卓話


民主党政権と日本経済の展望と課題

2010年8月4日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

千葉商科大学
学長 島田晴雄氏 

1.はじめに
 昨年夏の選挙で民主党が大勝しました。国民は大きな期待を持って,民主党を迎えたのですが,今年の7月11日の参議院選挙で大きく後退したため,国会の議席分布は厳しいねじれ国会となりました。

 日本経済は,財政難や競争力の劣化で,深刻な状況に陥っています。なかでも最も不足しているのは,財政再建や成長戦略や社会保障などの基本問題についての根本的な政策論議です。政局も混乱要因ですが,基本政策の議論と理解不足が続く限り,日本経済は再生への展望を持ち得ないと思います。

2.民主党政権への期待と現実
 民主党はスタートしてほどなく国民に大きな疑問と失望を与えました。
 第一は,国民新党,社民党との連立によって,経済政策と安全保障を小党が引きずり廻すという異常事態になりました。第2に,鳩山さんと小沢さんの不透明な政治資金問題の浮上です。第3は,普天間基地の問題です。私はかつて沖縄問題委員長をやりました。70数回も沖縄に行き,アメリカの国防省にも行きました。本当に苦労したと思っています。そういう思いからすると,鳩山さんはできない約束をして結局は,沖縄の人の心情をずたずたにしました。アメリカの信頼も失ったと思います。

 私は,もう黙って見ているわけにはいかないと『日本の壊れる音がする−今なら,まだ間に合う!』という本を書きました。あと8日間,鳩山さんが頑張っていてくれたら,この本は空前のベストセラーになったと思いますが,発売の8日前に辞任という成り行きになったのが残念でした。とはいえ,本書の刊行は国益に貢献したと思います。
 私たちにとって深刻なのは,この政権が経済計画なしでスタートしたことです。普通は政権を取ったら,直ちに短期経済計画,中期経済計画,財政再建計画,成長戦略を作るのですが,現実は政治主導と称して練達の役人を排除しての作業では何の成果もなく,1年近く過ごしました。これが第4の問題です。

 マニフェストに書かれている思いは,理解できます。つまり弱い者を救おうという思いなのですが,実は,最も救われねばならぬ人たちを被害者にしてしまうという逆効果政策でした。

 現在の派遣労働者制度を制限することが論議されていますが,そうなると企業は競争条件の不利なそうした人々を雇わなくなるので,最も被害を受けるのは現実に派遣労働者として生活している人たちなのです。子供手当は,子供を育てるための支援なのか,消費刺激なのかがはっきりしません。消費刺激策なら対象家族900万世帯に対して,他の4,000万世帯がそのコストを負担して現金を支給する不公平感は否めません。子供を育てるための支援なら保育所を充実し,サービスを自由化するなどの方法で支援する方法がある筈です。

 公立高校の授業料無償化にも問題があります。バラマキでなく,本当に困っている学生だけの支援にすれば,効果的で予算も少なく済みます。

 農家の戸別保障も問題です。現在の日本で,米作専業農家は36万軒,兼業農家は200万軒です。そろそろ止めようかと考えている兼業農家に補助金の話が出てきました。結果として,農業はどんどん劣化していくことがお分かりですか。

3.日本経済を劣化させる経済政策
 郵政のトップ人事では,駄目だと言っていた元官僚を選び,預け入れ限度額も2千万円に増額するといって世間を驚かせました。

 郵便局の問題は,年金とか郵便の話ではなく,2百兆円に及ぶ郵貯の莫大な資金を効率的に使うかどうかという問題です。

 2百兆円というと,日本のメガバンクを3つ足したと同じくらいの額です。この金が不良組織とか非採算部門に使われたら,真剣に効率化に努力している世界の状況とは逆行することになります。

 国債の発行額も気になります。じわじわと国の総債務が増えています。今度の予算の数字は入っていませんが,現在の総債務は970兆円です。国民には1400兆円の金融資産があるから大丈夫だと言いますが,このうち300兆円ぐらいは保険契約と住宅のローンですから使えません。資産として使える金はそんなにたくさんありません。今年の予算額を加えるともっと少ない額になります。来年の予算が決まって執行が行われるXデーでは,おそらく総債務と純金融資産が逆転します。

 このニュースが金融界に伝わるとどういうことが起きるかというと,金利の高い海外に消化を依存しなければならなくなります。国債の値段は下がります。日本の銀行も売りに出ます。国債は値がつかない程下落します。

