卓話


生涯現役社会の条件 

2013年6月19日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

慶應義塾
塾長 清家 篤氏

 生涯現役社会とは,働く意志と能力のある人が,年齢に関わりなく,その能力を発揮することができる社会です。なぜ生涯現役社会が必要かといえば,申すまでもなく,日本は今,世界に類を見ない高齢化を経験しつつあるからです。

 総務省の人口動態統計の暫定値によると,今年の5月1日時点で,日本の人口に占める65歳以上の高齢者の比率は,既に24.7%に達しています。

 去年や今年あたり大学を卒業した学生が生まれた1990年代初め頃の日本の高齢人口比率は,10人に1人を越えたばかりでした。まだピラミッド型に近い人口構造だったわけです。しかし,彼らが社会に出る現在、4人に1人が65歳以上の高齢者なのです。

 そしてその若者が働き盛りの40代になる2030年代の前半には,65歳以上の高齢者は人口の33%を越えます。さらに今の若者達自身が高齢者の仲間入りをする今世紀の半ば頃には,65歳以上の高齢者比率は40%を越えます。かなり逆ピラミッド型に近い構造です。

 現在でも4分の1,20年後には3分の1,そして今世紀半ばの5分の2が高齢者人口になる状況は,日本が世界のどこよりも高齢人口比率が高い国であり続けるということです。

 恐らく今世紀半ば以降,日本に追いついてくる国があるとすれば,それは韓国でしょう。韓国では日本よりさらに少子化が進んでいます。今の予測ですと,今世紀半ば以降に日本の高齢人口比率に追いつくと予測されています。

 日本の高齢化が世界に類を見ないという第一の理由は,まず人口の4分の1,3分の1が高齢者という、その水準が非常に高いということです。

 世界に類を見ないもう一つは,高齢化のスピードが非常に速いことです。高齢化の速さの基準として一般的に使われるのは「65歳以上の高齢人口比率が,7%から14%になるのに何年かかるか」という年数で計ります。ちなみに,高齢人口比率が7%を越えた社会は,「高齢化社会」といいます。その比率が14%を越えると,「高齢社会」といいます。さらに高齢人口が21%を越えると,「超高齢社会」といいます。

 日本は既に超高齢社会になっていますが,日本で高齢人口比率が7%になったのは1970年です。そして高齢人口が14%を越えたのは1994年です。ちょうど24年かかっています。

 これを国際的に比較してみると,アメリカは14%を越えたばかりのところですが,7%からここまでに72年かかっています。フランスは随分前に高齢化が始まって,日本より早く高齢社会になりましたが,7%から14%になるのに115年かかっています。

 日本は,フランスに比べて4倍の速さ,アメリカに比べても3倍の速さで,高齢化が進行しているということですから,高齢化に対しては,より抜本的な,かつ速やかな対応が必要だということになります。

 高齢化は予測可能な変化です。人口予測は,あらゆる経済変数のなかで,最も予測可能な変数です。私の友人の一人であるMITのアーネスト・バーント教授は,「人類の歴史の中で人口が激変したことが何度かある。一番大きな出来事の一つは中世ヨーロッパでペストが大流行した時で,一部の地域では数年の間に人口が半減した。しかし,その当時の人は誰もペストについての予測ができなかった。従って,当時の人がそれに対処できなかったとしても,後世の我々がそれを笑うことはできない。しかし今,我々が直面している『高齢化』は何十年前から予測ができることであるのだから,それに対して適切な対応ができなければ,我々が後世の人にどんなに笑われても仕方がない」といっています。まさに,その通りだと思います。

 そこで高齢化にどう対処するかです。高齢化そのものは,言うまでもなく人類の夢でした。日本がこれだけ高齢化したことは日本の経済社会成功の証しです。

 1947年,終戦直後に初めて正確な人口動態調査が行われた時の日本人の平均寿命は,男性が50歳,女性が54歳でした。それが今や,男性はほぼ80歳,女性は86歳を越えています。これは,衣食住の環境がよくなり,医療の水準が改善された結果であり,それらを可能にした経済の発展による国民所得の上昇によるものです。

 もう一つの理由は「少子化」です。終戦直後の日本の女性の出生率は4.5人でした。これが今は1.41人というレベルです。出生率は少なくとも「2」以上ないと人口規模は維持できません。日本の人口はどんどん減っていくわけですが,その理由は1人当たりの所得の上昇と相関関係があります。

 貧しい社会は「多産多死」です。1人当たりの所得が上昇するに伴って「少産少死」に変わります。日本もその典型的なパターンを歩んできました。

 ただし最近の日本の少子化は行き過ぎです。その最大の要因は,女性が子育てに費やす費用が著しく高くなったことです。女性が結婚や子育てによって失う経済的損失は大きいものがあります。ちなみに,現在の大卒女性の生涯所得は約2億5千万円と試算されています。この女性が結婚や子育てのために専業主婦になることを考えますと,最初の10年間で稼げる所得は5千万円程度ですから,彼女がそれによって失う損失は2億円ぐらいになるということです。少なくとも経済学的に人々の行動を説明すると,そういうことになるわけです。ですから女性が結婚、子育てで仕事を辞めなくてすむような支援政策を強力に進める必要があります。

 それらを強力に進めることが,社会保障制度の最大の課題だと思っています。ただし少子化対策が功を奏したとしても、今年生まれた赤ちゃんが日本の経済社会に貢献するまでには,後20年か25年かかります。少なくとも今から4半世紀ぐらいの間は,既に確定している長寿化と少子化を前提に日本の経済社会が維持できるように制度や行動様式を変えていかねばなりません。

