卓話


日本聾話学校の教育−可能性を信じて−

2005年9月7日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

日本聾話学校 
教頭 西海昭延氏

第4069回例会

 東京都町田市にある日本聾話学校は日本で唯一の私立の聾話学校であります。奇しくも,東京ロータリークラブと同じ1920年の創立で,今年で85周年を迎えます。創立に力を尽くした宣教師(神学博士)A.K.ライシャワーには2男1女のお子様がおありでした。ある時,ご両親と共に日本に住んでいた女のお子様が熱を出されて耳に障害が残る身になられました。日本聾話学校は,そのことがきっかけで設立された学校です。かの元駐日大使E.O.ライシャワー氏は,A.K.ライシャワー初代校長の次男であることはあまりにも有名です。

聴覚障害といえば手話という言葉が皆さんの頭に浮かぶかと思いますが,私たちの学校は,耳に残っている聴力を活かした教育,いわば聴覚主導の教育に挑んでおります。

 日常の音声言語には喜怒哀楽の表情がありますが,手話では,なかなかそこまでの表現ができません。人間の耳は妊娠4カ月でほぼ完成しているといわれています。妊娠中にも胎内で音を聞いているわけです。両親が怒りの声をあげたりすると,胎児は子宮の奥で小さくひっこんだりするそうです。

子どもは,単に,教育して大きくなればいいということではなく,お父さんお母さんが暗い気持ちでなく,明るい気持ちで,子どもが生まれてきてよかったと思ってほしいし,また,そのように育ててもらわないといけないと思います。

 私たちは「可能性を信じて」ということを常に言っております。わが子がどんな能力をもっているか。子どもが何を考えているか。わが子をどんなふうに育てるかについて,基本的には,ご両親には夢や希望をもって育てておられることとは思いますが,いずれのご両親でも,病院で,お子さんに聴覚障害があることを言われた時には,頭の中が真っ白になって,どの道を通って帰ってきたかを覚えていないというほどのショックを受けておられます。お子さんの身体に障害があるということは,普通ならば,先のことを案じて人生真っ暗という気分になってしまいます。不安感でいっぱいになってしまうわけです。

 子どもは,生まれた自分が障害をもっているという意識はありません。お父さんお母さんが朝起きた時から暗い顔をして,名前も呼んでくれないというような状態で居ると,子どもは「自分のせいだ」と思ってしまうのです。本能的に,自分が何かしたからお父さんお母さんが暗い顔をしていると感じてしまいます。子どもはそれほどに健気なのです。

 小さいときに,両親がどういう言葉かけをし,どういうふうに愛情を傾け,かわいがって育てるかということが,育っていく人間の土台作りの,ベースちゅうのベースになるわけです。お子さんに障害があっても希望があるんだ。りっぱに育つんだという可能性を信じてほしいと思います。

私の長い教育相談のなかで,お母さんが,まず心配するのは「結婚できますか」ということです。お父さんお母さんは20年先のことを心配するのです。私は「もちろんです。勉強もちゃんとできます」と希望をもっていただきます。ご両親が希望をもつて,お子さんと共に育ってもらいたいと思っています。

日本の教育では,子育てをするというときに,長所を認めてほめてあげるということが苦手なようです。本校では,子どもをお母さんが抱きしめて「あなたが生まれてきてほんとうによかったよ」という,「大丈夫感覚」をもって子育てをしてほしいと話しております。実際には,障害のゆえに,さまざまなことがあります。人間は弱いものですから,比較して,こうであればよかったと思い描くこともありますけれども,前向きに肯定的に考えて行動して欲しいと思います。
子どもたちの能力もさることながら,子どもたちの可能性を信じたいと思います。

もうひとつ「可能性は空の極みまで」という言葉があります。教師や両親が,その子はだめだと思ったら,もう,その子はそれ以上には成長しません。逆に,空の極みというのは天井がないのです。私たちは子どもの成長を信じて子どもたちに接しています。

内耳に蝸牛(かぎゅう)という部分があります。実際の大きさは大豆を少し大きくしたくらいの大きさです。蝸牛の中の有毛細胞という部分に何らかの形で障害があると聴覚障害が起こります。現在の医療では,人工内耳というものがありまして,耳の側頭部のところから蝸牛に電極を入れて,直接に細胞を刺激すると聴こえるようになるのです。
                      
