卓話


福島事故の教訓と今後のエネルギー政策 

2011年9月28日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

東京大学 公共政策大学院
特任教授 諸葛宗男氏

 いま原発の再稼働が大きな問題になっています。先般来,政府が唱えている「ストレステスト」も,既にEUでは,日本の事故の,たった4日後の3月15日には,各国が集まり対策を協議し,5月末には大綱を決め,6月1日から実施しています。

 実施している内容は公開されていますが、実際にどのように実施しているのか直接聞いてみようということで,日本の産業界で調査団を編成して,先々週、ヨーロッパ各国を回ってきました。私はその団長を務めてまいりました。

 その印象を申しますと,フランスもイギリスも原子力への自信は非常に力強く,少しも揺らいでいませんでした。また,EUが行っているストレステストは,設計裕度がどれ程あるかを調べるためのテストです。その結果を運転の条件にするとか,合否を判定する物差しとして活用する気は全くないと言っていました。

 さて,福島原発事故は,今後どうなるか。

 当初心配された,原子炉内のウラン,プルトニウムの大量放出という,最悪の事態は回避できました。しかし,ヨウ素とかセシウムなどが出て,甚大な放射能汚染に見舞われてしまいました。

 今後,懸念されることは水素爆発と余震ですが,窒素の封入,電源・水源の二重化,移動電源車,予備ポンプの準備などで対策を講じてそれを防止できるようにしています。

 無残な姿の建屋からは,僅かですが,まだ放射能が出ています。これを早く完全に止めなければなりません。そのために汚染水の処理と建屋カバーの取り付けが急がれます。

 肝心の,炉心の冷温停止対策では,1号機,3号機では,圧力容器底部温度が100℃以下になりましたが,2号機はまだ若干100℃を上回っています。早く温度を下げて蒸気が発生しない状態にする必要があります。

 以上,諸々の問題は,あと半年ぐらいで何とか解決しようとしているところです。

 地震が起きたのは,3月11日,14時46分。すぐに制御棒が入って,原子炉は停止しました。「止める,冷やす,閉じ込める」が原子炉停止の鉄則です。原子炉を止めることができたのは不幸中の幸いでした。

 その後,外部電源が失われて,すぐに非常電源が始動しました。しかし,1時間後に津波が来て,その非常電源も失われてしまいました。これが今回の事故の直接的な原因です。

 非常用炉心冷却装置(ECCS)が機能しなくなる非常事態となりました。その後、1,3号機はベントによって放射能が放出され、さらには1,3,4号機の水素爆発,2号機格納容器破損などによってさらに大量の放射能が放出されて大気が汚染され,汚染水が海に流れました。

 それぞれの原子炉の状態をお話しします。

 1号機は,地震後,約1時間で冷却停止の状態になりました。地震から約5時間後には燃料が溶け始め,9時間後には溶けた燃料が圧力容器から格納容器に漏れ出していたと推定されています。

 格納容器の温度が上がって,中で発生した水素が建屋内に漏れ出ました。地震から約24時間後にベントに成功しますが,既に建屋の中に水素が充満していて,それが爆発を起こします。これが今回の事故の最大の敗着です。それは1号機の水素爆発により,放射能を帯びた瓦礫が周辺に散乱してしまいました。これが,2号機,3号機の処置を困難にしたからです。

 1号機が何故,1時間しか冷却できなかったのか。その原因は,目下調査中です。

 2号機は,奇跡的に3日間も冷却が継続しました。これは驚異的なことでした。ところが,残念ながら,対策が間に合わず、地震から87時間後に圧力抑制室付近で格納容器が破損して大量の放射能が放出されました。今回,外部に放出された放射能の過半は,この2号機の格納容器破損で放出されたものと推定されます。地震から約96時間後には中心部の燃料の約半分は溶けていたと推定されます。

 既に発表された「工程表」に従って事後処理を行ったとしても,その後に待ち構えている作業は,まだまだ膨大なものが残されています。原子炉,敷地,廃棄物などのクリーンアップは言うまでもありませんが,最も大切なことは,周辺地域のクリーンアップと健康のアフターケアです。

 福島県を如何にクリーンアップするか。住民の方々,作業員の方々の健康を,今後どうやってアフターケアしていくかを忘れてはなりません。

 政府は,ようやく8月26日に「除染に関する緊急実施基本方針」を発表しました。

 今回の事故によって追加される被ばく線量が年間1ミリシーベルト(mSv)以下になるようにするという,たいへん高い目標です。さらに,2年後には,一般公衆の推定年間被ばく線量を約50%減少した状態を実現することを目指す,としています。

