卓話


日本から見たアメリカ予算編成

2017年8月9日(水)

早稲田大学
教授 中林美恵子氏


 今朝TBSの「ひるおび!」から、トランプ大統領がフェイスブックに上げていた動画について問い合わせがあり、電話で解説をさせていただきました。「リアルニュース」という2分に満たない短いニュース番組で、トランプ政権が始まって以来どんなに景気がいいか、雇用がよくなったか、株価が上がったかなど、自分のお手柄にできるようなことを紹介した動画です。アメリカでは今、大統領とメディアが、日本から見る以上に熾烈なバトルを繰り広げています。今、大統領は夏季休暇中ですが、メインストリームのメディアには、最初は取らないと言っていた休暇を17日間も取るということで非難されています。そのほかオバマケアの代替案や一部廃止案もつい先日の議会で否決されてしまいました。あれもできない、これもできない、北朝鮮も八方ふさがりだと、いろいろいわれています。だったら自分でいいニュースを発信しようということだったのでしょう。また、大統領の支持率がここへきて下がっています。そこをつなぎ止めるためにも、大統領がどんなにいいことをしているかをアナウンスしたかったに違いありません。

 一方で、大統領は、本来であればメディアと丁々発止の対立をするのが仕事ではありません。大統領の仕事は政策を前に進めることであり、選挙で約束したさまざまな国の方向性を実現することです。それにはどうしても立法作業が必要になります。政策は予算がなければほとんど実行することができません。そして予算を決めるのは議会です。私も最近『トランプ大統領とアメリカ議会』(日本評論社)という本を出した中で記述しましたが、米国の政策、特に議会と大統領との攻防が、実はアメリカ政治を見る上で一番のポイントになってくるのです。

 9.11以降、アメリカはどんどん変わっています。私が慣れ親しんだアメリカとはいろんな意味で大きく変化しています。永住権をどれくらい与えるかや移民の問題などに関して、大統領だけでなく、行政府、そして一般の方々の認識、理解がかなり違ってきています。予算委員会での私の上司は、ピート・ドメニチ上院議員という、大変古参の、ワシントンでは「予算男」といわれた予算のエキスパートでした。彼の下で仕事をさせてもらったことが非常に大きな財産になっています。予算教書というのは、分厚い電話帳が何冊も積み上がるようなものなのですが、その分析をする私たち公務員は、「ビーンカウンター(豆を数える人たち)」と冗談半分に呼ばれていました。私も10年間、毎日律儀に豆を数えていました。当時は非常にアットホームなアメリカの良い時代でしたが、最近は外国とのコネクションがあるだけで疑われるような状況になっていますので、外国籍の公務員はもう議会では存在し辛い存在だろうと思います。

 さて、トランプ大統領の予算がなかなか進んでいない理由の一つに、行政府のトップ人事が進んでいないことがあります。ナンバー2もまだ決まっていない省庁さえあります。そしてオバマ政権時代の残党の人たちが行政府にいるので、政府側からの情報のリークも見られる状況になっています。

 トランプ大統領は、2月28日の一般教書演説から5月23日の大統領予算教書を提出するまでは、なんとかかんとかいろいろなことを発信し、減税法案についてもアイデアを出しましたが、これ以降予算関係では何も成立していないのが実態です。トランプ大統領の現在のイメージは負け犬という揶揄も飛び出し、立法能力に大きな疑問符が付き始めています。国内・経済政策について見てみると、オバマケア廃止・代替法案がうまくいっていない。30年ぶりの大型減税もうまくいっていない。1兆ドルのインフラ投資も予算部分が決まっていない。そうした積み残しに加えて、政府債務の上限の引き上げがこれからどうなるのかというところが、今後夏の終わりから秋にかけてのトランプ大統領と議会の攻防を見ていく上で、最大のポイントになっていくだろうと思います。

 債務上限は非常に微妙な状況になっています。今、約20兆ドルの上限がつけられていますが、3月にはすでにこの上限に達してしまって、アメリカは新しい借金ができない状況になっています。そこで会計操作、たとえば退職金、特に公務員の退職金などでプールしたお金などを一時的に借りてしのいでいますが、最近ムニューシン財務長官が、議会に宛てた書簡の中で、債務上限引き上げ法案を9月29日までに通さなければ、アメリカはデフォルトを起こしてしまうと指摘しました。

