卓話


中国経済のゆくえ
-金融危機から回復と課題

2010年2月3日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

富士通総研経済研究所
主席研究員 柯 隆 氏

 私は中国の南京に生まれ,南京で育ちました。今から30年前の話になりますが,当時の指導者胡耀邦氏が訪日した時に,中曽根首相に「3千人の若者を中国に招待して日中友好を促進したい」と提案しました。

 その話が実際になって,3千人の中の8百人が,3年後に南京に来ることになりました。丁度その年に,私は高校を卒業しました。私は,もともと大学に進んで英語を勉強したいと思っておりました。

 ところが,大学から来た合格通知は「日本語学科」となっていました。志望が英語の筈なのに何故に「日本語学科」なのか。事情を聞いてみると,英語・ドイツ語・フランス語の他に,3年後には日本語が話せる人間が必要なので頑張ってほしい,ということでした。もし,30年前に「3千人の交流」がなければ,私は英語を勉強して,ロンドンかニューヨークで仕事をしていたかもしれません。

 南京で日本語を勉強した後にも,紆余曲折がありました。南京と名古屋が友好姉妹都市を締結していた関係で,名古屋に留学できました。当時は上海もまだ解放されていませんでしたから,私にとってはすべてが新鮮でした。いくつかのカルチャーショックを経験しましたが,最も強烈だったのは,南京で習った日本語が名古屋で通じなかったことでした。

 さて,約2週間前に,中国の国家統計局が09年の経済成長率を発表しました。速報値ですが,8.7%の成長だったということです。

 去年の今頃,IMFが中国の経済成長率を5%と予測しました。その予測が当たれば不況で大混乱でした。結果的には外れてよかったわけです。政府が掲げていた8%を上回って目標を達成したということになります。

 私は毎月,北京に出張してヒヤリングを受けますが,実際に体感している者から見ると,去年の経済成長率は実は8.7%ではなく,9%を軽く越えていると思います。

 どうして,そんなに高い成長率を維持できるのかというと,一言にいうと「膨」という漢字で表される「ふくらみ」です。

 過去百年間の間に,中国がこれ程までに世界に注目されることはありませんでした。そして,経済そのものもふくらんでいます。今,大都市の不動産がバブル化しています。

 私は今年の1月で,日本に来て21年になりましたが,まさに21年前の名古屋,日本は膨らんでいました。その膨らみを見た自分は,今の中国を見ると,この先どうなるか,心配している部分があります。

 何故,中国の経済が膨らんでいるかというと,投資が行き過ぎているからです。
今の中国経済は,主に投資によって牽引されています。中国のGDPに占める投資の割合(投資率)は44%になっています。

 昨年の設備投資,不動産投資,インフラ投資の三つを合わせた固定資本係数は30%伸びました。これらの数値から見ても実質13%強程度の成長といえると思います。

 一方凹んだのは外需です。
 実は2008年の中国の貿易黒字は3千億ドルありました。昨年一年間の貿易黒字は1,961億ドルです。黒字が少なくなっていますが,それでも不均衡であることには違いありません。中国が毎年3千億ドルの貿易黒字を計上したら,世界経済は大混乱することでしょう。

 貿易黒字が大きくなっている理由は,国内での消費が少ないからです。
 国内のマーケットが何故成長しないのか。それは,子供の養育費のために貯蓄をするからです。今の中国は,公的な社会保障制度が改革で壊れてしまいました。

 親にとって唯一期待できるのはわが子の成長です。中国は「一人っ子政策」ですから,親の期待は「わが子に投資」です。中国の年間国民総所得を100とすると,貯蓄率は52%に達しています。

 ちなみに,日本は財務省の発表によると約6%だそうです。最も高かった昭和40年では20%でした。

 今の中国経済成長の基本的パターンを精査してみると,おそらく,短期的には貯蓄は減りません。当面は成長そのものが続くだろうとみております。

 今年は上海万博があります。事務局は入場者数を当初7千万人と予測しておりましたが,10日程前の話だと,1億になるとの見通しです。秩序を守って無事に開催するのが重要な課題になってきていると思います。