 人間はどれくらいの音が聞こえるかといいますと,正常な人は0〜130dBぐらいまでが普通に聞こえます。130dB以上になると音ではなく痛覚という感覚になります。補聴器や人工内耳をつけますと,治るわけではありませんが,相当の範囲で聴くことができます。聴覚障害の人がなぜ発音が不明瞭かというと,母音は低音なので,蝸牛の奥の方で聞き取ります。高音を聞き取る部分が蝸牛の入り口なのですが,そこに障害が大きいため高音がきちんと聞き取れないわけです。ですから高音を聞き取れるようになる人工内耳は,補聴器よりは有効の場合があります。発音も明瞭になる可能性があります。

聴覚障害は「関係性の障害」であるともいわれています。聴覚障害を克服するには,1対1の対話を通して,話す楽しさ,分かってもらえる喜びを,小さいときから育てることが大切です。対話をすることによって安心感と信頼感を育てることになります。

私たちの学校では,相手の顔や眼を見て話す。相手が話すことを,こちらも繰り返してあげてあいづちをうち,自然にきれいな発音を聴かせながら、子どもの発話を肯定的に聴き話し合い,対話を進めます。相手の出した疑問をいっしょに考えてあげて,話し手の興味を持続させるなどの方法で,毎日の生活の中で聴覚を生かした対話をすることを心がけています。

全国には106の聾(ろう)学校がありますが,私たちの学校は,唯一の私立の学校です。耳を活用するには早期教育が必要です。本校では新生児スクリーニングで障害がわかったゼロ才児から受け入れています。両親が日常の生活のなかで絶えず赤ちゃんに話しかけ,楽しく明るい雰囲気のなかで,伸び伸びと育てるように援助しています。

 毎朝,午前8時45分には,元気な子どもたちの声が学校中に響き渡ります。子どもたちは,登校すると,すぐに補聴器をチェックします。子どもたち一人ひとりの補聴器のバッテリーの残量や補聴器の状態などを専門のスタッフが点検します。

 さらに中耳炎などにかかっていないかと耳の中を確認します。そして,補聴器をつけての「聞こえ」の確認を,子どもの後ろから友達の名前を呼んで行います。教室の子どもたちは,補聴器から聞こえる音をさらに補う赤外線システムの受信器をつけています。

この後,幼稚部の場合,午後2時45分まで,リズム遊び,グループトピックスや創作に歌などで,子どもたちの創造力を伸ばします。

同時に行われているのは個別指導です。個別の指導はインターラクション(対話)という形で行われます。普通の学校では,教師が教えるという形をとりますが,聴覚障害児は,基本的には話すことが難しいのです。発音の不明瞭な子どもとのマンツーマンの対話は,子どもの興味のあることを会話のなかから引き出し,自然の流れで言葉を引き出します。決して詰め込まない指導です。

補聴器は発達してきてはいますが,われわれの耳のように便利ではありません。雑音の全部を増幅しますので,必要な音声だけをとらえるということが難しいのですが,小さいときに補聴器をつけて言語を聴くことを脳で覚えますと,その言語が役に立ちます。子どもの脳が軟らかいうちに脳に音を届けることは必要なことなのです。

インターラクションは子ども主導で行います。子どもが何を思い,何を考えているかを,よく教師が聴き取って,それを言語化して返してあげ,話すことが好き,聴いてもらえる気持ちを育てるのです。子どもの一言は教師の百語より価値があるのです。時間がかかってもそれが子どもたちの力になると確信しています。

 教材は,絵本であったり絵日記であったり写真であったり,子どもが日常生活で使う言語を教材にいたしますけれども,我々は,人間の土台である「心」を育てる。やればできるという意欲をもって,将来,子どもたちが言葉を使いながら自立と社会貢献がりっぱにできるようになる人間教育を目指して,毎日がんばっております。

これまで長い間,多大のご援助を賜りましたが,これからも,どうかいろいろと支えていただければありがたいと存じます。ありがとうございました。



注 ビデオに収録された対話の内容は,聴覚障害の児童に対する「対話のいくつかの指導活動」ととらえて,学習指導の要点を文章化しました。