卓話


わが国野球界の現状と展望 

2007年9月19日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

(財)全日本大学野球連盟 副会長 南原 晃氏

私は実に数々の幸運にめぐまれて今日がありますが,その幸運の最大のものは戦後の東京六大学の全盛期に野球をできたことです。

当時の神宮球場は毎試合満員で,人気,実力ともにプロ野球を凌駕しておりました。私どもの対戦相手のエースは慶応の藤田投手をはじめ各チームの投手で,プロ入りして直ちにエースになりましたし,4番打者は立教の長島選手をはじめ,それぞれがプロでも4番打者になりました。

 こういう状況ですから,我が東大は最下位で,8シーズンで僅かに8勝,勝ち点を挙げたのは,法政からの1回だけでした。

当時,我々の練習量は,満員の観衆の前でぶざまな試合は見せられないとの一心で,六大学で一番多く,技術の上達度も体力の向上もダントツであったと自負しております。

文武両道と簡単にいいますが,上達には練習しかないというのがスポーツの宿命です。
また,それがスポーツの良さでもあります。

当時,スタート時点での水準が低い我々が,日本最高のレベルにあった対戦相手との実力の差を埋めるために,必死に練習を重ねた結果,学業の成績は当然落ちます。しかし,知識は社会に出てから,野球部で培った体力と忍耐力をフルに活かして学べばよいとしました。幸い東大野球部の卒業生は就職難の時でも就職にはあまり苦労をしませんでした。

私も社会に出てから,東大野球部の主将をしていたことによって,どれだけ得をしたか数えきれません。日銀に採用されたのも,本日こうして卓話にお招きいただけたのも,そのお陰だと思っております。

3年前に財団法人全日本大学野球連盟の副会長をお引き受けしたのは,少しでもこれまでの恩返しをしたいという気持ちからです。

私どもの連盟は,全国 370大学の硬式野球部,26連盟の代表による全日本大学野球選手権大会と日米大学野球選手権大会を主催していますが,まず申しあげたいことは,私がプレイしていた頃の我が国の大学野球のレベルは,人気はあっても,その体力,技術はともに米国に遠く及びませんでした。しかし,今や,日本の技術は米国に勝るとも劣らぬものになっているということです。

米国遠征では,ホーム・デシジョンのせいもあり,なかなか勝てなかったのが,今年は米国遠征で初めて勝ちました。日本開催では14勝3負。1979年以降は負けがなく,最近は5連勝での勝ちが2度もあります。そして,日本代表に選ばれた選手のほとんどが,プロ野球の即戦力として活躍しています。

それにもかかわらず人気の方はさっぱりで,残念に思っていたのですが,今年,斎藤佑樹君が早稲田に入り,その早稲田が東京六大学で優勝して大学野球選手権に出場,33年ぶりに優勝した翌日,スボーツ紙はもとより,一般紙も一社を除いて,各紙がこぞって一面で報道。俄然,大学野球が注目され大変嬉しく思います。

 私は,斉藤君が将来,我が国野球界をリードできるかどうかが,日本の野球が世界をリードできるかどうかのバロメーターになるのではないかと,彼の順調な発展を大いに期待しています。

昨年の第1回 World Baseball Classicでの優勝による盛り上がりが下火になったとはいえ,サッカーのJリーグ発足以来,野球人気は終わりということが話題になりました。しかし,私は,スポーツのなかで野球こそが日本人の強みを最も発揮して,世界をリードできる競技ではないかと考えてきました。

その考えが確信に至ったのは, 1999年に開催された第1回日経フォーラム「世界経営者会議」での牛尾氏の講演を聞いた時です。会議のテーマは「21世紀の企業経営」でした。エンロンがまだ高い格付けを標榜していた時期でもあり,欧米の経営者が,次から次へと株主価値の増大を訴えた後に登壇された牛尾氏は次のように述べられました。

「日本の経営者が21世紀の経営を考えるに当たっては,体力に乏しく,資源にも恵まれない日本が,戦後になぜ第2位の経済大国になれたのか,もう一度原点に帰って考えるべきだ。その原点とは,完璧主義,現場主義,集団主義,技術への尊敬の4点だ。最近こうした資質は時代遅れだという風潮が出てきているのは心配である。」

