卓話


ロハスから懐かしい未来へ 

2007年4月4日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです

月刊ソトコト編集長
小黒一三氏 

 30年前に,雑誌の編集者として,いろいろな取材をして,ヨーロッパのクリエイティブな人たち,カルチャーをつくっている人たちの旅先を聞くと,アフリカやアマゾンであったりブータンであったり,いわゆる秘境といわれている所が多いことに気がつきました。 私はアフリカにもアマゾンにも行きましたが,私にとってのアフリカは後進国ではなく先進国ではないかと思っています。

アマゾンはすごく湿気が高く,まだカオスのなかにあります。アマゾンとアフリカの間に,我々の国のような資本主義の先進国があり,アフリカはスターウォーズに描かれた未来の姿の乾いた土地ではないかと思います。

 だから,砂漠の真ん中で哲学する人もいますし,世界の宗教はすべて砂漠から生まれたといわれるぐらいに,実は学ぶべきことが多々あるのではないかと思って,何度か通ううちに,ついにアフリカにホテルまで造ってしまいました。場所は,ナイロビからセスナで1時間ぐらい飛んで,サバンナの真ん中の,マサイ・マラという所です。

 当時38〜39歳だった私は,若さで頑張って造るまではやりましたが,造った後が大変でした。回りのロッジの経営者はケニヤ人ではなく白人の方々です。しかもビジネスチャンスの多くはインド人が押さえています。ホテル経営の経験がない私は大変苦労しました。 サバンナはマサイの聖地ですから,マサイは動物と共存しています。

 ケニヤの定住化政策で,牧畜をやっていたマサイの人たちは農耕民にならざるを得ません。慣れない農業でせっかく作った作物を象やキリンが食べに来ます。マサイのおばさんたちが,それを,ホウキをもって追っかけまわすという光景が繰り広げられました。

これを見た,ロッジの経営者同士で,「国立公園の中からマサイを排除しようか」という会議がもたれました。

私はどうしても,マサイを排除する方向に手を挙げられません。私のアフリカへの興味は,実は少年ケニアの心です。アフリカの猛獣が棲んでいる所にマサイの人が共生するところがすばらしいのです。

白人の人たちは自分と動物の関係で,ものをみようとします。このままいくと,国立公園から動物たちがマサイの奥さんたちに追い払われるので,将来20年もすれば,動物たちは居なくなるのではないかと思います。

そういう決議がはかられている時に,白人の排他的思考にも気づきましたし,私なりに環境問題に対するアプローチが必要だという思いに至りました。

 日本人には、私たちは自然の一部であるという考えが、なんとなく身に染みています。私は環境原理主義といっていますが、企業が悪で、市民が被害者であるという対立構造で環境問題を考える時代ではないと思います。

 『ソトコト5月号』は,エネルギー特集でヨーロッパ各国の状況を扱いました。フランスは原発賛成。ドイツは原発廃止。原子炉を解体するまで20数年かかるそうですが,それでも廃止する。しかもエネルギーは原発で作ったフランスから買うというのです。

私は,この記事で何を問いたいかといえば「日本のエネルギー問題を自分の事として考えたことがあるのか」ということです。簡単に原子力反対といっても,では電気はどうするのか…。

要するに自己の問題として考えるべき時代になったのではないかということで『ソトコト』のような雑誌を造ったわけです。

この雑誌を創ったのは8年前です。当時,私が取り組みたい最大のテーマは環境問題でした。それまで,環境問題を正面に据えた雑誌はありませんでした。当時の関心は,ISOの取り方とか,総務や広報の担当者が仕方なく読んでいるような内容のものでした。

私にとっての環境問題というのは,そんな後ろ向きのことではなくて,飽食の時代,衣服もそこそこオシャレになっている時代,情報も十分に享受している時代に,問われるのは「どのくらい,きれいな心でいられるか」ということを求めることだと思います。

 環境というのは,ファッションや音楽と同じように,新しいセンスが問われるということなのだということを,若い人たちに理解してほしいという思いで『ソトコト』を創り出しました。『ソトコト』は,アフリカのバンツー族の言葉で「木陰」という意味です。

