卓話


日本農業と農協組織をめぐる情勢と今後の方向性 

2008年9月17日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

全国農業共同組合連合会
代表理事専務
加藤一郎氏 

1.時代の変革にどう対応するか
 規制緩和の流れで世の中は自由競争になり,株式会社が農村市場に参入してくる時代になりました。「規制の時代は弱者を生み,規制緩和の時代は敗者を生む」といわれます。JAグループは敗者として,日本からなくなるという危機感を持たねばなりません。

 市場の国際化は競争を激化させます。我々は、WTOやEPAに対して,どう対処すべきか。日本の自給率は,1965年73%から2007年40%に低下しています。関税が撤廃されると自給率は12%に低下するという試算もあります。

 世界の人口増加、トウモロコシのバイオ燃料化などで穀物需要が逼迫しています。我々は,日本型の食生活とは何かを、あらためて考えなければなりません。

 わが国の畜産事業は,これまで世界で最も安い米国産トウモロコシを日本に輸入して,太平洋岸に建設した配合飼料工場で製品化し,畜産農家に供給するというビジネスモデルを構築してきました。しかし、トウモロコシ価格が高騰し、しかも長期化することが懸念され、畜産農家の存亡の危機に遭遇しております。

 ヨーロッパの畜産を見てみますと,トウモロコシをベースに畜産が成り立っているわけではなく,その国の主食(麦)で成り立っています。日本の場合,自給率、耕地利用の効率化を考えて、米にトウモロコシの代替をさせ、畜産農家と稲作農家が成り立たないかの検討を進めているところです。

 農産物の価格は,各国とも従来の価格支持政策から、農家の所得支持政策に転換しつつあります。EUの共通農業政策(CAP)では,価格の決定は市場に任せ,減収する農家への所得は直接支払うデカップリング,直接支払いに際して環境遵守を義務づけるクロスコンプライアンスの実施,農村開発への財政支出のシフトによる農村社会の維持をねらうモジュレーション,などに取り組んでいます。

 私たちも,日本の将来を考える時には,食料、農業、農村、環境の問題抜きに語ることはできません。

2.時代の潮流が変わった
人口増加、自然環境変化のなかで食料の争奪戦が起こっています。穀物相場の高騰,原油・肥料原料の資源ナショナリズムによる価格高騰が起こっています。

 日本で使っている肥料の原料はほぼすべて輸入です。特定の資源国に依存し、原料価格は暴騰しています。わが国の肥料価格は7割上がりました。食料価格は,これまで安定して低位だったものが高騰し、全世界で食糧価格の落ち着きどころを求めて模索している様相です。

 日本の経済力が低下傾向である時に,外国から食糧を買い続けることができるのか。もう一度,考えねばならぬ視点です。

 市場原理主義に対する疑問もあります。都市と地方の格差が拡大しています。産業間の格差も拡大しています。利益至上主義,市場原理主義に片寄り過ぎて,企業の社会的責任が希薄化しています。日本企業が持っていた共同体的な側面が急速に弱体化しています。

 我々は,今こそ,農業・農村・食糧について抜本的に見直す機会が到来したと認識しています。環境問題に農業が果たすべき機能とはなにか。この時代にJAグループが果たすべき役割とは何か。協同組合は,この資本主義の市場競争にどう生き残るのかが問われております。

3.特筆すべき論調
 作家の五木寛之氏は「戦後60年の躁の時代を経て,日本は鬱の時代を迎えた」と述べておられます。

 鬱は,もともとエネルギーのある状態を示す言葉です。その力が出口を失っている状態が鬱です。鬱の時代には鬱の思想が必要です。今のスローライフとかエコロジーは鬱の思想です。外面社会の充実をはかるのが躁の時代だとすれば,鬱の時代は,心の中や足元を見つめる時代であり,過去を見直して未来を語ることの重要性が,今必要ではないか,と認識しています。

 過去を振り返ると江戸時代から共通の問題領域が見いだせます。

 八代将軍吉宗の時代は,元禄時代(インフレ期)から亨保の改革(デフレ期)に入った時代です。米将軍といわれた吉宗は,大岡越前を紀州から呼んで農業振興を進めました。

 当時の江戸は100万都市です。ロンドンやパリが,まだ50万都市の時の100万です。

 大岡は武蔵野新田を開発したのをはじめ,小松川の小松菜,本所の瓜,谷中の生姜,練馬の大根などをブランド化しました。その時の肥料は江戸市民の糞尿でした。巨大なリサイクルです。

 未来を見るという観点では,新田開発での農商工連携,薬草栽培での小石川療養所,飢饉の備えとしての甘薯栽培,換金作物として朝鮮人参,菜種油などの商品作物の奨励,長崎を通してのパセリ等の西洋野菜の輸入などが挙げられます。乳牛も,吉宗が白牛を安房の国千葉県に導入した。いわゆる酪農元年がこの時代です。

