卓話


鳥と人−真の共生を求めて

2013年5月1日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

国立科学博物館 館長
山階鳥類研究所 所長
林 良博氏

 人類と他のか弱い生物が,どのように共生するかは簡単な問題ではありません。すべての生き物からみて,「人類」という生物ほど恐ろしい生物はないからです。今の日本は,高齢化,少子化,過疎化といった課題を抱えていますが,最大の問題は,国土の70%を占める中山間地でのイノシシ,シカ,サル,クマによる被害です。
○ 中山間地での鳥獣被害
 里山里地に出没するイノシシ,シカ,サル,クマによる被害は,年間約200億円といわれています。農作物への被害だけではなく,特にシカの食害は深刻です。日本の森林では,荒れた状態を元に戻す「萌芽更新」という力が働くのですが,シカは新しい芽が出るとすぐにそれを食べてしまうので,萌芽更新が阻害されてしまうのです。

 枯れた里山里地では,大きな雨が降ると崖崩れ,山崩れが起きて,山の形さえ変わってしまいます。シカの食害によるこの現象は,いま全国で起きています。

 小笠原ではシカではなく人間が放したヤギが山を荒らした現象がおきました。

 全国的に,シカの被害をくい止めようとして捕獲数を増やしています。1980年頃までは,シカの数が減っているのでメスシカは捕獲してはならないということになっていました。今はメスシカの捕獲を解禁し,さらに猟期を延長するということまでやりましたが,一向に被害の問題は収まっていません。

○ ツキノワグマの被害も増えている
 可愛い動物の一種ですが,人家の近くまで来て食べ物をあさるようになると,怖い動物です。特に山道を歩いて学校に通う子供たちに不安は覚えることが随分あります。

○ サルは人間を見分ける
 サルは相手が女性や子供だとなめてかかります。私が所長も兼務している兵庫県の自然動物研究センターでは,クマの首にGPSを着けて,その動向を監視しています。クマの捕獲には麻酔の吹き矢を使います。

 同じように,サルも捕獲したいのですが,サルは状況を察して吹き矢の射程距離から届かない所まで離れます。そこで我々はお婆ちゃんに変装してサルに近づきます。サルはその格好に騙されて近寄って来ます。すかさず麻酔の吹き矢を当てて,捕獲してGPSを着けます。

○ かつて日本にいなかった動物の被害
 アライグマは長い指で西瓜をほじくり出して食べ荒らします。可愛い顔をしていますがニワトリも襲います。ヌートリアも毛皮を取るために持ちこまれた動物です。本来は日本にいない動物たちです。

○ 望ましい「人と動物の関係」とは何か
 動物愛護派は「どんな動物でも,1頭たりとも殺してはならない」と言います。動物撲滅派は「何を言っているか。皆殺しにしろ」と言います。妥協点はどこだということですが,冷静な科学的検討がなされねばならないと思います。望ましい「人と動物の関係」とは何かは,全国民が考えることだと思います。

○ 生き物へのまなざしを育んできた日本
 日本人は,農作業や山や浜での仕事との関わりの中で,生き物に対する温かい「まなざし」が育てられています。自然の恵みに感謝する祭りや祈りの行事も多くあります。子供たちは,昔話に登場する生き物たちを身近なものに感じています。

○ コウノトリの復活
 日本にかなり広く分布していたコウノトリが,1960年,最後に残ったのが兵庫県豊岡市でした。但馬牛が水浴びしている側で,一緒に水浴びしているコウノトリの写真が残っています。それがあっと言う間に激減しました。残念ながら,農薬散布の影響もありました。近代合理主義に余りにも走り過ぎた時期でもあったと思います。

 コウノトリには面白い習性があって,普通の樹木よりも人間が作った人工物の上に巣を作るのが好きなのです。人間に対して親しみを持つ鳥です。

 1989年にやっと日本でも雛が誕生し,2005年には放鳥に成功しました。現在,このコウノトリが,関東や四国に時々姿を見せています。

 2006年,ついに,豊岡市では,学校に通う子供たちをコウノトリが見ている,というような情景が見られるようになりました。1960年当時の姿に戻ったわけです。

 私は,これこそが「人と動物の共生」のひとつの姿だと思います。

○ 小笠原諸島−神秘と奇跡が造った島々
 つい最近,世界自然遺産に登録された小笠原には,此処にしかいない生き物が生息します。アカガシラカラスバトという鳥や,翼を広げると2メートルを越すカツオドリを見ることができます。