 そんな状況になることを虎視眈々と待っている禿鷹ファンドがあります。こんなシナリオが全く荒唐無稽でないことが刻々と近づいています。

 そのようなパニックが避けられたとしても,財政負担の膨張に伴う金利の上昇で,大増税が不可避になることは目に見えています。

 生産性は伸びず,競争力は低落します。海外から輸入するものの値段も上がってきて,悪性インフレと高金利のなかで,人々の所得は収縮して資産が収縮するという,まさにアルゼンチンやロシアの姿そのものです。

4.政治の閉塞と国民の選択
 自民党にも問題があったと思います。自民党政権下では,戦後の日本を構築するために,世界史に残るような仕事を成し遂げるような政治家の方々が続きました。

 1980年代の末に,三つの大きな事件がありました。一つはベルリンの壁の崩壊です。これで安全保障の世界が変わり,日本の安保は冷戦時代から新しい安保体勢に変えるべき時であったのに,それをしませんでした。

 二つめは,少子高齢化に伴う年金制度や社会保障の抜本的改革を先延ばししたことです。

 三つめは,ITが進んで世界がグローバル化したことに伴う,競争力の内容の変化です。

 グローバル化以前は,経産省が計画を作って民間がターゲットした商品を作って売っていくという,供給側の競争でした。

 グローバル化すると,世界中の誰もが,何処で何が行われているかが見えますから,需要側が決めてきます。世界から選ばれた国が競争力の高い国ということになります。そのためには,情報の透明化,金融の解放,通信の解放をすることが必要でした。

 それをやらなかったために,日本は世界からどんどん遅れました。国民にはその実態が分からないままに20年近くが経ちました。自民党長期政権が飽きられ,民主党政権に移って,首相は鳩山さんから菅さんになりました。

 菅さんも最初の支持率は好調でしたが,消費税の話を出した途端にブレーキがかかりました。いろいろと言い訳に終始するものですから,ますます裏目に出ました。そして国民はご承知のような選択をしました。

 民主党は,これから医療と教育と介護に重点を置いた政策を進めるそうですが,見通しは明るいとは言えません。

5.国民の選択と日本再生の経済戦略
 これからの4年間は衆議院で圧倒的な議席をもつ民主党の政治は変わりません。ひょっとすると10年くらい過ぎてしまうかもしれません。とすれば,現在の政治家たちを善導して育てることを考えるべきです。

 日本に一番重要な事柄は安全保障です。安全保障は国の根幹です。中国との関係は大切ですが,日米中は正三角形ではありません。日本にとって中国はアメリカの代わりになるわけではありません。冷戦構造が終わった現今,新時代の日本がモデルチェンジするとしたら,情報力です。

 情報か,企画力・提案力に強い,そういう安全保障の軍事戦略は有り得ると思います。そのための努力をする必要があります。

 成長なくして財政再建も経済の安定もありません。成長の基本は輸出です。食糧とエネルギーを外国から輸入している国に輸出がなかったら,どうやって食っていきますか。

 さらには対日投資です。情報化,グローバル化した世界では,選ばれることが競争力の源泉です。情報の透明化,金融の効率化,通信の解放を進めて,日本という国を「住んでみたい。訪ねてみたい。生産してみたい。投資したい。」と思う国に育てることが,日本を強くすることです。

 現実をふまえた内需の拡大戦略も必要です。今の農業は瀕死の状態です。しかも私たちの健康を蝕んでいます。土壌が化学薬品に汚染されているからです。そこで健康農業立国という戦略が現実味を帯びてきます。

 豊かで安心できる医療の拡充も内需拡大戦略の一つです。国民健康保険を全員に適用するのは当然ですが,さらに自由診療も拡大させるのがよいと思います。

 これからの大きな産業は住宅産業です。現在,4700万の家庭に対して,5500万戸の住宅があります。ただし今までに建てた家の半分は使えなくなります。日当たりがよく風通しがよいという考えで建てた住宅は傷みも早いのです。これからの健康ハウスは,逆の発想で建てることが必要です。3000万戸ほど建て増しになる計算です。すごい可能性です。

 これからの日本は,中国に比べてどんどん小さくなります。今年,中国はGDPで日本を追い抜くといわれていますが,20年すると日本は名目で中国の5分の1,実質で10分の1になります。

 経済で大切なのは,一人当たりの所得だから,GDPの数値は大切ではないという議論もありますが,GDPは国際社会での発言力,世界標準の決定力や存在感の決め手になります。ですから,20年後には,ほとんど影響力のない国になってしまいます。

 そんな時に,プライドをもって豊かに暮らすにはどうすればよいか。それを今考えねばならないのです。次の世代に何を残すか。それが私たちへの課題です。