卓話


ロータリー財団月間例会
ロータリー財団をもっと良く知ろう!

2022年11月2日(水)

RI第2地域担当
ロータリー財団地域コーディネーター補佐
盒玉仄氏(東京世田谷RC)


 今日はロータリー財団(以下、財団)の創設者であるアーチ C. クランフ(以下、クランフ)の話を通して、皆様に財団を好きになっていただき、ロータリーが財団を持っていることの大切さを知っていただきたいと思います。

 私はロータリー財団地域コーディネーター補佐(ARRFC)です。ARRFCは、RRFC(ロータリー財団地域コーディネーター)の補佐をして、RRFCが担当する地域の地区を手分けして担当します。皆様のクラブのある第2地域のRRFCは、第2760地区、愛知三州RCの服部良男さんです。その下に、現在、2名のARRFCが任命されており、私は、第2580地区、第2590地区、第2610地区、第2750地区、第2780地区を担当しています。

 1917年、クランフは、「世界で良いことをするために基金をつくるのが極めて適切であると思われる」とジョージア州アトランタで開催された第9回ロータリー年次大会で演説しましたが、なかなか賛同されませんでした。

 クランフは1869年、ペンシルバニア州のカヌートビルで生まれ、その後、エリー湖沿いの工業都市クリーブランドに移りました。彼は苦しい家計を助けるために12歳で退学し、雑貨店で週給3ドルで働き出しました。10代だったクランフの率先性と組織力に感心したクヤホガ材木会社が日給1ドルで雑用係として採用すると、彼は並外れた能力で、どんどん出世していき、1898年、29歳でこの会社の社長に抜擢されます。そして1912年には単独オーナーになり、会社はアメリカ中西部の建材事業の大手に成長しました。

 そして、クリーブランドロータリークラブの創立会員となります。第4代目の会長を務めて手腕を発揮し、1914年には、国際ロータリー(RI)の前身である国際ロータリークラブ連合会の理事に、1916-17年度には会長に47歳で就任しました。

 クランフにはロータリーに対する大きな功績があります。
 クランフは、全ロータリークラブの標準定款を起草する委員会の委員長として、地区を分割すると言うコンセプトを生み出し、地区ガバナーの役職を創設し、年次地区大会のプランを立案しました。今のロータリーの組織の元を作ったのはクランフであり、ロータリーにとって大変重要な役割を果たしたのです。

 財団設立に向けてクランフは大変苦労しました。スピーチをした1917年当時、ヨーロッパで第1次世界大戦の戦火が激しくなっていた時期で、「財団はクランフのたわいもない夢だ」と述べる人たちがたくさんいました。それでもクランフは必死になって自分の思いを理解してもらおうと頑張りました。

 最初の財団への寄付はカンサスシティRCからの26ドル50セントでした。当時、年度の終わりに会長に記念品を差し上げることを慣例とするクラブがあり、このクラブも会員からお金を集めて、クランフへのプレゼントを買いました。お金が少し残ったため話し合い、「クランフがあれだけ言っているのだから、寄付すればいい」と、当時アーチ・クランフ基金と呼ばれていた財団に寄付したのです。

 1928年、この基金がロータリー財団という名称になりました。クランフは長い時間をかけて財団を育てました。初代の管理委員長に就任すると、5年間、基礎作りに没頭しました。この段階でもまだロータリーのトップリーダーの一部には財団を解体させようとする動きがあったようです。でも、彼は財団を守り抜きました。第二次世界大戦によって世界中が苦境に陥った中でも、クランフは財団の最も忠実な擁護者であり続けました。

 クランフのこんな言葉があります。「われわれはこの財団を、今日明日の時点ではなく、何年何世代の尺度で見つめるべきです。なぜなら、ロータリーは幾世紀にもわたる運動だからです。」

 ロータリーが簡単に終わってしまうものではなくて、ずっと必要になるものだとクランフはわかっていたのです。そのための財団の必要性を彼は訴え続けました。

 国際ロータリークラブ連合会のクランフの次の会長を務めたレスリー・ビジョンは、「いつかロータリーの歴史が書かれるときアーチ・クランフの名は、その歴史と組織の発展において偉業を成し遂げた人物として重要な位置を占めるであろう」と言っています。このようにクランフを認め応援してくれた人もいました。

 財団では、1947年と1951年に大きな出来事がありました。
 1947年、ロータリー創設者のポール・ハリスが亡くなり、1951年にクランフが82歳で亡くなりました。ポール・ハリスの逝去後、「追悼は献花ではなく財団への寄付を」というハリスの意思がロータリアンに向けて発信され、世界中からたくさんの寄付が集まりました。お二人が亡くなって寄付が集まったことによって財団の今の基礎ができたと言ってもいいと思います。

