卓話


「限界集落」と農山村の未来 

2008年5月14日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

明治大学農学部
食料環境政策学科
地域ガバナンス論研究室
教授 小田切徳美氏 

 今,農山村地域にはどんなことが起きているか,その未来はどうなるか。私は,農山村地域の変化を,三つの空洞化という言葉で表現しています。

一つは,1960年代〜70年代の高度経済成長期に発生した「人の空洞化」です。過疎化といってもいいでしょう。農山村から多くの人々,特に跡継ぎ層が出て行きました。

この現象が直ちに,次の空洞化に結び付くものではありませんでした。何故なら,この時代は,日本の農業の機械化,省力化が展開した時期だったからです。人がたくさんいなくても農業や林業ができる時代でした。

ところが,それからほぼ一世代経って,地域の父母層が高齢になった時に,家にも地域にも後継者がいない状況になりました。

1980年代後半には,急速に農山村に「耕作放棄」問題が課題となりました。農地や林地が荒れ始めました。「土地の空洞化」です。

こうした時期を経て,いまや次なる空洞化を迎えています。これが「ムラの空洞化」です。 ムラの空洞化の端的な表現として,例えば,山口県,広島県の山間部では,「最近,集落で寄り合いをしても,前向きの話が出ない。むしろ,病気の話とか来世の話ばかりで,現世の話がなかなか出ない」という状況が,私どもに伝わってきます。

これは,ムラが本来持っていた「危機バネ」が錆びついたような状況になり始めたムラの空洞化現象です。この現象は1990年以降に起こりつつある現象と考えております。
以上が,山間部の,高度成長期から現在までの動態です。人の空洞化,土地の空洞化,ムラの空洞化という三つの空洞化は,「誇りの空洞化」をもたらします。これは大変重たく深刻なものがあります。

地域に残っているご老人は「自分の子供には,こんな所に残ってほしくない。」,「こんな条件が悪い所に生まれた子供たちがかわいそうだ」と嘆きます。地域に対する誇りや展望が見いだし得ないような状況が,人々の心の中に定着しつつあります。

誇りの空洞化は強いられたものです。望んで得たものではありません。私たちは,限界集落対策に取り組んでいますが,実は,最大の対策は,この誇りの空洞化と闘うこと,別な言い方をすると,地域の中に,誇りを創り上げていくことが最大の対策だと思います。

 この対策は,政策でできるものではありません。地域の方々が,再び,この地域を守り発展させるのだという思いで団結した時に,初めて再建できることだと思うところです。

さて,「限界集落」について,どのような議論があるのかをご紹介します。
「限界集落」という言葉を最初に使った人は,長野大学教授大野晃氏(元高知大学)です。大野先生は「高齢化率50%以上の集落」を限界集落と定義されました。(この場合,高齢とは65歳以上,国際的にも同様)

 私たちは,さまざまな統計分析,実態調査をしながら得た数値は「壮年人口(30歳〜60歳)の絶対数が4人を切った場合に,集落は限界化する」としております。

 集落には,区長さん会計さんなど,さまざまな役回りがあります。それらの役の数より壮年人口が小さくなると,集落の運営に支障を来すという実態が現れます。

 山口県の中山間地域である岩国市,周南市には,非農業集落化した地域と,その周辺部には壮年人口4人未満の集落が数多く現れている実態が見られます。

この地域では,人がいません。農林地に人の手が入っていません。そうすると,どういう状況が生まれるかというと,一言で言うと,災害に弱い国土が生まれます。

 アジアモンスーン地帯である日本は,人の手が入ることによって維持されます。一度でも人の手が入った所は,それを続けなければ維持管理できません。

 限界化した集落が消滅することによって,大きな災害が発生しやすい現実が存在しています。また,人の目が行き届かない所が増えると,産廃ゴミの不法投棄なども増えてきます。大袈裟に言えば,犯罪に弱い国家に変わってきたといえるかもしれません。