 我々が社会経済、農業を語るときに,エコロジー,省資源が,八代将軍吉宗の時代に行われたことを思い起こすべきです。

 「江戸の遺伝子」の著者,徳川恒孝氏は,食糧自給率が低下している現代には,農業の多面的機能,農業の社会的貢献の様子を,江戸時代から読み取るべきではないかと言っておられます。

 吉宗の時代には,農業の生産性が飛躍的に向上し,新田開発等での食糧増産で人口は倍増しました。当時の小家族の自己農地保有の体制は最強の体制でした。

 吉宗は,租税を4公6民から5公5民にしたために農民一揆が起こったと教科書などにもいわれていますが,換金作物,野菜については課税しなかったというのが本当の話です。新田開発では年貢を30年間免除したという記録も残されています。

 当時,既に「お伊勢参り」という習慣がありました。これは日本独特の習慣です。町民も農民も,お伊勢参りで地方の名物名産に触れてきました。日本の食生活は,元来,地産地消が基本でした。いわゆる駅弁文化です。

 武士は参勤交代によって,都市と地方と交流ができました。人々は,里山などの自然との共生を楽しみました。こういったことを切り離して,農業は成り立たないと思います。

 小野田寛郎氏は,ルバング島での30年の戦いは,「勝つ戦い」ではなく「負けない戦い」だった。「日本農業も勝つ戦いではなく、負けない戦いを」と言っておられました。

 『「生きるために五感を研ぎ澄ます」ことが必要だ。現代の「食」は,書いてある賞味期限を見て判断する「他律他省」だ。日本人は「五感」を取り戻して「自律自省」すべきだ』とも言っておられます。

 生産性において農業は,国土の広い中国やアメリカに勝てるわけはありませんが,食糧を確保し,その安全を確認するのは自らがやるべきことです。小野田氏は,それを言っていると思います。

4.農業に対する理解を得るために
 私たちはこれまで、生産者の立場で物事を語ってきました。全農は経営理念として「消費者と生産者を安心で結ぶ懸け橋になる」としました。世代と世代をつなぐ懸け橋にもなりたいと思います。

 今の食生活は「甘いもの,柔らかいもの」が一つの価値観になり、歯医者は子供の歯の弱さに警告を発しています。本来,日本の食の原点は「苦み,渋み」であり、固い物を噛みこなすことにありました。

 フランス人の主食は、固くて重いフランスパンです。子供のじぶんから歯と顎は、フランスパンで鍛えられ、フランス人のぶれない、ある面では頑固な諸政策、農業政策に通じているように思います。

 日本の食品のフードマイレージ(食べ物の運ばれてきた距離のこと)は諸外国に比べて、最も高い値です。たとえば、外国産アスパラを日本産に切り替えることで省エネになります。地産地消で地球の温暖化防止に貢献できるのです。

5.農協組織の今後の方向
 私どもJAグループがとるべき戦略についてお話しします。数年前,農業と医療と教育は,官製市場だといわれました。我々は,同じ官製市場なら,かかえている問題も同じ筈だ。どういう連携ができるかを考えようと思いました。

 大病院と地方病院の格差は拡大しています。医師の高齢化もあります。農業も同じです。

 教育では,国立大学の民営化で,文部科学省の業績査定が強化されています。工学部関係には多額の委託研究費がきますが,農業分野にはなかなかこない。農業高校や農学部は危機であります。これらの悩みをどう共有化するかを考える必要があります。

 キーワードは,「地方の活性化」,「老齢化社会」,「医食同源」です。

 我々の反省すべきことは,何でも自分たちだけでやろうとするJAグループの自賄主義や,総花的な事業展開の打破です。

 県行政,県教育委員会,企業,県の医療機関との連携した新規事業を立案する際には,地域活性化のオルガナイザーとしての役割を果たすことも必要だと思います。

 生産基盤の脆弱化にどう対応するかという問題では,JA出資生産法人を設立していますが,我々は,上杉治憲の藩政改革で武士たちが担った殖産振興の役割を,率先して担うことが大事だと思います。

 農業粗生産額は9兆円を切りました。食料産業の売上は80兆円とも90兆円ともいわれます。全国津々浦々のJAグループと異業種との協業化や資本参加も必要でしょう。

 昔は,全農の商売がたきは商社だといわれましたが,我々は,農村が必要とするならば商社とのアライアンスも辞さないとの認識を持っています。

 日本経団連の紹介で,茨城県の農業生産法人で或る自動車会社の生産方式を農業生産現場に導入して,30%の生産向上をみた実例もあります。

 全農では,15県42産地で「田んぼの生き物調査」のSR活動をやっています。水田にはたくさんの生き物がいます。化学肥料が生態系に及ぼす影響についての調査です。農薬の影響を化学的に実証しようという試みです。国家の生物多様性戦略の指標に活用できると思います。豊かな自然のなかで,農業と食糧の距離を縮め、環境を考えるために、この活動は重要だと思います。