 ここからは,若干のリスク要因を整理しながら結論を導きたいと思います。

 中国経済を取り巻くいろいろなリスク要因があります。今年,もし大きな政策的なミスがなければ10%を越える経済成長になるだろうといわれています。それが実現すれば間違いなく日本を追い抜くでしょう。

 ここでいくつかの不確実性について見てみましょう。

 一つは「都市と農村の格差」です。日本にも都市と農村の違いがありますが,中国のそれは比較できない程の格差です。

 農村部の人間は都市部で定住できません。1958年に作られた「戸籍管理制度」によって移動が禁止されているからです。この制度は徐々に改善されていくと思いますが,早急に改善できるとは思われません。

 2番目は,エネルギーと環境の問題です。これまで先進国の成長を支えてきたエネルギーの供給は,中国とインドを合わせた23億人を支えきれるか,という問題です。

 昨年12月にコペンハーゲンでCOP10の会議が開かれましたが,中国とインドにとって,もっともプライオリティーの高い問題は,省エネ問題です。

 中国にとっては,CO2を削減する前に,例えば大気汚染やゴミ,あるいは水質汚染などをどう改善するかが問われています。

 私は,時々招かれて,「中国における環境ビジネス」についてお話しする機会がありますが,「今の中国に技術や設備を持ち込むことは,それなりに意味のあることだが,本当の環境改善には三つの制約を突破する必要があると思います」と話しています。

 まず一番は,「国民の意識の転換」です。国民の大多数が環境を変えなければいけないというコンセンサスを持つことです。

 2番目は,「制度の制約」です。ある企業や個人が環境を破壊している場合,有害物質を排出している場合には,それらの企業や個人を法的に訴えることができるようにしなければなりません。今の中国では,国有企業を訴えるのはなかなか大変です。費用もかかります。

 以上の二つを改善させなければ,環境は改善されません。

 最後に,最も大きなリスク要因は「信用の未確立・Credibility」の問題です。
 
 市場経済を進めていく国においては,信用が確立していないと市場経済はうまくいきません。何故,中国の社会では信用が確立しないのかというと,「今の中国社会では信ずるものが失われた」ということだと思います。

 ラスト・リゾートがなくなったということだと思います。私のおじいさんの時代,60年前の社会は,孔子・孟子・論語・儒教・道教など,伝統の文化がありまして,いざという時にはラスト・リゾートがありました。

 最後には,精神的にはラスト・リゾートに逃げ込むことができました。

 共産主義の中国になってから,私の親の世代以降,文化大革命の時代には,根こそぎ否定されてしまいました。

 特に私の世代には,すべての人間を判断する価値基準になるのは「お金」です。今の中国社会はいわゆる「拝金主義」が横行しています。これをどう是正するか,改善するかが実は最大の課題になってきています。

 当面は成長するであろう中国の経済が,いつスローダウンするかを予測してみましょう。

 私は,2012年が中国にとって,一つの大きな山場になるだろうと思っています。

 その理由の一つ目は,中国の政権交代の年だということが言えます。胡錦濤氏に代わる人として習近平氏が指名されていますが,予定通りになるかどうか。

 二つ目は,現在進められている公共投資,設備投資が2012年にはほとんど一巡します。新たなプロジェクトを起こさないと成長は減速します。今までの過剰投資の負の遺産として不良債権の問題が浮上しますから,これがリスク要因としてカウントされます。

 中国の一人当たりのGDPが3千ドルを越えました。今でも格差が大きい社会なので,特に貧困層が,自分たちが頑張っても富裕層に追いつかないと諦めた時に立ち上がるという変化が起きると思います。

 以上三つのリスク要因を念頭において,今後の対応を考えておいてほしいと思います。