卓話


健康と栄養(メタボリックシンドローム克服)

2008年1月23日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

独立行政法人
国立健康・栄養研究所 
理事長 渡邊昌氏 

食事と運動で糖尿病コントロール

 私は40歳ごろから太りはじめ,50歳のころの体重は77kg。53歳に糖尿病を発症する時期には,肩が凝る,足がだるい,水虫が治りにくい,目が疲れるなどの症状が出てきました。当時国立ガンセンター疫学部長として,がん対策を計画していたのでひたすら仕事の毎日でした。その頃,仕事で行った京都のホテルで,体重を測ったら急に4〜5kg痩せていました。膵がんをうたがい、東京に戻っていろいろ検査して,血糖値 260mg/dl,ヘモグロビンA1c値12.8%,血圧155/90mmHg,中性脂肪250mg/dl。超音波検査の結果は典型的な脂肪肝。つまり進行期のれっきとした糖尿病といわれたのです。
 
 すぐ入院してインスリンでの治療が必要だと言われましたが,私は,食事と運動でどれだけ治るかやってみる,とわがままを言って,糖尿病闘病生活を始めました。まず,それまでの「仕事の合間に食事を掻き込む」という生活を改め,一日3食決まった時間に食事をとる。仕事が終わったら毎日,30分か1時間,近くのプールで泳ぐ。夜は,遅くまで起きていると,おなかが空くので9時過ぎには寝る,という生活に変えました。

 1年後には,体重60kg,自覚症状はすべて消失して,血糖値 100mg/dl,ヘモグロビンA1c値5.7%,血圧130/80mmHg,中性脂肪150mg/dl,という体に改善されました。食事の摂取量は,1日1600kcalを守りましたが,食事がこれ程顕著に,体に影響を与えるものかと感歎し、東京農大で栄養学をもっと研究することにしたのです。現在67歳になりましたが、体重60kg,血糖値 150mg/dl,ヘモグロビンA1c値7.0%,血圧117/75mmHg,中性脂肪100mg/dl前後の数値を維持しております。

糖尿病をコントロールするには,血糖の状態を知るのが必須です。アメリカで,グルコウオッチという24時間継続して測れる器具を見つけました。それと指先の計測を併用して血糖の変化を調べますと,朝,昼の食後は300mg/dl近くに上がりますが,起きている間は体を動かしますので血糖値は下がります。問題は夕食の後です。私の場合は,テレビなどを見ながらエルゴメーター(自転車をこぐ運動をする器具)を30分やります。そうすると100mg以上も下がることが分かりました。寝る前に150mg/dlぐらいに下げておけば,ヘモグロビンA1c値は,そんなに上がるものではありません。

現在の糖尿病の診断基準は空腹時で126mg/dl,それが2回続けば糖尿病と診断できます。そして薬を出すということになります。本当は,診断後3ヵ月間は,食事と運動で指導するのが,糖尿病学会のガイドラインですが,専門医が非常に少なく,すぐ投薬する医者が多いのは困ったことだと思います。

 私の体験から,過食と運動不足が肥満の原因だと言えます。運動と食事で正常体重に戻す場合,通常は1ヵ月で2kgの目安で痩せていくペースがよいとされています。そうすればA1c値は6%台に戻ってきますし血圧も下がってきます。自分が病気になって,初めて「一病息災」の道に入れることを実感したわけです。

 すぐに薬物療法に頼る治療は,言ってみれば,くたびれた膵臓に鞭打って働かせるようなことになるので,2年ぐらい経つとインスリンに移行する場合が多く、肥満を解消できなければいくらインスリンを打っても効かない状態になってくることが多いのです。

なぜ予防が必要か
 一病息災の道が何故必要かといいますと,1600万人の人が糖尿病になったとして,その1割の人は腎透析が必要になります。その医療費は暗算できないくらい膨大な経費です。ですから予防医学で,重症にならないように予防する、できれば食事と運動で一病息災の健康な状態に戻すのが最適な方法です。

糖尿病の合併症(小血管障害)や,脳卒中や心筋梗塞(大血管障害)の原因が動脈硬化であることがはっきりしています。動脈硬化は,高血糖,脂質異常,高血圧からきます。高血糖,脂質異常,高血圧は内蔵脂肪の蓄積が原因です。内蔵脂肪から出るリポカインという物質は,高血糖,脂質異常,高血圧を起こします。

今までの治療はそれぞれの症状を治めるための薬を出します。三つも重なると,その量は少なくありません。それを改め,過食と運動不足を解消して不健康な生活にならないようにして内臓肥満を解消することが必須ということになります。

2年前から,私は,厚生省傘下の独立行政法人の仕事として,食事と運動で,どれだけ糖尿病をコントロールできるのかという研究を始めました。それが,Saku Control Obesity Program(SCOP)です。人間ドックの受診者5万人の中から BMI(体重を身長の2乗で割った数値・25以上を肥満とする)30以上の235名の人に参加していただき,平成18年の7月から始めて21年の7月までの間,生活習慣や食事などに介入して,メタボリックシンドロームの解消に挑戦するプログラムです。

