卓話


検察のこと(含む日本の犯罪情勢),インテリジェンスのこと

2010年8月25日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

弘中総合法律事務所
弁護士 大泉隆史氏 

1. 検察とは,古くは検非違使といわれた職務です。その職務は,国家刑罰権を行使して「非違(法に外れたこと)」を検べる役人という意味では,今もその役目は変わりません。

 その責務は,国民生活の基盤である法秩序を維持し,安全,自由,公正な社会の実現というサービスを提供する事であり,私は業種的にはソフト産業と考えています。

 各国の司法の世界で,裁判官と弁護士は大体どの国も似ていますが,検察官には様々な形があります。

 日本の検察の特徴の一つに捜査を重視するということがあります。普通,各国の検察は公判活動を中心にするのが多いのですが,我が国の検察は,真相解明の為,自ら取調等の捜査をすることが特徴的です。

 例のロッキード事件では,ロッキード社にからんで世界中で様々なことがありましたが,正式に起訴して,裁判にもちこみ,最終的には元総理大臣の起訴にまで繋がった形で処理したのは,他国に類のないものでした。

 それを支えてきたのは,検察の捜査重視という伝統であったと思います。

2. 検察はあらゆる刑事事件の起訴・不起訴を決定する権限(公訴権)を持っています。最近は,検察審査会が強制起訴をする権限を有しますので検察が公訴権を独占しているとは言えませんが,基本的には検察が起訴・不起訴を決定することに変わりはありません。

 事件の捜査・処分等を適正に行うために,検察は,広範な捜査権,警察等捜査機関に対する指揮権も持ちます。また,最近では,法執行機関である公正取引委員会,証券監視委員会,国税局,海上保安庁,入国管理局などとの協力関係を強化することも必要になっています。

 実際の捜査や処分の結果を見てみますと,現実に起訴されるのは35%位です。

 犯罪があると認められるが,反省や被害弁償などがあるので,起訴するまでもないという不起訴(起訴猶予)は52%です。

 罪が成立するかどうかが微妙であり,有罪と確定できない場合に嫌疑不十分という理由で不起訴にするものが10%弱です。少年の事件は家裁送致という処分があります。

 不起訴,なかでも起訴猶予が多いのは,検察が謙抑的かつ慎重に事件を処理している証拠だと言えるでしょう。また,起訴された案件の有罪率は99%という状況ですが、裁判官と同じ教育を受けた検察官が慎重に決めた起訴処分は妥当なものであり,不起訴にした案件への判断もまた概ね当を得たものであると言えると思います。

3. どんな事件でも,細かい証拠物の点検のなかから,様々な犯罪に関するメモとか,お金の動きの資料とかを見つけ出します。

 私はロッキード事件の前に,航空機疑惑のダグラス・グラマン事件の捜査班に加わりましたが,その班で,ダグラス社の様々な資料の中から,不審な金の動きを見つけて,同社から日本の政治家への5億円献金の事実を解明したことがあります。まさに丹念で緻密な捜査の結果でした。

 検察官は,企業会計,税務,為替などについて,一定の知識を持っていなければなりません。特に近年増えている経済犯罪,ハイテク,ネットワーク利用の犯罪,それらの組織犯罪にも対応できる能力が必要です。

4. 最近の世論調査などによると,国民の8割以上の人が,我が国の治安が悪化していることに不安を抱いています。

 先般の秋葉原での無差別殺人や,知らない相手から突然自宅に電話がかかってきて大金を騙し取られる振り込め詐欺などは,大変に心配なことです。ひったくりなどの街頭犯罪も多発しています。

 安全な社会の提供という観点から言うと,法執行機関全体が努力すべき状況にあると思います。

 そこで,犯罪の検挙率ですが,昭和50年代は60%位検挙できているといわれており、日本は世界一安全な国と自負していました。それが平成13年頃には20%位にまで落ちました。平成19年で大体30%位です。実際には,犯罪を犯した人間の実数は分かりません。ですから,検挙率というのは,犯罪があったことを認知した数と,犯人と思われる人物を検挙した数との割り算した数に過ぎません。一定の傾向を反映しているとは思いますが,3分の1しか検挙できないのは大きな問題です。