 小笠原諸島が世界自然遺産に登録されるためにどんな苦労があったかというと,人が持ち込んだ家畜,特に野良猫と化したネコを排除するという苦労がありました。

 野生動物にとって大敵である野良猫を殺処分しないで排除することは困難なことでしたが,小笠原の住民たちは,環境省,東京都獣医師会と協働でやりとげました。

 捕獲直後のネコはとても攻撃的でしたが,専門の動物看護士が手厚く扱うと,だいたい三カ月ですべてのネコが穏やかになりました。いまは,いろいろな家庭に引き取られて幸せに暮らしています。これまで殺処分していた動物をこのようにして助けることを,世界自然遺産に登録される前に行ったのです。

○ アホウドリの移住計画
 山階鳥類研究所が取り組んでいる大きな計画のひとつが,アホウドリの復活計画です。

 1902年までに,鳥島で約500万羽のアホウドリが羽毛採取のために殺されました。
 1930年に山階芳麿博士が2000羽の生存を確認して,1933年に禁漁区に指定されたのですが,その直前にほとんどの個体が捕殺されて,一度は絶滅したと思われていました。

 幸いなことに,アホウドリは海鳥です。一年中海の上に居ますが,繁殖期に鳥島に帰ってきます。海に生き残っていた鳥が1951年に再発見されました。

 再発見された場所は,コロニー(集団繁殖地)から雛が転落するのではないかと思うほど急な斜面,一カ所だけでした。

 そこで,同じ鳥島の中でもう少しゆるやかで安全な斜面に移住させることを考えました。本物そっくりのデコイ(模型)を作って繁殖に適した斜面に置き,既に仲間が居るように見せ,生息地を作ってやりました。同じ鳥島の中で,もっと安全な所で繁殖してもらいたいとする解決法でした。

 しかし,鳥島は活発な火山島です。2000年以降も噴火しました。50年に1回は大噴火します。その時は,鳥島のアホウドリは全滅するかもしれません。その危険性を避けるために,実は小笠原諸島の聟島と尖閣諸島が移転の候補地なのです。聟島はかつてアホウドリが棲んでいた島です。

 万が一の時は,聟島で生き残ってもらいたいと,2010年から毎年2月の始めに,15羽ずつを鳥島から聟島に移住させています。ヘリコプターで,島民の方々も一緒に運びます。聟島で放鳥する時は,いかにも幼いふさふさした黒い羽毛の雛です。餌は流動食を与えます。だんだん大きくなると,イカなどを丸呑みで与えます。

 卵から孵って100日ぐらい経つと,雛の形がとれ始めます。時には,デコイに餌乞いをする姿も見られます。5月にはすっかり大人の格好になります。

 日米協同でGPSを使って,その時々に居る場所を調査しています。鳥に着けた発信器はいずれ取れるように工夫してあります。

 15羽全部が,5月19日から29日ぐらいに,巣立ちます。アホウドリは本当にすばらしい海鳥です。6月に入るとその動きが追跡されますが,今までの調査で,鳥島や聟島にいるアホウドリが三陸海岸近くにまで餌を取りに行って,帰って来て,餌を吐き戻して雛に与えている動きが観察されています。

 一年間を通してどのように動いているかというと,アメリカの西海岸を全部飛んで制覇しています。北太平洋をほとんど隈なく飛び回っています。

 アホウドリには,いくつかの種類があります。例えば,足の小さな,ハワイにいるクロアシアホウドリは,3・11の時は,ちょうど雛を孵している時でした。推定11万羽の雛が津波で流されたそうです。親鳥も2000羽ぐらいが死んだといわれています。

 いろんな種類のアホウドリがいますが,日本のアホウドリこそが正真正銘のアホウドリです。その鳥が北太平洋を飛び回っている状態まできました。この状態こそが,人と鳥の真の共生ではないかと思っています。