ご理解がいただけなくて,最初の3年ぐらいは,売上がなかなか伸びませんでした。

ある時,イタリアに「スローフード」という運動があることを知りました。1982年にカルロ・ペトリーニというイタリアの食運動家が,ローマにマクドナルド第1号店ができる時に,「子どもたちかマクドナルド漬けになって,ママの味を忘れてしまう」ということで開店反対運動を起こしたのがきっかけです。

よくよく調べてみますと,スローフード運動は哲学なのです。イタリア人は,チーズにしてもハムにしても地方地方で,みんな自分の所のものが一番だと自慢するお国柄です。

イタリアには,民族の多様性を認めるような風土があって,それを基盤にした,新しい食運動がスローフード運動だったのです。

これを『ソトコト』で取り上げましたら,非常に手ごたえがありました。環境問題というと,ダイオキシンとか環境ホルモンとか,化学物質にスポットライトが当たっている時期でしたから,一般の市民は,我関せず…になってしまいます。

ところが,食の安全,安心。それから,未来の子孫にどういう環境を残すのかというところで語られると,伝わると思いました。

スローフード運動を特集したのは,34〜35歳でお子さん1人か2人ぐらいある女性のためだったのですが,実際に女性読者が増えてきました。女性は,環境に対しても新しいことに対しても理解が深く熱心だということが分かりました。

スローフードというと,どうしても「ゆっくり」とか「食べ物」ととられがちなのですが,ひとつの新しい思想であるととらえる,何か別のいい言葉がないかなと考えていた時に出会ったのが「ロハス(LOHAS)」という言葉です。LOHASとはLifestyles Of Health And Sustainability。地球環境保護と健康な生活を最優先し,人類と地球が共存共栄できる持続可能なライフスタイルと,それを望む人たちの総称です。

1998年に,ポール・レイというアメリカの社会学者と心理学者のシェリー・アンダーソンが,十数年の間,10万人以上のアメリカの消費者層を調査して,伝統派でもない革新派でもない,全く新しい消費者層が生まれていることを確認しました。新しい文化を作る人たち(Cultural Creatives)とよばれる環境や健康への意識の高い人たちです。『ロハス・マガジン』という本も発行されています。発行元のボルダーはロッキー山脈の山懐にあります。

 ボルダーはリタイヤしたアメリカ人が住みたい都市のベスト3に入っているような場所だというので,早速,取材をしてみました。

ボルダーの市内は歩行者優先です。税金は市内に広場を造るためにどんどん投入されています。当然に土地が値上がりします。しかし行政と市民がいい関係で,新しい暮らしの実践をしている場所でした。

毎年『ロハス・マガジン』は会議を開いて,ロハス的発想のベンチャーとベンチャーキャピタルの出会いの場を提供しています。

ボルダー市にナチュラリーボルダーというシンクタンクがあり,市長さんは44歳,最大のテーマは,オーガニック系のホライゾン・ミルク,セブンス・ゼネレーション,ライディス・オーガニックベーカリーなどの有力なオーガニックメーカーの集積です。その時代の,ひとつのキーワードのもとに,地域の産業を起こすという政策です。

ナチュラリーボルダーに参加している会社の経営者は社会変革の事業家ということで,社会起業家とよばれています。

 うちのホテルは,マサイの人たちに,時間を区切って,水を分けてあげたり,出産まぎわの妊婦を車で病院に運んであげたりしています。地元に小学校も造りました。それらの故でしょうか,私も社会起業家に加えられ,まことに驚いています。お陰で経団連の自然保護協会のご支援を得て,機械に頼らず人の力だけで,地元の道路づくりを進め,その名に恥じないよう努力をしています。

マサイで,竈を作っている日本人の女性がいます。井戸を掘っている青年もいます。このような日本古来の技術こそが,アフリカのような所に役立つのではないかと思います。日本も,「ロハス」というキーワードを,場面場面で使って,新しい時代を創っていけば,益々よい国になると思います。