卓話


文化と外交

2015年2月4日(水)

独立行政法人国際交流基金
理事長 安藤裕康氏


 最近、外交のツールとしての文化が関心を呼んでおり、私どもは文化外交に風が吹き始めたと感じています。

 2つ理由があり、一つは、日本の中で文化の重要性、有用性が認識されることが多くなったのです。欧州、特にフランスやイギリスなどを見ると、国が成熟すると文化の側面の比重が上がってきます。日本でも自らの文化の価値の重要性に対する認識が非常に高くなっています。また、2、30年前には、日本は経済大国のイメージで見られていましたが、最近は、日本国民が国内で感じている以上に日本文化への関心が非常に高まっています。

 アジア6カ国で日本経済新聞が行った「日本に対するアジアの認識」という調査の、「日本がどのような分野で関心を持たれているか」の回答上位は、アニメや漫画、寿司、芸術、文化などです。「あなたの国と日本がより関係を深めるために必要なものは?」との問いへの回答は、相互理解、文化交流が、政治や経済を抑えて上位にきています。最近、外交やビジネスに文化を使う傾向が高まっており、「クールジャパン」という言葉がさかんに使われるようになってきたのもその流れです。「パブリック・ディプロマシー」と言う、一般の方々に対する働きかけを盛んにしていこうという機運が高まっています。

 もう一つは、歴史問題、領土問題のみならず、パブリック・ディプロマシーでの中国、韓国の攻勢が厳しくなっていることです。国際交流基金は日本語能力試験を世界で実施していますが、中国の孔子学院という中国語を世界に普及させる組織が実施している語学試験の受験者数はぐっと増えてきています。2009年時点では、日本語の受験者数が77万人とこちらのほうが多かったのが、わずか3、4年で中国語の受験者数が伸びて2013年には502万人にもなりました。語学教師派遣数も同様で、日本は専門家を海外に100〜200人派遣しているに過ぎないのですが、中国の派遣者数はここ数年で1万人超にまで増えてきています。また、海外で行っている語学講座の数も、国際交流基金は30カ所程度で横ばいですが、中国は千ヶ所以上まで増やしています。孔子学院は2015年、語学教師派遣数2万人、海外講座数1500カ所という野心的な目標値を掲げています。

 韓流ドラマ、K-POPなどの韓国のコンテンツが、東南アジアを中心に大変な人気です。1998年の金大中政権から、コンテンツ産業増進のための国家予算を大幅に増やしたためです。韓国の文化コンテンツの輸出額は、2005年の13億ドル超から2011年には43億ドル超へと、すごい勢いで増えました。地上波テレビ番組の輸出額を日本と比べると、2004年時点は日本が上回っていたのですが、2010年には韓国は日本の3倍ほどになりました。こうした中国や韓国の攻勢に対し、日本も積極的に取り組むべきだという機運が高まっています。

 報道されていますように、外務省が世界主要都市に「ジャパンハウス」を設置し対外発信に力を入れていくということで、従来、外務省では経済協力や在外公館の機能強化といったものが予算要求のトップ・プライオリティだったのが、今回は対外発信の強化が外務省予算要求の一番目にきました。国際交流基金の予算もずっと横ばいでしたが、去年だいぶ予算が増えて、今年も増えています。

 そうは言っても、留意していきたい点が2つあります。
 一つは、対外発信といっても広報と文化交流は異なるということ。歴史問題や領土問題について日本の政策を正しく外国に説明していくことは必要です。これは、外務省が相手国政府やメディア、有力者に正しく説明する必要があると思います。他方、文化交流にはちょっと違う面があります。

 国際交流基金は、政府とはひと味違う立場、いわば中立的な立場でいろいろな事業を実施しています。イギリスで私どもと同じ位置付けのブリティッシュカウンシルも同様で、「アームズレングス」といって、腕の長さくらい政府と距離を置いて事業を行うことが重要で、そうした形で外国の信頼を勝ち得ます。我々の行っていることは政府のプロパガンダではないと捉えてもらうことが重要です。今、日中関係は非常に難しいですが、国際交流基金は文化の面の事業を継続しています。そうした絆を保持していられるところが強みだと思います。アメリカでも、国際交流基金は大学、学問の自由を尊重しているということで、協力しながらいろいろな活動ができています。ある程度政府とは距離を置きながら、日本の友人を増やしていく。これが重要です。こうした形で、我々は、専門家ではない一般の方々、例えばアニメを好きな若者を対象にしながら、じわじわと日本に対する理解、できれば友人を増やしていく。ここが広報との違いです。