 子供は大人よりも放射線に対する感受性が高いと判断して,2年後までに,子供の推定年間被ばく線量がおおむね60%減少した状態を実現することを目指しています。

 さて、実は東京にも一時的ですが大量の放射能が流れてきたことが観測されています。 測定場所は新宿区百人町です。3月15日〜16日に一時的に10倍程度に上昇し,すぐに平常時に戻りました。その後,3月22日から数日間3倍程度に上昇し,そして,ゆるやかに下降し,4月10日には平常時のレベルに戻っています。一時的にせよ,非常に高い放射能が東京にも降り注いだわけです。

 低線量放射線の健康影響には,確定的影響と確率的影響があります。

 確定的影響というのは,すぐに症状などの影響が出る身体影響です。100mSv以下の被ばくでは確定的影響は現れないということが,医学的にも分かっています。今回は,中で作業された方々を除いて,住民の方々には確定的影響はなかったと思われます。

 確率的影響は,被ばくから一定の期間を経た後に発症する確率です。これまでに得られているデータは,広島・長崎で得たデータしかありません。国際機関の放射線基準はこれを基にしています。このデータでは100mSvを超える被ばく線量では,被ばく量とその影響の発生率の間に,比例性があると認められています。一方,100mSv以下の被ばく線量と確率的影響のリスクとの関係については,疫学的に評価できるデータがないため、医者によって諸説あり、定かではありませんが,原子力関係者は,たとえ低い放射線であっても影響があるという仮定を置いて放射線防護をするという姿勢で規制を行っています。

 今回の事件で露呈した問題があります。

 何故,毎日の記者会見は,東電,保安院,首相官邸の3カ所で行われたのか多くの人が不思議に思いました。日本は原子力の規制行政が信じられないくらいに過度に細分化されていたのがその理由でした。

 保安院の受け持つ範囲が狭いのです。説明は守備範囲の中でのみ可能なのです。残りのことは官邸が説明しなければならないので両方で記者会見せざるを得なかったのです。保安院の受け答えが曖昧なのも問題でした。方針がいつまで経っても決まらないというのも困ったことです。

 保安院の職員は行政官ですから,専門性が低く、また独立性も低いので歯切れがわるかったのです。官庁では修士,博士を取得して就職しても、その5年間、2年間のキャリアは認められず、5年、2年後輩と同列に扱われてしまいます。専門性に対して逆インセンティブが掛けられているのです。専門性を高める方にインセンティブが働く仕組みに改善しなければなりません。

 政府がIAEAに報告した「事故からの教訓」は28項目ですが,私なりに集約すると,大きく2項目になります。

 一つは,当事者(規制官・事業者)の専門性を高めるためにどう組織改革をするか。この問題は,保安院を環境省の下につけるといった,組織の変更だけでは解決しません。

 もう一つは,深層防護思想が風化していたことを反省し,IAEAの多重防護の5段階の深層防護レベルを実践することです。

 今回の事故は,レベル3までで十分安全だという神話を信じこみ,レベル4(苛酷事故対策)やレベル5(防災対策)への対応や訓練を怠ってきたための結果です。

 今後のエネルギー政策に話を進めます。

 原油価格が乱高下し,資源争奪戦が始まっています。日本のエネルギー自給率は4%しかありません。既に全世界でエネルギーの争奪戦が始まっています。

 中国は,現在32基の原子炉開発を進めています。途上国はコストの高い再生可能エネルギーを利用することが出来ません。福島事故後もエネルギー確保のために原子力政策は不可欠との方針を表明しています。その意味で世界中が日本の原子力政策を注視しています。福島事故後も世界の原子力発電導入の潮流はまだ変わっていません。

 再生可能エネルギーと原子力を,2項対立で捉えるのは間違いです。今後,再生可能エネルギーを増やしていくことには賛成ですが,太陽光発電,風力発電ともに,導入できる量にはおのずから制約があります。風が吹かない時、日照が無い日は発電できないからです。その場合に備えたバックアップ電源が必要なのです。電源構成はそれぞれの電源の特性を活かしたベストミックスの構成にする必要があります。

 世界で最も津波対策が進んでいるといわれた日本が,千年に一度といわれた津波で,見るも無残な姿をさらけ出しました。しかし,人類の歴史,技術の歴史は,失敗の経験を生かして進歩してきました。今回の事故で原子力を放棄することは人類が自然災害に敗北することを意味します。

 今こそ人類の英知が試されています。今回の事故の教訓を生かして,国民の信頼が得られる安全対策の強化は可能です。また,それを実現しなければなりません。

 これらの対策により,原子力の安全性はさらに高まり,我が国の基幹エネルギーとしての原子力の優位性は,ますます強固なものとなると信じております。世界中がそれを注視して期待しています。その期待に応えるのが我が国の使命だと思います。