卓話


ロータリー財団月間例会

「UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)で活躍する元ロータリー財団奨学生」

2009年11月4日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

国連UNHCR協会      
事務局長代行 中村恵氏

 私は1989年から2000年まで,UNHCRの職員をしておりました。1991年から2000年まで第8代国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子さんと同じ時期に国連機関でお仕事をさせていただいたことになります。

 2000年末に緒方先生が退官された同じ時にUNHCRを退職した私は,その後今に至るまで、日本からUNHCRの活動を支えるNPO法人・国連UNHCR協会を職場としています。

 緒方先生が1991年2月に、上智大学国際政治学科の教授を退任されて,単身ジュネーブに来られた時のことを今でも鮮明に覚えております。

 それまで漫然と国連職員を務めていた私に,厳しく,今後もこの道を行けという指針を,後ろ姿で示してくださったのが緒方先生だったと思います。

 「熱いハートとクールな頭」というのは,緒方先生がよく口にされる言葉なのですが,そのスピリットを受け継いで,今も人道支援の現場で活躍している人たちがいます。

 ロータリー財団の平和フェローや国際親善奨学生として欧米に留学し、その後、UNHCRで活躍してきた日本人女性が少なくとも8人いることをご紹介いたします。

 この女性たち全員が「お世話になったRCの例会に来てお礼を言いたい気持ちです」と私に伝えてきています。その気持ちを私が代弁し,この場を借りて,お世話になったRCの皆様に,元奨学生としての感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

 では,UNHCRのさまざまな活動の紹介を兼ねて,元奨学生の活躍をお話しいたします。
1.緊急支援の現場
 UNHCRは迫害や紛争といった人的災害への緊急支援を担っていますが、活動している地域でひどい自然災害があった場合には、本来の人道支援を越えて緊急支援を行うことがあります。

 細井麻衣さんは,昨年2008年5月から7月まで,ミャンマーのサイクロン被災地に緊急支援スタッフとして,UNHCR本部から派遣されました。ミャンマーのサイクロン被災地の支援には,東京RCを始め全国のRCの皆様が支援金を寄せてくださいました。

 細井麻衣さんは,1995年に神戸の大震災を経験し、避難を強いられている人たちのために働きたいという思いを強く持つようになったそうです。神戸RCの推薦を得て,世界平和フェローとして2003年にアメリカに留学しました。現在は、UNHCR本部のあるジュネーブで仕事を続けています。

 白戸純さんは,埼玉県の越谷RCの推薦で1995年にアメリカに留学しました。

 1998年から,トルコ,ルワンダ,旧ユーゴスラビア,アンゴラ,アルメニア,スーダン,ウクライナに赴任して活躍しています。昨年,私たちが北京オリンピックに浮かれていた頃に,グルジアの南オセチアで紛争が起こりました。ロシア側の北オセチア共和国に逃げた人々の緊急支援に,彼女はロシアに滞在するUNHCRの職員として関わり,現地からの情報を私たちに寄せてくれました。

2.難民・国内避難民の保護
 UNHCRの活動には,難民・国内避難民の保護という重要な役割があります。

 赤阪陽子さんは,大阪の富田林RCの推薦で1992年にアメリカに留学しました。1997年にUNHCRの職員になり,ウクライナ,モルドバ,ミャンマー,スリランカに赴任しました。現在はパキスタンのイスラマバード事務所で上級保護官の仕事をしています。

 この地域は現在,治安が非常に悪くなっていますが,少し前に「私はまだ大丈夫」という英文のメールが入ってきました。

 実は彼女は、スリランカに赴任した直後にも、国内の紛争が悪化したという経験をしています。当時、自分の出した指示で人の命が左右されるかもしれないという非常にストレスが溜まる状況でした。ジャニーズの大ファンである彼女は、ジャニーズの「関ジャニ∞」グループのDVDを日本から送ってもらっていました。毎晩そのDVDを見て気分転換し,翌日もまたがんばったそうです。