問題は,限界集落の広がりです。集落が限界化して消滅する現象が,ごく一部であれば問題は少ないのですが,現実は全国に広がっています。国交省の調査によると,過疎地域の集落の約4%が将来的に消滅するという結果になっています。しかし,私たちの調査では,約4割の集落が消滅するとしています。

最近は,これらの集落を「水源の里」と位置づけて,その存続を支援する動きも出ていますが,全体的な対策にはなっていません。

究極の対策は,地域の人々の誇りを再建することだと申しましたが,それに至るまでには,さまざまな取り組みが必要です。

笠松活樹氏(島根県中山間地域研究センター主任研究員)のモデルは,「集落機能の動態」を教えてくれています。それによると,集落機能は,世帯数・人口の減少にともなって衰退し,ある点(臨界点)から急速に脆弱化します。そして限界化末期に向かいます。それまで元気だった集落が,ある時から,本当に動きがとれなくなります。ですから,集落が,その臨界点に至るまでが勝負です。

集落が,臨界点に近づくと,住民の間に「諦観」が広がってきます。そんな時は,地域の行政が,あるいは,外部の人間が「そこを見続ける。見守る」ことです。自治体職員がその地域に行って声をかけたり,様子を見守ることが大変に重要です。これが,最大で最善の対策です。

外部のNPOが集落を訪ねて,声をかけてあげたり,ムラの中を歩いて,場合によっては宝を発見するような活動も,たいへんな力になります。

これらの努力も,ある段階からは対応策がありません。その場合は,消えゆく集落を看取る「ムラおさめ」という考え方を適用することも,やむを得ないのではないかと考えます。

 「ムラおこし」という言葉があります。だとすれば,「ムラおさめ」という考え方も必要ではないでしょうか。

特に,これらの集落は,それぞれの歴史を持っていて,それぞれの地域的条件に応じて,「そこに生き抜く技」を持った地域です。その歴史と技と,そこに住んだ人々を記録に残すことも,大変重要なことです。

アーカイブに収納する活動も,今後は必要になると思います。

国民的運動,あるいは外部のボランティアを結集した運動が必要になると思います。国連の会議で,「アフリカに,『一人の老人が無くなることは,小さな図書館が燃えてなくなることだ』という諺がある」という話がなされたことがありますが,私たちは,「一つのムラが無くなることは,国会図書館なみの大きな図書館がなくなることだ」と考えています。そこに蓄積された「技や知識」などさまざまなものがなくなる,国民的損失です。

それを記録に残す運動が,今後求められているのではないかと思うわけです。

最近,私たちは,「コンピュータの2000年問題」をなぞって,「2010年農山村問題」という表現をしています。

 2010年には,三つの政策が,更新期を迎えます。一つは過疎法の失効です。二つは,中山間地域等直接支払い制度の失効。三つは,新合併特例法の失効です。

加えて,いままで,農山村を支えてきた昭和一桁世代が,2010年前後に,いわゆる後期高齢者に移行します。

 昭和一桁世代が,いままでのように,元気にはいかなくなるのは事実です。今後は,農業のみならず,農山村社会の担い手が,がたがたとくずれていく可能性があります。

2010年をどのように乗り越えるのかということに対する,国民的関心が高まることが必要です。徐々にではありますが,援農NPOの活動が高まっています。

限界集落のみならず,農山村の草刈りをするようなNPOができてきています。

ある団体は,年間300人が草刈りに参加しています。そのメンバーの7〜8割が20台の女性だと聞いています。

学生のボランティア活動も活発です。最近の学生は,農山村をなんとかしないといけないという意識を強くもっています。

企業のCSR活動も無関係ではありません。先般,農林水産省の調査では,驚くほど多くの企業が農山村にかかわりをもっています。

ある製薬会社では,2月のある日を決めて,2千人の社員が,全国の棚田に行って草取りをすることを会社のCSRの一環として行っています。

2010年農山村問題は,若い女性,学生たち,企業のCSRの力を結集して,乗り越える可能性があると思うところです。