卓話


「日本及び世界経済の動向」

2009年11月11日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

(株)大和総研
理事長 武藤敏郎氏

 今年の10月にIMFが公表した「世界経済見通し」による世界の実質GDP成長率は,2009年では主要国すべてがマイナス成長ですが,2010年にはプラス成長に転じると予想されています。中でも中国は,今年8.5%,来年9.0%で,もともと8%以上の成長を目指すという中国政府の方針の達成が見込まれています。

 四半期ベースで見ますと,08年後半は,日米ユーロ圏3極すべてにマイナスが続いていましたが,09年4−6月には日本がプラスに,同年7−9月にはアメリカがプラスの数字に転換しました。これから少しずつ良くなっていくのではないかというのが大方の見方です。IMFは2010年の日本の経済成長率を1.7%としていますが,大和総研の見通しでは, 2010年は0.9%でやや慎重に見ております。基本的には,日本経済も世界経済も回復過程に入りつつあるという認識に異論はありませんが,その持続性についていろいろと懸念する材料があります。

 日本経済の持続的回復を実現するには,いくつかの要因が達成されることが必要です。例えば日本経済を外需主導から内需主導に変えなければいけないと言われて何十年か経ちましたが,いまだに輸出依存体質が抜け切っておりません。しかしながら,これからいろいろな手立てを講じたとしても,内需主導によって景気を回復させるという考えは楽観的すぎるのではないか,やはり,次の回復は外需主導に頼らざるを得ないと思います。

 そこで,アメリカの経済がどうなるかがポイントになります。
(1)アメリカ経済の回復の見通しについて
アメリカ経済は回復過程に入ったといわれますが,アメリカの中央銀行(FRB)の公表資料を見ても,しばらくはゼロ金利を続けなければならないとの意向が表明され,極めて慎重です。

 次にアメリカの個人消費の動向について考えてみましょう。住宅価格の大幅な下落によって,アメリカの家計は大きな負債を抱えました。これを解決するには貯蓄率を上げることが必要です。08年には1%程度だった貯蓄率は,最近では4〜5%に急上昇してきました。歴史的に溯ると90年代は7〜8%,さらに溯ると80年代は10%でした。こうみると,現在の4〜5%はさらに上昇する可能性が高いと思います。

 今のアメリカの家計が抱えている債務の状況は,歴史的なトレンドから大幅に乖離して過剰な債務を抱えている状況です。日本のバブル崩壊後の過剰債務は企業に発生しました。アメリカでは住宅融資が住宅価格の下落によって不良資産化したので,家計に問題が発生したわけです。

 アメリカの消費は世界経済を牽引する巨大エンジンです。ここが元気でないと世界経済も厳しいものがあります。アメリカは金融危機から脱却したと言われていますが,なお,金融危機再燃のリスクは否定できません。アメリカの金融機関は依然として,多くの不良資産を抱えたままになっています。

 日本はバブル崩壊によって97年に北海道拓殖銀行,98年に日本長期信用銀行,日本債券信用銀行が破綻しましたが,金融機関は不良資産をバランスシートに抱え続けておりました。いずれ市場が回復すれば,不良資産もなくなるという希望を持っていました。しかし,その後,オフバランス化という言葉が流行語になりました。バランスシートから不良資産を切り離せということです。これはどちらかというと,アメリカ流の厳しい破綻処理の方針です。

 今のアメリカはそこまでに至っていませんが,いずれ不良資産の処理をすることになると思います。私は,アメリカの金融は正常化しつつあるかと聞かれれば,そうだと肯定しますが,この不良資産処理の問題が解決していないことが,非常に気がかりだと思っています。

 もう一つの問題。アメリカは徹底した財政出動と徹底した金融機関救済を行いました。シティグループもバンク オブ アメリカも,何兆円もの公的資金の注入を受けたまま現在活躍しています。徹底したことをやることで危機を脱却したのは見事な政策展開だと思いますが,その結果,大きな負の遺産を抱え込んでいるわけです。

 この点は非常に重要なことですので,別な観点から見てみたいと思います。FRBのバランスシートは昨年9月のリーマンショック後に急膨張しました。平時では9千億ドル程度の資産規模が2兆ドルを上回るような状態です。これは量的緩和の状態を示しております。

