卓話


会員増強・新クラブ結成推進月間例会
2016年は申騒ぐ年 中小企業こそ日本の力

2016年8月3日(水)

政策研究大学院大学
名誉教授 橋本久義氏


 私は通商産業省(現経済産業省)に勤めていた29年前から、毎週木曜日は必ず工場に行こうと決めて実行し、今まで訪ね歩いた工場の数は3708になります。なぜそんなことをしてきたかといえば、一つは、中小企業の社長は、「みな面白い人たちばかりだ」ということです。中小企業の社長の持つ、溢れるような情熱、人を説得せずにはおかないど迫力は、大企業の社長とはちょっと種類が違うところがあります。

 なぜ、中小企業の社長はそうなのか、沢山回っているうちに、「なるほど」と思い当たりました。大企業であれば、入社希望者が多くいます。しかし、中小企業は決してそうではなく、こんなことを言うと怒られますが、中小企業の従業員は、なにかのはずみで入社してきます。そんな決して粒よりとは言えない若者に一生懸命働いてもらわなければ成り立たない訳です。

 さらに大切なのは、そうして入社した人がその後に入ってきた若者をつかまえて、「いい製品を作っていこうよ。おやじと一緒に頑張って、うちの会社を日本一にしていこうよ」と言うようにしないといけません。そのため、中小企業は社長に人徳、魅力が必要なのです。それがなければ、従業員が定着しない、金融機関は金を貸さない、親会社も注文を出さない、これでは会社はやっていけません。

 工場見学に行くと、人徳や魅力のある社長が「創業の時にこんな苦労があった」、「元々こうした製品が売上の中心だったが、最近はこのような製品に変わってきている」と話してくれます。すると、短期間で技術レベルが向上していることや、消費者のニーズの移り変わり等が統計資料等を見るよりもよくわかります。従って、現場に行くことが今日に至るもやめられない訳です。もう一つは、私が本当に驚き感心するのは、5人程の家族経営の工場でも、「うまい」と膝を打ちたくなる工夫が至るところにあることです。 今まで回ってきた中国やインド、ベトナムなど発展途上国の工場も含め、つぶさに見て、体で感じた日本の中小企業について話をさせていただきます。

 日本の中小企業にとって最大の問題は、日本のものづくりはどうなるのかでしょう。私はいつも、「工場はディズニーランドやユニバーサルスタジオではない」と言っています。工場がそれほど面白く楽しい場所ならば、発展途上国でも優秀な若者が集まりどんどん良いものができるかもしれません。しかし、そうではありません。

 私は通産省時代、ある鋳造会社に頼み込み、工場で1週間働かせてもらい、ダイカスト作業をやらせてもらいました。スイッチをグッと押すと、金型に溶湯が圧入され、しばらくすると金型が開き、ダイカストされたものをヤットコの親方のようなもので挟み、ドスーンと下のベルトコンベヤーに引っ張り下ろします。次に金型に離型剤を高圧空気で吹き付けてきれいにして閉めます。これを朝から晩まで400回、毎日同じ作業です。その時、日本の従業員は本当に素晴らしいとつくづく思いました。単純な作業をしながらも、どのようにしたら良い品質のものが安く早くできるのか、どのようにしたらお客さんが喜んでくれるのか、一生懸命考えているのです。

 日本の従業員は、そうした現場において、何の変哲もないプロセスに自分なりの工夫をし改良して精度を上げていきます。「昨日に比べて今日は0.02%不良率が下がった。良かったね」、「不調になった金型を自分たちで一生懸命直したら今日1日ちゃんと動いてくれた。俺たちの修理の腕も上がったよな」と、仲間と協力し喜び合える。そんな国は、世界中、日本しかありません。

 こうした喜びを従業員が皆で味わうためには、沢山の前提条件の成立が必要です。後工程のために、前工程が一生懸命にやってくれること。下請け工場が品質管理した部品が、輸送業者を経てきちんと配達されること。さらには工場の電気の管理や安全な給食の提供なども含め、その工場の周囲の人達がきちんと果たすべき役割を果たし、なおかつ工場で働く人達皆が、「いいものを作りたい、お客さんに喜んでもらいたい」という気持ちで働くことが必要です。

 日本は何の技術を持っていなくても優れた製造業者になれる国です。周囲に沢山の優秀な下請け会社が存在するからです。腕の良い職人が山ほどいて、きちんとサポートしてくれるため、発注側は簡単なポンチ絵を描いて渡せば、きちんとした図面になり、発注側の勘違いまで訂正されて、期日までにできあがってくる。これが日本という国なのです。

