卓話


日本の安全保障政策

2022年7月27日(水)

内閣官房副長官補 滝崎成樹氏


 今年12月を目指し、国家安全保障局が中心になり、国家安全保障戦略と関連文書である防衛大綱と中期防衛力整備計画を見直し新たなものの策定を進めているところです。 日本の安全保障政策には三つの柱があります。

 一つ目は、日本の防衛能力の強化・拡大、二つ目は、日米同盟の維持強化、三つ目が、有利な安全保障環境の醸成です。いわゆるハードの防衛力、軍事力ではなく、外交力や経済力、あるいはソフトパワーといわれる文化や人の力といったものを総合的に駆使して有利な安全保障環境を作ろうというものです。

 この前提の下、今年の通常国会で岸田総理は施政方針演説で次のように述べました。

 「概ね1年をかけて、新たな国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防衛力整備計画を策定します。これらのプロセスを通じ、いわゆる『敵基地攻撃能力』を含め、あらゆる選択肢を排除せず現実的に検討します。先月成立した補正予算と来年度予算を含め、スピード感を持って防衛力を抜本的に強化します。」

 今の国家安全保障戦略は日本が2013年に初めて作ったものです。10年間を念頭に置いて作られましたが、急速に変化する日本の周辺の安全保障環境などを踏まえ、改定することになりました。

 前回の策定時には、ロシアは今あるようなロシアではない前提でした。当時、念頭に置かなければならなかったのは二つで、北朝鮮が本当に念頭に置かなければならない存在で、中国についてはそこまでの認識はなかったものが、この7、8年間に大きく変化してきました。

 先日公開された今年度版の防衛白書の岸防衛大臣による巻頭言には「中国は東シナ海や南シナ海において、力による一方的な現状変更やその試みを続けています。また近年、侵略国であるロシアとの連携を深化させており、我が国周辺で両国の艦艇や航空機による共同航行・飛行も行っています。さらに台湾を巡ってはその統一に武力行使も辞さない構えを見せており、地域の緊張が高まりつつあります。」とあります。

 自民党が4月下旬に出した国家安全保障戦略の改定に向けた提言でも、中国を「重大な脅威」と位置付けているほど、2013年とは状況が異なっています。5年後の中国、すなわち2027年の中国、を念頭に置く必要があると考えています。習近平国家主席は前例のない3期目を目指しており、2027年に党の総書記としての任期最終年を迎えます。そして、2035年を国防と軍隊の近代化の実現の目標年に、さらには今世紀の半ばまでに世界一流の軍隊にすることを謳っています。建国100周年に当たる2049年までに社会主義現代国家を目指すということで、彼らの観点からすれば今後ますます上に向かって進んでいく意図を持っています。

 国防費は今8.5億ドルと言われ、公表されているものだけを見てもこの30年間で40倍以上になっています。新型コロナの感染拡大で経済も苦しい中、今年も国防費を前年比で7.1%伸ばしており、2030年には東アジアにおいて、日本とアメリカを合わせた額よりも大きくなるという予想もあります。

 また、能力と意図が安全保障上は問題になります。岸防衛大臣の言葉にもあったように、東・南シナ海で一方的な現状変更の試みをしていますし、インドから見れば中国とインドの国境でも同じような試みが行われています。

 北朝鮮については、現行の国家安全保障戦略では「国際社会全体にとって深刻な課題」という言い方でした。5月25日には今年15回目のミサイルの発射実験が行われ、能力は確実に強化されていますし、2017年9月以来の核実験の可能性が取り沙汰されており、引き続き北朝鮮の脅威は我が国の目前にあります。自民党の提言では、「重大かつ差し迫った脅威」とされています。

 ロシアについては、現行の戦略の中では、安全保障環境の認識の中では言及がありませんでした。外交安全保障協力の強化という文脈で「あらゆる分野でロシアとの協力を進め、日露関係を全体として高めていくことが我が国の安全保障を確保する上で極めて重要」というのが9年前の認識だったのです。

 ところが、今年2月24日を境にそれは大きく変わりました。岸田総理がいろいろな場で「今日のウクライナは明日の東アジアとなるかもしれない」と言っているように、我々は2013年とは違った認識を持たなければならない状況です。

 自民党の提言でも「現実的な脅威」という言葉を使っていますし、気をつけなくてはならないのは、中国とロシアの連携です。例えば、日本の周りを中国とロシアの艦隊が共同で周回したり、空軍が共同で同様に周回活動をしたりという連携が日本の周りにおいて見られます。

 我が国の安全保障を考える際には、我々が今置かれている安全保障環境は非常に厳しいことを念頭に置かなければなりません。

 国家安全保障戦略をまとめる際の論点となり得る点を、私見ながら紹介します。

 1点目は、防衛力の抜本的強化です。5月下旬の日米首脳会談後の日米首脳共同声明の中で、「岸田総理は日本の防衛力を抜本的に強化し、その裏付けとなる防衛費の相当な増額を確保する決意を表明」しました。