 かつて日本銀行は量的緩和という政策を展開しましたが,FRBも全く同じように量的緩和を行ったのです。これだけの潤沢な資金が民間にあると,どうしてもインフレ懸念が頭から離れないというのがFRBの一部の方々の思いでしょう。

 IMFが11月に発表した各国の財政収支の見通しを示すデータがあります。財政赤字をGDP比で見みますと,2009年のアメリカはマイナス12.5%,来年もマイナス10%。英国も2009年はマイナス11.6%,来年もマイナス13.2%という数値です。日本は,2009年はマイナス10.5%,来年はマイナス10.2%となっています。つまり,アメリカ・イギリスの財政赤字が日本を越えたということです。この裏には巨額な国債発行による資金調達があります。政策展開を失敗すれば,国債価額の下落,長期金利の上昇が起こりかねない状態です。

 これらの問題を抱えたアメリカ経済が順調にいくのかどうか。足元のデータを見ると意外と良いデータが出てきています。従って回復期待があることは間違いありません。ただし,少し期待先行気味だということを一つのリスクとして,頭に置かねばならないと思います。

(2)中国経済の動向
 中国経済は8%を上回る成長を続ける見通しですが,その大きなエネルギーは4兆元(約50数兆円)の財政出動です。中国の高速道路はかなり出来上がりました。今は東西南北に高速鉄道を敷くという投資がなされています。中国の場合,このような公共投資は経済の飛躍的な効率化につながる可能性が高いのです。従って,中国の財政出動はかなりの効果があると思います。しかし同時に,バブルの懸念,地価の上昇,過剰設備といった問題を抱えているといわれています。

 ただ,中国経済の持続性についてはあまり心配はいらないというのが私の考えです。来年,上海万博が開かれます。共産党大会が2012年です。過去20年の共産党大会のあった年前後の経済成長率を振り返ると,成長のピークは常に共産党大会の年に一致しています。中国経済は2012年頃まで順調にいく可能性があると思います。

(3)我が国における景気対策の行方
 前政権は今年の4月に15兆円の「真水」を投入しました。空前の景気対策でした。オバマ大統領が約8千億ドル(70数兆円)の財政出動を行ったことと軌を一にして行われた日本の判断でした。

 新政権が誕生してその見直しが始まりました。3兆円規模の見直しですから,我々の計算によると,0.2%程度の景気下押し要因になるだろうと思います。最近,戦略室から公表されたデータを見てもほぼ同じような数値を示しております。この3兆円はいずれ使います。別途の方向に歳出を向けるということですから,タイムラグの問題はありますが,後になって0.2%程度のプラス効果は出てきます。

 政権が代わったのですから,どちらかというと企業向けに手厚かった資金配分を家計サイドの配分に変えていくことは,それなりに合理的な考え方です。問題は来年度の予算編成です。内需主導に切り替える来年度の予算編成の過程で,さまざまなことがしっかりと議論されて,成長戦略を踏まえた財政政策が行われることが重要なことかと思います。

 付け加えて申し上げることは,デフレの心配と失業率の高止まりの心配です。消費者物価(CPI)の動向を見ますと,08年にはコアの物価が2%を越える上昇を示しました。主な原因はエネルギー価額の上昇です。今年の9月には逆にマイスナ2.3%という物価下落が現れました。将来もこの方向に進むと予想されます。

 問題はエネルギー価格だけではなく,エネルギーを除いた残り(コア・コアCPIと関係者はよんでいます)のCPIもかなりマイナスになってきたということです。2000年のはじめ,デフレと言われた時の下落率は1%未満がほとんどでした。ここに来て1%を越える状況になったことは,要注意かもしれません。特に,常識を越えたような,価格破壊的な価格設定が散見され,将来の物価に対してかなり厳しい見方が必要かと思われます。
雇用問題では企業収益が収縮して,今は労働分配率が7割位です。歴史的には65%位が平均値なので,企業行動としてそこまで下げることが一つの方向として考えられている筈です。雇用を縮小するか賃金を下げるかという問題になりますが,失業率は高止まりの可能性がかなり高いと思います。

 いろいろ申しあげましたが,日本の経済が2番底になってリーマンショック時のような落ち込みになると申しあげるものではありません。しかし,一本調子でよくならない可能性があって,場合によると来年前半はマイナス成長になるかもしれないという程度の覚悟は必要だと思います。