 発展途上国で同じことをするのはなかなか難しいことです。第一に、日本のように高度な注文を出す人が少ないため、受注可能な業者数もとても少なくなります。第二に、何人かに1人位は「やります」と言いますが、言動不一致です。未経験で作業に対応する機械を持っていなくても平気で「やります」と言ってくる。第三に、できない時に「できない」と言わず、できたふりをして持ってくる場合があり、それに騙されないようにするのは大変です。発展途上国で仕事をする時は、日本で仕事を行う数倍の力が必要となります。

 リーマン・ショック前までは、経験が深く、中国で工場を大きくしている人が、「やはり日本に工場を建てよう」と思っていた例が沢山ありました。インドネシア、ベトナム、メキシコ、サンパウロにも工場を持つような人も「やはり日本にも工場がないと具合が悪い」と。そんな話はすっかりなくなりましたが、今でも日本で作るほうが合理的なものが潜在的に沢山あります。

 そうはいっても、「いや、中国はもうちょっとできるよ」と思われるかもしれません。その場合、こうした質問をします。「あなた方一人ひとりが工場長だったとします。あなたの工場の従業員は短くて1日、長くても3年でどんどん変わります。少しでも賃金が高いところへと移っていきます。エンジニアも最短1週間、長くて3年でどんどん変わっていきます。『この工場が俺の死に場所だ』『俺の目の黒いうちは、不良品を客先に届けるようなまねは絶対にさせない』そんな覚悟をしているのはあなた一人だけです。そうした工場を任されて、いいものを作り続ける自信がありますか?」中国は良かれあしかれ、そうした雇用システムの中でやっているのです。それにしては良い物ができるなと思います。

 いずれにしろ、究極のいいものを作ることは中国ではなかなか難しく、日本でやるほうが合理的ではないかと思います。今中国は、政治家・官僚の汚職撲滅運動のため公共工事が止まり、不況が深刻化しています。日本ならば経済が破綻しているレベルですが、破綻しないのが中国の強靱さです。中国経済の減速を受け、「チャイナプラスワン」といって、ベトナム、タイ、インドネシアなどに拠点を求めていく構想がありますが、経済力、インフラ、労働者の質から中国に匹敵する国を見いだすのは難しいというのが実感です。 労働者の質を象徴する有名なものは、偽物シリーズです。日立製作所のシェーバーの偽物「HITTACH」は価格が3分の1で極めて精巧で、日立の人もよくできていると感心していました。ホンダはダイナミックな会社で、自社の偽物「HONGDA」を作っていた会社を買収し子会社化したほどです。

 チャイナプラスワンがあるとすれば、それは日本です。日本の人件費は高いのですが、中国も労働賃金は上昇しており、ざっと計算すると日本の3分の1、技術が必要な会社は2分の1程度です。

 日本の有利な点は、お年寄りが皆働く意欲に溢れていることです。年金暮らしのお年寄りに年金プラスアルファの賃金で頑張ってもらい、生き甲斐をもって若い人達を鍛えてもらい、平均労働コストを下げて日本の中でものづくりをやっていきます。今の為替レート、エネルギーコストの中であれば、日本で生産することには十分合理性があります。

 さて、実はアベノミクスは、「製造業なくして日本なし、中小企業なくして日本なし」という考え方でやっていますが、あまり聞いたことがない方が多いと思います。しかし、安倍首相の筆頭秘書官の今井氏は通産省出身で、まさに「製造業なくして日本なし、中小企業なくして日本なし」の考え方です。そして、長谷川首相補佐官は元中小企業庁長官です。彼は、安倍さんが9年前に失脚した際、「首相は辞めることになったけれども、国会議員を辞めたわけではないのだから、これからはぜひ中小企業のために頑張って下さい。安倍さんの行動力を中小企業は皆期待しているのです」と働きかけ、沢山の中小企業に連れて行きました。あまり報道はされませんが、安倍首相はとても気さくに中小企業と話をされます。これからも中小企業のための施策がなされるに違いありません。

 日本の中小企業はなかなか大変ですが、力を持っており、きっと頑張っていくでしょう。ぜひ皆様も、日本のものづくりに理解をもっていただきたいと思います。


      ※2016年8月3日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。