 2つ目は、中国、韓国と違うアプローチの必要性を感じています。先程の孔子学院も世界中で量的には大変な攻勢をかけていますが、評判がいいかというとそうでもありません。昨年9月にシカゴ大、ペンシルベニア大で閉鎖されてしまいました。また、ポルトガルで開催された欧州の中国学会でも台湾と関係する問題が起き、学者たちが猛反発したという出来事がありました。

 もうひとつ、我々は外国との交流にあたっては、双方向、相手目線に立った交流を重視していきたいと思っています。いま、日本語学習者の人口が世界で増えています。東南アジアでは爆発的で、日本語学習者数は、1998年当時の13万人強から、10年ちょっとで2012年には113万人超になりました。特に増えているのが、中等教育(高校レベル)の学習者です。ただ日本語教師が大変不足しています。国際交流基金が派遣している専門教師の数は40人位で、現地教師を含めて不足しています。そこで国際交流基金は、「日本語パートナーズ」の派遣を始めました。60歳以上のシニア、あるいは学生に研修を施して東南アジアに行っていただく。そして、現地の日本語教師のアシスタントとして活動しながら、単に日本語の普及だけではなく、相手国の言語や文化も学ぶという双方向の交流をしてもらうものです。昨年、既に100人を派遣しました。これに対し、応募は500人もありました。総理に第一陣出発の前に激励をしていただき、谷村新司さんにも教材を作っていただきました。日本の戦後の文化交流プログラムで最も成功したといわれているのはJETプログラムです。アメリカ人の若い教師が、日本中の高校に行って英語を教え、それだけではなく日米の文化交流をしてもらうというものでした。日本語パートナーズ派遣事業は若者だけではなく、シニアにも行っていただいています。こうした双方向の交流が必要だと思います。

 もう一つの双方向事業の例は、テレビドラマです。今でも東南アジアでは韓流ドラマが大変な人気です。日本もこれに負けるなということで、最近は活動が活発になっていますが、なかなか一本のドラマで人気を得るのは簡単ではありません。例えば、2011年にベトナム最大の国営テレビでNHKの「篤姫」を放映しましたが、人気が出ませんでした。また、日本が一生懸命番組を輸出しようとしても、地上波では深夜枠、あるいは衛星放送になったりと苦戦しています。徹底的にやろうと、「ワクワクジャパン」というスカパーが経営する局が、インドネシアの地上波で日本の番組の24時間放映を去年から始めていますが、財政的に厳しい状況のようです。

 他方、インドネシアの放送局が作っている「心の友」という地上波の番組がインドネシアで大変ヒットしています。「心の友」というのは五輪真弓さんのインドネシアでとても人気がある曲で、そのタイトルを使っています。準ミス・インドネシアがドラマ仕立てで日本を紹介するという番組で、日本の観光地を訪ねたり、在日インドネシア人や日本のポップカルチャーなどを題材にしたりしています。「これがいいから見なさい」と一方向に言うのではなく、現地目線で、現地の方々と一緒になって日本を紹介することが有効だと言えます。

 最後に二つだけ申し上げます。一つは、文化交流という場合に、アニメ、漫画などいわゆるポップカルチャーが主流であるかのようになっていますが、日本には豊かな文化が他にも沢山ありますから、伝統と現代のバランスを取りながら広く紹介していくことが必要です。

 もう一つは、日本は明治以来、脱亜入欧ということで欧米を見て生活してきましたが、世界が多様化している今、アジア、中東、中南米にも目を向けていく必要があります。また、日本人によるオペラは質も非常に高く、いい歌手も沢山いるのに、お客が来ません。外国人が出るオペラだと高価なチケットが飛ぶように売れるのにと日本人歌手は嘆いています。映画も同様です。日本はこれから世界と向かい合っていく上で、自身が持つ文化を大切にし、育てていく気概が必要です。


         ※2015年2月4日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。