卓話


イニシエーションスピーチ

2007年2月28日(水)の例会の卓話です。

筑紫勝麿君
廣瀬慶太郎君 

お酒の話

サントリー
常務取締役 筑紫 勝麿君

私の職業分類であるウイスキー製造を中心にお酒について話をします。歴史上、ウイスキーと思われる飲物が登場するのは、1172年にさかのぼると言われています。

 イギリスに残る記録として、1172年、アイルランドに侵攻したヘンリー2世の家臣の報告書の中に、「この島の住民たちがわが国の酒よりも美味しい酒を飲み、それをウシュクベーハーと呼んでいる」と記しています。その酒の名前であるウシュクベーハーUisge-Beathaというのはゲール語(アイルランドのケルト語)で「生命の水」という意味で、それはラテン語の「生命の水」(Aqua-Vitae、アクアヴィテ)を訳したものです。

 ヘンリー2世の当時、イングランドにはまだ蒸留酒がなく、麦芽を発酵させてできる醸造酒、すなわちビールのようなものを飲んでいたと思われます。ところがアイルランド人は蒸留して作った酒を飲んでいました。ビールのアルコール度数が6%程度であるのに対して、この蒸留酒は60%前後だったでしょうから、イングランドの兵士達にとってはとてつもなく美味しい酒だったのでしょう。

 その後、ウイスキーの製造法はアイルランドからスコットランドに伝わり、麦を原料とする蒸留酒が作られるようになりました。蒸留したばかりの新酒は無色透明で味も荒々しい酒で、当初ウイスキーはその状態で飲まれていました。しかし現在私達が飲んでいるのは、樽で熟成させて琥珀色となったウイスキーです。この樽熟成という方法は偶然から生まれました。

 1707年、スコットランドがイングランドに併合されると、酒税が課されました。スコットランド人たちは、酒税を納めることを嫌って山奥に蒸留所を移し、夜陰に紛れて酒を樽に入れて町へ運び密売しました。ところがある時、密造者が運悪く徴税官に出くわしてしまいました。この密造者はあわてて洞穴に樽を隠して逃走し、樽はそのまま放置されました。それから何年かたって、誰かがこの樽を開けウイスキーを恐る恐る飲んでみて驚きました。いつも飲む無色透明の荒々しい酒と違って樽の酒は琥珀色に色づき、味はなんとも芳醇なものに変わっていたからです。こうして今日飲まれるウイスキーが誕生しました。

 ウイスキーの製造法は、麦芽から甘い麦汁を作り、これを発酵させたものを2回蒸留し、樽の中で熟成させるというものですが、この工程の中でウイスキーに特徴的なのは樽の中での熟成です。生まれたてのウイスキーは無色透明で味も荒々しいものですが、これを樽に詰めると半年ぐらいで黄色になり、3年から5年経つうちに琥珀色に染まっていきます。
 
 また香りも深く複雑になり味わいもまろやかに変わっていきます。樽材にはオークという木を使いますが、このオーク材からリグニンやタンニンなどのポリフェノールが溶け出しウイスキーの成分と反応して熟成していくわけです。熟成という現象はオーク材とウイスキーとの間で繰り広げられる年月をかけた「神秘のドラマ」といえます。

 お酒の効用について最もよく使われる言葉は、「酒は百薬の長」という言葉でしょう。これは、食貨志という漢書の中の一節「酒は百薬の長、嘉会の好」の前半部分ですが、「酒は最高の薬であるとともにめでたい会に欠かせないものである」という表現は、お酒の効用を端的に表しています。お酒については功罪両方の面があるわけですが、酒は適量を楽しく飲めばその効用は大きいということについては、大方の賛同が得られると思います。したがって、「酒は一杯、茶は二杯」という言葉もありますが、こういう飲み方をしていれば、楽しく健康に過ごせるのではないでしょうか。