 ロータリーは財団を設立したことにより、ロータリーの新しい一歩を踏み出すとともに、いろいろな可能性を実現する手段を手に入れることができました。

 財団がなかったら、今ロータリーはどうなっていたでしょう。地区のRLI(ロータリー・リーダーシップ・インスティテュート)で私はディスカッションリーダーを務めており、財団のセッションの際に同じように皆さんに尋ねています。

 一番多い回答は、「ポリオがここまで根絶されていなかったんじゃないか」です。次に多いのは「これだけインターナショナルな組織になっていたかどうかわからない」、「世界中でこれだけいろいろな奉仕活動ができていたかわからない」。そして、「財団がなかったら、ロータリーはもうなくなっていたんじゃないか」と言う方もいらっしゃいました。多くの方が世界中でいろいろな奉仕活動ができていなかったのではないかと感じるようです。

 さて、財団をRIの一部と思っている方がいますが、組織は全く別です。どちらもイリノイ州の州法に則って登記された非営利法人ですが、運営面でも違いがあります。

 RIは皆様からの会費、人頭分担金で成り立っています。財団は皆様からの寄付の運用益で成り立っており、お金の出所が大きな違いです。

 そしてRIは理事会が運営し、財団はロータリー財団管理委員会が運営をしています。現年度のロータリー財団の管理委員会の委員長はイアン・ライズリーさんです。バリー・ラシンさんがエレクトで、どちらも1年ごとに交代していきます。そして、4名の元RI会長を含む15名の財団管理委員と事務総長によって運営されています。ここで財団の骨子が検討され決められていきます。

 11月はロータリー財団月間です。財団委員長はこの1ヶ月は大変な思いをされるのではないかなと思います。こちらの第2580地区では、本年度は地区寄付目標が提示されていません。先日、その理由を嶋村ガバナーにお聞きすると、「寄付目標があるから寄付をするのではなく、皆様が温かい心をお持ちならばそれを寄付で示していただければいい」とのお考えでした。

 ちなみに私ども第2750地区では次のような目標を立てています。会員1名当たり、年次基金150ドル、ポリオ寄付が30ドル。ベネファクター(恒久基金への寄付が1000ドルに達する寄付者)を各クラブ1名、会員が100名以上のクラブは2名以上お願いしています。これは地区によって様々ですが、日本に3人いるRRFCで打ち合わせをし、それぞれの地域の目標を掲げています。これらをベースに、皆様のお気持ちでご寄付を頂戴できればありがたいと思っています。

 第2580地区の3年間の寄付実績を見ますと、増加し続けており、昨年は98万1570ドルを達成しました。今年度は100万ドルを超えるのではと予想しております。

 安定的に寄付を増やしていただく方法としてポール・ハリス・ソサエティ(PHS)があります。毎年1000ドル以上を寄付してくださる個人を認証するもので、10年続けていただければメジャードナーになれます。当地区のPHSの会員は100名を超えました。一つの方法として推進していただければと思います。

 「また寄付か」、「寄付は強制的に取るものじゃぁないよ」、「ロータリーは寄付ばかりだなぁ」と言った声を耳にすることがあります。でも、ロータリーは皆様からの寄付を有効に使って、世界の平和を目指して、世界中のロータリアンが立派な奉仕プロジェクトを行なっています。言い換えれば、寄付をすることは、間接的に世界中の奉仕プロジェクトに参加していることになります。私たちは、ロータリアンです。ロータリアンの目指す心は一つです。寄付は世界の平和を目指しているロータリアンとしてのあなたの心です。 最後に、財団管理委員長であるイアン・ライズリーさんがRI会長だった時、『ロータリーの友』11月号に書いたメッセージを読みます。

 親愛なるロータリアンの皆さま、ロータリー財団は、クラブにとっては多くの点で目に見えない存在です。財団は、私たちがクラブや地区で毎週行なっているほとんどのことに直接関わっていません。しかし、クラブにとって財団の存在が見えないのは、建物の中にいる時にその建物の土台が見えないのと同じことです。見えないからと言ってクラブを支えていないわけではないのです。

 ロータリーのポリオ撲滅への挑戦を可能にした財団は、ロータリーの奉仕の土台です。26ドル50セントの最初の寄付以来100年間、財団はロータリーの奉仕を支え、強化し、私たちの大きな望みを実現可能にしてきました。今日、ロータリーがこのような組織でいられるのも、財団があればこそです。財団のおかげでロータリアンは大きな望みを持ち、その実現のために努力すれば不可能なことはほとんどない、と確信できるのです。

 私は18年間、地区で財団に関わり、その後3年間、ARRFCの仕事をし、トータルで20年以上、財団に関わっています。ですから私は財団のことがとても好きです。この思いを皆様にお伝えし、皆様にも財団を好きになっていただけたらと思います。


      ※2022年11月2日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。