3.帰還民の生活再建
 UNHCRは帰還民の生活再建にも寄与しています。アフガニスタンでは,神山由紀子さんが活躍しています。岐阜県の岐阜北RCの推薦を得て,2001年にオーストラリアに留学しました。オーストラリアでは国際難民法を専攻して,今後は難民のために働きたいと思ったそうです。パキスタンからアフガニスタンに戻ってきた帰還民の生活再建の支援という、非常に多くの困難を伴った仕事に取り組んでいます。

4.帰還・再定住支援
 UNHCRは,帰還だけではなく再定住の支援も行います。スーダンでは北のダルフール地方にたくさんの難民が出ていますが,南スーダンは比較的安定してきたため,再定住の支援を行っています。そこで活躍しているのが吉田典古さんです。

 彼女は,京都の福知山RCの推薦を得て,1988年にアメリカに留学しました。91年にナイジェリアに赴任する直前に,ジュネーブでお会いしました。彼女が「ナイジェリアにいる日本人女性は私一人かもしれないから,すごくもてるかも…」と冗談を言ったのを覚えています。その後,キャリアを重ねて,スーダン,ジュネーブ本部,コートジボワール,アフガニスタンで勤務し,2008年からスーダン南部ジュバ事務所長を務めています。

 学生の頃,大学受験の勉強が嫌で仕方がなかった時,勉強したくてもできない難民の人たちがいることを知って衝撃を受けた彼女は,その人たちの為に何ができるだろうかと考えるようになったそうです。奨学生の面接試験を受けた時に「私は,大学院を卒業したらUNHCRで働きたい」と答えたそうです。その志を持ち続け,今も現場で活躍しています。

5.平和構築
 UNHCRの活動の延長線上には平和構築という仕事もあります。

 兵庫県の宝塚RCの推薦を得て,1990年にイギリスに留学した米川正子さんという女性は,一見、大和撫子を絵にかいたような穏やかな人ですが,1996年からルワンダ,ケニア,コンゴ民主共和国,ジュネーブ本部,インドネシアで勤務し,スーダン南部では事務所を最初に開いた斬り込み隊長でした。コンゴ民主共和国ゴマ事務所長を経て,2008年より,JICAの客員専門員としてアフリカの平和構築を担当しています。

 彼女は,自然が豊かでお人好しな人の多いコンゴ民主共和国を心から愛し、コンゴの人たちの能力を高めて,自らの力で平和を築くことを支援したいと話しています。

6.UNHCR事務所の統括
 UNHCRの事務所は世界約110カ国にあります。近藤眞智子さんは2カ国で事務所長を務めました。

 近藤さんは埼玉県の大宮RCの推薦を受けて1973年にアメリカに留学しました。83年から,ジュネーブ本部,ソマリア,パキスタン,インドネシアで勤務し,バングラデシュとスウェーデンで事務所代表を歴任しました。2007年6月に24年間の国際公務員の仕事に終止符を打ち、今はアメリカ人のご主人とアメリカと日本を行ったり来たりの生活をなさっています。何かお役に立てることがあればお知らせくださいとのことです。

7.日本でできる難民支援
 最後に,私が勤務している国連UNHCR協会のことをお話しします。

 私は,千葉県の松戸東RCの推薦を得て,1989年にフランスのノルマンディーに留学しました。1989年からジュネーブ本部,東京,ミャンマーに勤務し,2000年、国連UNHCR協会設立に伴い協会に転職しました。協会の役割は、国連の難民支援活動を後方から支える募金と広報です。今年10月半ばから事務局長代行を務めています。

 人道支援の最前線は,後ろからの応援に支えられています。支援はリレーのようなものです。後ろから支えてくれる人がいて、最前線で働く者がいて,難民の人たちを支えます。どうか今後とも,ぜひ後方支援にご協力頂きたくお願い申し上げます。

 今日は,RCの皆様のお陰で勉強した若者が、国際親善を経て、国際人道支援の仲間に入り、それを自分のミッションとして、UNHCRで活躍していることをお伝えいたしました。

 彼女たちは,もし財団奨学生という制度がなかったら自分はこのような仕事につけなかっただろうと異口同音に話しております。

 もう一度心をこめてお礼を申しあげたいと思います。本当にありがとうございました。