日本企業の圧倒的大多数は,牛尾氏の言われた4つの原点に揺らぎなく,だからこそ,国際競争力を示す対外収支は,「モノ」−貿易収支,「カネ」−所得収支,「チエ」−特許収支,いずれも黒字で,まことに心強い状況にあります。

完璧主義,現場主義,集団主義,技術への尊敬の4点は,大化の改新以来,日本人が培ってきた資質ですが,私が強調したいのは,この資質が強みとして花開いたのは,あくまで戦後であるということです。

 日本の戦後最大の幸運は,朝鮮半島のように2分されずに米国1国によって占領されたことです。その米国は,大恐慌の反省から,市場万能,弱肉強食,従業員使い捨てのオリジナルな資本主義ではなく,政府が雇用や成長に責任を持つ大衆資本主義の国になっていました。

ドッジ,シャウプ両氏が米国から派遣されて,日本に大衆資本主義のインフラが整備されました。現業に携わる人たちの教育・技術水準が,教育改革で高度化し,社長も工場長もブルーカラーの作業着を着て現場に立つことで,4つの資質が他の国の追随を許さない強みとして,一気に花開いたのです。

我が国の野球の発展の過程は,まさに,この我が国経済の発展に重なるのです。我が国に野球を伝えたのは,米国の数学教師ホーレス・ウィルソンでした。彼は,一高・東大の前身である第一番中学の教師として,1872年(明治5年)に神田錦町に野球のグランドを造成して野球を教えました。

米国でも,ボールが現在と同じようになったのが1872年。素手ではなく用具を使用するようになり,9人でやることで落ち着いたのは1875年です。まさに,日米同時に野球が始まったと言ってもよいと思います。

ともあれ,いま野球は,やるスポーツとしても,見るスポーツとしても,日米両国で人気No1になっており,ベースボールを共通語として,草の根の交流が日米間でできるようになったことは,日米関係の重要性を考えると嬉しい限りです。

さて,日米の野球は,野球規則は同じでも,その中身はフィッシュバーガーとお寿司ほどの違いがあると決めつけた本が,一昨年出版されました。本の題名は『野球,この美しきもの』副題は「アメリカン・ベースボールと秋田野球」,著者は慶応出身の大リーグ通の佐山和夫さんです。

佐山さんによれば,米国の野球の最大の問題点は,カネを得ること,勝つことだけが目的になっていることだとしています。

佐山さんは,日米の違いをもたらしたものは,一つは野球普及過程の違い,根本的には農耕民族と狩猟民族の違いだとしています。

普及過程の違いは,まさにその通りです。

米国はクラブチームから発足,1869年にはプロ野球が始まっています。日本は学生野球中心に発展しプロ球団ができたのは1936年。

日本の学生野球は教育の一環として位置付けられました。しかも,1882年に嘉納治五郎が講道館を起こして,柔術を,礼に始まり礼に終わる柔道に一変させたことを受けて,早稲田大学の安部磯雄は野球道を唱えました。

「勝負は正々堂々,フェアプレイ,勝って奢らず,負けて挫けず」の精神はプロを含めて日本の野球人に脈々と引き継がれています。

民族性の問題では,米国は狩猟民族の特性をフルに発揮して野球を発展させてきました。対する農耕民族の日本人が狩猟民族のやり方でやっても米国に勝てっこありません。

幸い,野球は他のスポーツと違い,米国のようなLarge Baseballではなく,Small Baseballに徹すれば,むしろ農耕民族に向いているのではないかと思うのです。

何故なら,野球には間があり,のべつまくなしに動くのではなく,必ずしも動物的身体能力を必要としません。肩も強いにこしたことはありませんが,コントロールが何よりもモノをいいます。守備,走塁ではスピードのある小男のほうが断然有利です。

いくら好打者でも,野手の正面をつけば安打にならず,よって,打率が3割台が限度というのも,他のスポーツと違うところです。

日本は4つの強みが発揮されて経済大国になりました。野球においても、同じ資質によって,これからの世界の野球をリードすることは夢ではなくなりつつあると思います。

私の夢は,安部磯雄さんの野球道に基づく日本の野球が世界に普及することです。

今年11月には神宮大会,来年6月には全日本大学野球選手権大会があります。たまには神宮にもお運びください。