 防衛力の強化については、自民党の提言では、「NATO諸国の国防予算の対GDP比目標、2%以上も念頭に我が国としても、5年以内に防衛力を抜本的に強化するために必要な予算水準の達成を目指す」としています。2022年度の防衛関係予算は2022年度通常予算と2021年度補正予算と合わせて、GDPの約1.04%に当たります。

 6月に出された「骨太の方針」では、「防衛力の抜本的強化」がやはり謳われ、別の文脈ですが、NATO諸国が国防予算を対GDP比2%以上とする努力をしていることへの言及もあります。

 2点目は、「敵基地攻撃能力」をどうするか。岸田総理は「いわゆる反撃能力」という言い方をしていますが、念頭にあるものは同じものです。

 いわゆる敵基地攻撃能力やいわゆる反撃能力とは、向こうが明らかに日本を狙ってミサイルを撃とうとしているのであれば、それに対し相手のミサイル発射基地などを攻撃することは憲法上自衛の範囲に入るという考え方で、1956年の国会で鳩山内閣総理大臣の発言において既に認められています。今までそのような能力を政策として持たずにきたのを、今のような状況の中でどうするのか考えなければいけなくなっています。

 これについては、5月下旬の日米首脳共同声明では、「ミサイルの脅威に対抗する能力を含め国家の防衛に必要なあらゆる選択肢を検討する決意を表明した」とされています。 自民党の提言では、「弾道ミサイル攻撃を含む我が国への武力攻撃に対する反撃能力を保有し、これらの攻撃を抑止し対処する。反撃能力の対象範囲は相手国のミサイル基地に限定されるものではなく、相手国の指揮統制機能なども含むものとする」としています。

 3点目は、総合力としての防衛力で、防衛産業の維持・強化です。国内に防衛産業が一定程度存在することは不可欠です。

 日本国内で防衛装備品を調達できなくなることは避けなければいけませんが、少量多品種生産のためにコストが高くなり、税金に基づいて調達されるため、企業側から見ると利益率が低い状況に置かれており撤退が相次いでいます。

 企業の中には防衛装備品生産によるレピュテーションリスクを気にする向きもあるため、それらを除いていく、あるいは高コスト低利益率を解消するための取り組みも必要ですし、市場拡大の観点では、国外の同盟国、同志国にも販路を広げるような工夫も必要だと思います。

 4点目はサイバーセキュリティです。これも民間の力も結集して対応すべき課題で、この分野がますます重要になっていることは、今回のウクライナの善戦にも表れています。いまや人間の思考までがサイバー技術によってコントロールされるような時代になっていますので、サイバーセキュリティ分野での研究を重ねるのと装備を充実させる体制充実が今後の安全保障上の課題です。防御(セキュリティ)と攻撃への対応の双方で備えるべきと思います。

 5点目は、今の戦略には全く記述がない、経済安全保障という考え方で、ここ数年出てきたものです。

 かつては、自由貿易の下での国際分業が最も効率的だという発想でしたが、国際情勢の複雑化、社会経済の変化に伴い、特定の少数国のみが供給者・供給先であるのは危険だという発想が社会に広がり、安全保障の確保には経済的政策も総合的かつ効果的にとる必要がある、という考え方が出て来ました。

 今年の通常国会で経済安全保障推進法が成立しました。この法律の柱の一つが、産官学共同で最先端技術の開発を行う「経済安全保障重要技術育成プログラム(Kプロ)」です。中長期的には日本の国際社会での競争力や地位の確保にも役に立つような最先端の技術を育成しなければならないという発想で設けられました。特定のプロジェクト毎に協議会を設け、メンバーには国家公務員と同等の守秘義務をかけ、政府の秘密情報を提供する。その上で産官学で共同で研究開発するというプログラムで、今5000億円の基金設立を目指しています。

 もう一つ、新たな戦略に盛り込まれるであろうものは「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」です。この日本外交の考え方も盛り込まれる必要があると思います。

 国家安全保障戦略改定の今後のプロセスがどうなっていくのか。岸田総理は6月のアジア安全保障会議、シャングリア・ダイアログで、5本柱からなる「平和のための岸田ビジョン」を進めていくと表明しました。戦略の策定に当たっては、これまで17回にわたって、各分野の有識者延べ50人以上と意見交換を進めています。

 自民党は既に提言をまとめ、同じく与党の公明党は8月下旬から議論を開始すると聞いています。秋以降に連立与党合同の議論の場が設けられることとなると思われます。秋に臨時国会が開かれれば、そこでも様々な議論が行われることと思います。

 日本のこれから10年の安全保障を左右する大事な文書となるため、ぜひ関心を持って見ていただければと思います。


   ※2022年7月27日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。