 捕まらない者の多くは再犯をします。犯罪を犯しても捕まらないことが誘因になって,前科のない者が新たに参入して犯罪を犯すこともよくあります。

 犯人が捕まらないと,犯人の国籍,年齢,性別,特徴などが全く分からないので,対策の立てようがないという問題が起こります。

5. 昔から「検挙に勝る防犯なし」と言われていますが,全くその通りで,しっかりと犯人を検挙できるようにし、検挙率を向上させるのが大きな課題です。

 そこで言われるのが捜査権限の強化です。我が国では,捜査の為の通信傍受は要件が厳しく、非常に限定された範囲でしか活用できません。外国のような司法取引の制度も認められていません。法改正で,これらのことが欧米並みになってほしいと思います。

 より広く言えば国民参加型の総合的防犯対策が必要であり,国民の間にも防犯意識がかなり高まってきましたが、今後一層国民参加型の町の安全,町内会の安全を実践できる環境づくりが大切です。

 アメリカの例ですが,少年犯罪は夜中に起きる確率が多いことに着目した住民が,夜間の体育館を解放して,ミッドナイト・バスケットボールを開催し,不良少年たちに目標と自信を与え,互いに楽しみ,認め合う関係を作り上げ,犯罪を減らす効果を上げました。

 世の中は,息もつけないような正義感よりは,少しゆとりのある雰囲気で社会の安全を守っていくやわらかな正義感の方がうまくいくような気がします。

6. 私は,最高検の部長時代に,中国と日本の刑事法の学者が交流して中国の武漢大学で開いた刑事実務研究会に参加したことがあります。

 私がロッキード事件を担当した検事であることを知った中国の聴衆から「貴方は日本の最高権力者を有罪にもちこんだのに,何故,最高検の総務部長をやっていられるのか」と尋ねられました。

 権力者は処罰されないという中国の常識が図らずも吐露されたということで,ちょっとびっくりしました。今後とも,中国との捜査協力などでも,そういった感覚の違いが随所に出てくるだろうと思います。

7. 話をもう一つの話題である「インテリジェンス」に進めます。

 私は,公安調査庁長官として平成16年から18年の約3年間,総理大臣に対して公安情勢についてのインテリジェンス・ブリーフを40回位やりました。

 情報収集には,通信の傍受,データ通信の傍受など,様々な方法があります。公安調査庁では,ヒューミント,すなわち,組織内外の人からの情報を収集・分析する方法を中心にしています。

 アメリカがイラク進攻を決めた時に,当時のCIA長官がブッシュ大統領に「イラクに大量破壊兵器があることは間違いない」と伝えた,いわゆるスラム・ダンク発言が,後に問題になりましたが,これは最終的に政策を決定する最高責任者が望んでいる方向での情報集めが原因です。

 このスラム・ダンク発言事件は,ありのままの事実を報告すべきなのに,リーダーの意向におもねって,都合のよい情報だけを伝えたよくない例として挙げられます。

 イギリスでも「イラクでは,45分以内に大量破壊兵器の実戦配備ができる」という報告が内部から上がったといわれています。これも戦後の反省材料に挙げられました。

8. インテリジェンスの重要性について,アメリカの対応をお話ししますと,大統領は毎朝,情報機関の長のレクチャーを受けています。日本に来られた場合でも,大使館で必ず,在日の情報機関のトップのブリーフを受けています。その中身は世界中の情報です。

 私の在任中には,小泉首相にもご報告の機会がたくさんありましたが,気さくに対応してくださる首相でした。

 忘れ難いのは中曽根元総理のことです。ある時,話を聞きたいからという要請があり,お伺いしたことがあります。2枚ほどのペーパーを用意して,東アジアの情勢,朝鮮,中国,ロシアなどと日本の関係などについてご説明しました。

 中曽根元総理は、私がお渡ししたペーパーに、私の説明をびっしりとメモ書きされました。そして,最後に「今まで,どうして,これとこれが同時に起きるのかが分からなかったが、長官の話を聞いて,みんな繋がって,よく分かった。どうもありがとう」とおっしゃってくださいました。私はその意欲と熱心さに,たいへん感銘を受けました。

9. 話が変わりますが,中国の情報機関やシンクタンク,海外に行く様々な学者たちは,ものすごい勢いでアメリカに浸透しています。アメリカの研究機関の中には,中国から資金を得て研究している機関も多くあります。発表されるレポートが中国に有利なのは当然です。我が国も他国のアグレッシブな様子を,手をこまねいて見ていてよいものか,気になります。

 公安調査庁は余り目立たない組織ですが,OBの一人として,今後とも皆様のご理解ご支援を得て,よい仕事をしてほしいと思っています。