現時点で,体重減少程度による血圧の変化のデータでは,体重が10kg以上減った人は血圧が20mmHgぐらい減っています。体重が減らなくても運動習慣がついた人の血圧は,やはり10mmHgくらい減っています。

 血圧が10くらい減ってもたいしたことはない、とお感じかも知れませんが,疫学研究から,血圧が2mm下がったとすると,心筋梗塞がマイナス6%,慢性心筋疾患がマイナス4%,トータルで循環器疾患が3%くらい減るという統計があります。たった3%とお考えかもしれませんが,心循環器系の患者が1千万人いるとすると,そのうち30万人が減少するのです。

予防医学が如何にパワーを発揮するかということが,この例からもご理解いただけると思います。ちなみに,5mm下がった場合は,心筋梗塞がマイナス14%,慢性心筋疾患がマイナス9%,トータルで循環器疾患が7%減るという予測になっています。

現在,予防医学にたった特別健診を平成20年4月から各事業所で実施していただくようになっています。糖尿病合併症は発症から10年単位で悪くなっていきます。治療を受けているだけでは決してよくなりません。治療と一緒に,食事と運動で,よい形にもっていく必要があります。予防医学の特別健診では,グループ指導、個別指導と具体的な支援をして,メタボリックシンドロームの状態から健康に戻す指導を行います。

時代を先取りして対策を提案する国立健康・栄養研究所
「健康日本21」でも,いろいろな疾病対策をやっています。中でも肥満者対策は重要な要ですが、中間解析では逆に増えてしまいました。中年男性の半数以上が肥満です。脂肪1キロは7千kcalです。それを30で割ると240kcal。つまり1日30分歩いて,ご飯一杯減らせば,1ヵ月に1キロずつコンスタントに痩せる筈です。

 個人で実行するのは,なかなか難しいのですが,必要なカロリーを知って,それを摂るという環境が必要です。生産者も食事の提供者も一緒に,カロリー表示に対する認識を強めてほしいと思います。

国立健康・栄養研究所は,未来を指向して,いろいろな研究会を立ち上げ、エビデンスを集めています。活動を進めている主なものは次の4つです。
 |凌の会:360kcalのフルコース
 低たんぱく食普及会:0.5g/体重kg/日
 食介護研究会:嚥下困難食の基準化
 た品表示研究会:全食品への食品機能表示

 360kcalのフルコースは食事制限の厳しい糖尿病患者さんにおいしいフルコースを提供しようというもので帝国ホテルでも予約すれば食べられます。低たんぱく食は腎不全への進行を抑えるのに必須ですが、これもおいしい料理法がなく脱落する人が多い状態です。低たんぱく食普及会は患者さんの会ですが、経験を交換しおいしく食べられる低たんぱく食を普及しようというもので、もう透析ですといわれながら17年もがんばっている人もいます。

 食介護研究会は高齢者の嚥下困難に対応しようとするものです。高齢者の人口は,現在は5人に1人ですが,2050年には3分の1が高齢者になります。老人問題は老齢者指数をもとに若い人4人で老人1人を支えねばならないから大変だ、といわれることが多いのですが、これは老齢者人口を生産年齢で割った数ですから増えるのが当たり前です。しかし,生産人口を全人口で割った就労人口比率は,1920年も2021年も0.477でほとんど変わりません(古川俊之著・高齢化社会の設計・中公新書)。つまり元気に働ける人は,いつまでも働けば就労人口は変わらず、老齢社会の問題も大きく減ります。

個人に合った食事と運動で「百歳まで生きてころりと死ぬ」ようになれば老人医療費も掛からないということになります。

栄養学という学問は,明治は洋学が怒涛のようにはいってきた中で、日本人が考え出した学問体系です。その創始者は佐伯矩(さいきただす)先生です。先生は岡山高校を出て,京大の生化学で数年助手をされた後,エール大学に留学され,大根ジアスターゼを発見されました。先生は,帰国時に当時の知識を総合した栄養学の構想をあたため、帰国後に提唱しましたが誰からも無視されました。それを評価した北里柴三郎先生が,私立の栄養研究所を作って,彼を迎えました。1920年ごろ,研究所の実績が認められ,国立研究所として再スタートして,現在に至る88年の歴史を重ねております。

佐伯先生は関東大震災の後,小学校や事業所の栄養給食システムを援助し,その成果に対して,国際連盟最初の,ビジティングプロフェッサーにノミネートされました。そして世界を講演してまわり、触発され国立栄養研究所をつくった国も幾多あります。

 このような,すばらしい歴史と実績をもつ国立健康・栄養研究所が,昨年,廃止の筆頭にあげられました。これ程,効率化して運営しているのに,その理由が解せないというのが正直な感想ですが,基盤研と合体する構想のようですので,これからも健康基盤をつくる研究と実践に励みたいと思っております。

今,必要なのは,30年50年先を見て考えるという発想です。私どもの研究所は,85年にわたって国民のために活動しております。これからも,研究開発型の独立行政法人として先々を見据えた政策提言をしてまいりたいと思いますので,皆さまのご支援をお願いいたします。