 日本で最初のウイスキーは、1923年、山蒸留所で作られました。それから84年になりますが、より多くの人にウイスキーの魅力を知ってもらいたいと思います。 

人を守る服 

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代表取締役社長 廣瀬 慶太郎君

繊維製品のレンタルは、リネンサプライ、ユニフォームレンタルとも呼ばれます。タイトルの「人を守る服」は、私が考える将来のビジネスモデルでもあります。

 リネンサプライとは、ホテルを例にすると、シーツ、タオルなど繊維製品(リネン) をリネンサプライヤーが購入し、ホテルへリースします。使用後リネンは、サプライヤーが回収し、工場で高温処理のクリーニング後、再びホテルへ納品します。補修や交換が必要な場合はサプライヤーが行います。 ユニフォームレンタルも同様で、食品工場などで着用されたユニフォームを、サプライヤーが回収しクリーニングを行い、要求される品質を満たしているか1着ごとに検査し納品します。

 リネンサプライは欧米で始まりましたが、日本で普及が始まったのは1960年代と言われています。それ以前は、ホテルや空港、鉄道の駅などのバックヤードで、各社が工場を持ち、クリーニングをしていました。欧米のノウハウが日本でも紹介されると、スペースの有効活用、リネン管理のアウトソーシング、大量処理によるコストメリットなどにより、都市圏で普及が始まります。1964年の東京オリンピックと1970年の大阪万博に伴うホテル開業ラッシュも契機となり更に拡大しました。

 今日のリネンサプライは5,500億円以上の市場に成長しています。2005年度の主な分野は、ダストコントロール2,700億円、ホテルリネン800億円、病院リネン600億円、タオルリネン400億円、レストランユニフォームなどのフードリネン300億円、工場ユニフォームの産業リネン220億円、航空機、鉄道の交通リネン80億円、おむつなどダイアパー150億円、おしぼり250億円です。企業数は、4,300社、従業者数は104,000名です。

 市場規模は5年前から比較すると約1.6%減少しています。成長分野はフードリネン、産業リネンです。市場の50%以上であったダスコンは減速傾向です。

 ホテルの施設数、客室数は、毎年2%ほど増加していますが、旅館はバブル崩壊後、減少傾向です。ホテル増加の要因は、宿泊特化型のビジネスホテルが全国展開を進めている事が挙げられます。都心部のシティホテルは、外資系ホテルの参入により、既存ホテルも改装とリネンの高級化が進んでいます。シティホテルではサプライヤーは個性的な企画提案をする能力が必要で、ホテルの二極化が進むなかで、サプライヤーも高級化戦略か、大量受注戦略か、二極化が進んでいます。

 成長傾向の産業リネンは、メーカーが海外から国内工場へ回帰した事も理由にあります。食品、製薬工場は、品質問題のリスクを防ぐため、高い衛生基準を定めました。有力工場はHACCPと呼ばれるアメリカNASAの食品衛生基準を導入し、ユニフォームも体毛落下を防ぐデザインや、特殊素材使用など高品質が要求されます。これらHACCPユニフォームは、専用ラインでのクリーニング、ICチップを使ったユニフォームの個体管理など高度なノウハウが集約された、新しいビジネスモデルと言えます。

 最後に将来像についてです。ビジネスの初期と同じく、次世代のビジネスモデルも欧米で始まっています。欧米では環境問題から、使い捨てのディスポーザルから、繰返し使えるリユーザブルへの回帰が顕著です。例えば紙おむつから布おむつへの回帰です。別例では、手術の際、ドクターが着るガウンや、患者に掛けるドレープが挙げられます。高いバクテリアバリアー性と快適な着用感を持つリユーザブル製品が病院向けにレンタルされ、不織布などのディスポーザルと市場を二分しています。同じ素材は血液感染のリスクが高い、消防の救急隊員が着用する救急服や、火災の際に着用される防火服でも使用され、着用ごとに特殊なクリーニングがされます。

 このように過酷な環境で働く人を守り、高い品質を持つユニフォームの浸透が、「人を守る服」ユニフォームレンタルの将来像といえます。

 リネンサプライは元々、「ものを大切に使う」エコロジーの精神が生きています。働く人にやさしく、環境にもやさしいリネンサプライがもっと認知されて、発展して行く事を願っています。