 その典型が「年金制度」です。人口がピラミッド型の時に作られた制度を逆ピラミッド型に合うように直さねばなりません。

 昔であれば,60歳までが年金の保険料を納める現役期間,それ以降が年金を貰う引退期間でバランスがとれていました。しかし今では,65歳に年金支給開始時期を引き上げたとしても,男性の平均余命は19年,女性の平均余命は24年です。20年前後という、現役期間の半分近くが引退期間では年金財政のバランスはとれません。

 そこで,もう少し現役の期間を長くし,年金を貰う期間を短くすることによって,現役の人,1人当たりの負担を軽くすることが必要です。同時に,引退期間には年金だけできちんと生活が維持できるような制度にすることも必要です。

 その解決策は「年金の支給開始年齢を引き上げて,現役の期間を長くする。年金で生活する引退期間を短くする」ことしかありません。

 現役期間を長くすることによって引退期間を短くすれば,社会保障の1人当たりの負担を軽くすることができます。特に大切なのは,将来の世代の負担を軽くすることです。現役期間が長ければ,それだけ生産活動に寄与しますから,マクロ経済の供給面で成長に貢献できます。働くことで勤労収入も増えますので,消費も増加しますから、需要面での成長を促すことにもなります。高齢化が進む社会においては,何よりも必要な政策の一つは「就労期間を長くする」ことなのです。

 かつてヨーロッパでは,70年代後半から90年代初頭にかけて,若年労働者の失業を解決しようとして、高齢者の引退を促進したことがありましたが,結果的には歴史的な大失敗でした。技能水準の高い高齢者の雇用機会と技能水準の低い若者の雇用機会が,そんなに簡単に代替するものではなかったのです。

 ヨーロッパでは,その失敗に気づいて90年代初頭から高齢者の就業職を奨励する政策に転換しましたが,一度冷え込んだ高齢者の就職意欲はなかなか戻りませんでした。

 日本の場合は,幸いなことに,政策が後ろ向きになったこともなかったので,高齢者の就職意欲はまだ高く維持されています。例えば,60歳〜64歳の日本人男性の76%は働く意志を持っています。これに対して,イギリス・アメリカは60%程度,ドイツは40%台,フランスはまだ20%ぐらいです。

 日本では,高齢者の高い就労意欲を活かして,働く意志と能力のある人は働き続けることができるような社会を作らなければいけないと思います。その為には,日本の雇用制度を見直すことが必要です。その典型が「定年退職制度」です。現在,30人以上の人を雇っている企業の93%に定年退職制度があります。そして,その制度のある企業の82%が「60歳定年制」を定めています。

 ご承知のように「高年齢者雇用安定法」が改正されて,定年が60歳であっても,企業は65歳までの再雇用を確保しなければならないことになりましたが,定年を65歳に延長する企業はまだ少数派で、定年後の再雇用などが主流です。

 定年の問題で経済学者が確認している最大の要因は「年功的な賃金・処遇」です。このまま定年を延長すると,企業は高賃金の高齢者と過剰な管理職などを抱えコストが高くなってしまいます。そこで,年功賃金をフラットにしていくことが大切になります。

 私は,年功賃金という仕組みは,若い時には良い仕組みだと思います。一人前になるまでは,仕事を教える先輩の方が高い賃金であるのは当然です。しかし,その後はもう少しフラットにしていくことが必要だろうと思っています。

 実は,こういう仕組みをうまく機能させているのが中小企業です。中小企業には定年のない会社がたくさんあります。あったとしても非常に弾力的に運用して,働く意志のある高齢者の能力を活かしている所が少なくありません。こういう企業は,ベテランの技能を若い人にしっかり移転する仕組みも整っています。特に,地方でオンリーワンの競争力を持っているような中小企業には,こういう生涯現役の人がいるケースがたくさんあります。

 それができる理由の一つは賃金が大企業ほど年功序列的でないことです。中高年の人を雇ってもそんなに賃金が高くならない仕組みになっているのです。これからは,中小企業が持っているベテランの能力をうまく活かし、また若手にそれを移転するノウハウを,大企業なども学びつつ,賃金体系等を見直していくことも必要ではないかと思います。

 高齢化の問題は先進国共通の課題です。各国とも,高齢者の就労を促進するということに苦心を重ねています。ワールド・エコノミック・フォーラムで扱われた「エイジングのカウンシル」で,「高齢化に対するレディネス・インデックス」を作ろうという作業をやっています。高齢化に対して,どれだけ準備ができているかを意識する作業ですが,国際的に見ると,日本は準備がよくできている国の一つになっています。

 日本が高齢化の先進国としてよいモデルを作ることができれば,他の先進国にとっても大いに参考になると思います。

 福澤諭吉は,「学者は国の奴雁たるべし」と言いました。奴雁とは雁の群れが餌をついばむとき一羽周囲を見て番をする雁です。「学者は人々が日々の生活に汲々としている時にも,奴雁のごとく将来を見すえよ」ということですが,まさに高齢化の問題はその一つです。

 もう一つ福沢諭吉の言葉で「公智」という言葉を引用させていただきます。
 公智とは,物事の軽重大小をきちんと判断して,「重いものを先に,軽いものを後にする」ということです。生涯現役社会を作るときにも,それに伴う痛みもあるかもしれません。その時に,日本全体にとっての物事の軽重大小を判断して,現在の負担はあっても将来のためになることなら、その方向の改革をすることが「公智」に適うことだと思います。

 ここにおられる方々は,「奴雁」の視点と「公智」を兼ね備えた方々です。これからの様々な課題に対して,ご一緒にお考えいただきたいと思います。