 アメリカ予算編成を日本から見た意味ですが、実は、万が一にでもデフォルトが起こると、世界中の経済、景気に打撃を与える可能性がある点です。さらには長期的にドルが暴落する可能性も否定できないという状況になってきます。そうすると日本経済にとっては、円の安定性にもかかわってきます。日本の会計年度は4月1日からですが、アメリカは10月1日から始まります。これから秋にかけてアメリカの予算編成の本格的な攻防が始まると、私たちにとって目が離せない時間が始まるわけです。

 予算の約3分の1に当たる裁量的経費については、12本の歳出法を毎年9月末までに通す必要があるのですが、今年は下院が変則的に「ミニバス法案」と呼ばれる手法で、12の法案をばらばらに審議しないで、たとえば国防総省の経費、立法府の経費、エネルギー・水資源開発に関する経費、こういった複数の歳出法案を1本にまとめて通すという試みを始めました。上院では現在大きな疑問符がついてしまっていますが、これが7月28日には下院で成立しているのです。下院がこの試みを始めたのは、共和党の大統領と共和党の議会(統合政府)なのだから、予算編成ぐらいスムーズに進められなければ、国民に申し訳が立たないし、ましてやガバメント・シャットダウン(政府機関の閉鎖)などを起こそうものなら、来年11月の中間選挙にも大きく響く―という心配が背景にあったといえそうです。

 上院も下院もすでに夏休みに入りました。会期の始まる9月4日に議員が戻ってくるとして、日程を逆算すると会計年度が終わる9月末までに12日間くらいしか採決できる日がないといわれています。大変なことです。今の議会は、夏休みの宿題ができない子どもたちのような状況になっているということです。

 下院で通過したミニバス法案ですが、上院では何が反対理由かというと、メキシコ国境での壁の建設費約10億ドルや、国防費で現在の上限を超える金額が計上されていることなどです。そういった歳出が実は民主党の賛成を得られていない、つまりフィリバスター(長時間演説を続けて審議をストップさせる上院の院内ルール。阻止するには議員100人中60人の賛成を得なければならないが、民主党と民主党寄りの議員48人が反対している)を止めることができない状況になっており、上院ではミニバス法案採決の日程さえも組まれていません。日本の国会ではめったにないことですが、アメリカでは暫定予算という形で歳出をつなぐ場合がよくあります。暫定予算は、会計年度に予算編成が間に合わなかった場合に、前年度の歳出レベルでつなぐことです。万が一暫定予算さえも議会を通過しなければ、ガバメント・シャットダウンということになります。そうした予算編成の攻防が、今年の年末まで続いていくのではないかと見ています。

 駆け足でお話をさせていただきましたが、これからトランプ大統領がどういう政権運営をしていくかは、議会の運営をどれくらい牛耳ることができるかにかかってきます。ホワイトハウスの中で内ゲバをしている場合ではありません。そして政治指名職も猛スピードで承認をしてポジションを埋めていかなければ、議会と各省庁との予算折衝もうまくいかなくなります。同時に共和党議員たちの間で合意形成を図る必要があります。

 実は来年の11月に中間選挙があります。おそらくこれからアメリカ議会は中間選挙のモードに入っていくでしょう。この中間選挙を目指して議会の中のあらゆる攻防が行われていきますが、私が一番心配しているのは、共和党が変質してしまわないかということです。民主党はどちらかというと保護貿易を主張してきた政党ですが、共和党は自由貿易を提唱してきた政党です。トランプ大統領のような、もともと必ずしも共和党のインサイダーでなかった人が大統領に当選し、選挙で保護主義を謳うと票が取れるということが証明されてしまった今、共和党からトランプ氏がいなくなっても、それを引き継ぐ人が出てきて選挙で力を伸ばしていくと、共和党が変質する可能性があります。共和党が変質してしまうと、両方の党が保護主義を選挙戦で訴えることになります。これはアメリカの変質を意味します。

 私を包んでくれた素晴らしい上司や仲間たち、彼らメインストリームの人たちが、再びいいリーダーシップを発揮できるような環境が整えば、また違った方向性が見えてくるかもしれません。ただし、来年の中間選挙を注意深く見てみなければ、まだまだわからないことが多いと思います。各界で活躍されるリーダーのみなさま方の目で中間選挙を分析していただきたいと思いますし、共和党の内部での変化というものにも、ぜひ着目していただきたいと思います。


         ※2017年8月9日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。