあり、既存のインフラが不利に働く可能性もあります。しかし、今後、海外フィンテック企業がインターネット経由でどんどん参入してくる可能性もある中、インフラの見直しも含めた思い切った対応を行う上では、「情報技術を活用したサービス向上にはインフラの新陳代謝も必要」といった社会の理解も鍵です。

 日本にはグローバルなITプラットフォームを押さえるグーグルやアップルのような企業も、中国のアリババのように13億人の国内市場もありません。しかし、アジアには金融サービス発展の余地が大きい巨大市場があります。日本のフィンテックの発展には、海外にも輸出できるビジネスモデルを構築し、規模の利益を確保できるかも重要です。

 日本銀行も、4月に設立した「フィンテックセンター」の活動等を通じて、日本のフィンテックの発展が金融サービスの利便性向上や経済活動の活性化に繋がっていくよう努めていきます。

       ※2016年8月17日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。